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【近未来】沈黙の若者

写真の陽の光が当たっていない木の幹の桜は、作中で語っている若者の暗喩であり、撮り方がまずいわけではないということをあらかじめ断っておきます。

1.沈黙の若者

『皆さまの清き一票を、どうか〇〇、〇〇によろしくお願いいたします!』

深いため息をついて、私はその選挙カーから視線を切った。選挙に対する私のイメージは昔から最悪だ。私が七つの時、習い事の教室に向かうため自転車に乗っていると、十字路の角から急に飛び出してきた選挙カーに轢かれそうになって横転してしまった。幸い大怪我を負わずには済んだのだが、選挙カーに乗っていた候補者は、車から出もせず、子供である私の安否を気遣うこともしなかった。その代わりとして、ウグイス嬢が「皆さんご覧ください!〇〇は子供にも優しい政策を行います!」と、私は宣伝のダシにされただけだった。その言葉を受けて、私はその選挙カーに向かってありったけの声でこう叫んでやった。

「子供に優しいとか、ぜんっぜんウソじゃん!!」

私にとっての選挙カーとは唾棄されて当然の存在であり、それは大人になった今でも変わってはいない。どこの誰とも知れない候補者が車窓から手を振り、ウグイス嬢が候補者名を連呼するというスタイルは同じで、しかも合法的に発せられるこの騒音は夜の8時まで延々と続くのだから堪ったものではない。

「名前ばかり繰り返しているけど、そもそもあんたに投票するメリットって何なの?」

心の中でこの言葉を何度投げつけたか分からない。候補者は車の中に引っ込んで自分の言葉で政策を語ることはないし、ウグイス嬢も名前と定型文が書かれた原稿を読み上げることに集中しているのか、その声からは候補者を推そうという気持ちや熱量、切迫感は何一つ伝わってこない。まるで廃品回収業者の流すテープを聞かされているようで、候補者が当選しようがしまいが彼女にとってはどうでもいいのだろう、と察して私は苦笑いを浮かべる。候補者もまた、当選してしまえば手のひらを返して高級な椅子にふんぞり返り、有権者に向かって腹の中で舌を出すに違いない。

私にしてみれば、これはたくさんの八百屋がやって来て「うちは大根があるよ!」「白菜あるよ!さぁ、買った買った!」という風に、新鮮さや美味しさ、安さなどの売りになる言葉を全部すっ飛ばして野菜を売っているようにしか聞こえなかった。興味など起こるわけもない。

しかし、今年行われている選挙はいつもと様子が違う。珍しいことに、これから行われる選挙演説を聴くために若者たちが駅前のロータリーの方に集結している。私は選挙自体に興味が無かったので、これからやってくる候補者のことなど全く知らなかった。5分後、その選挙カーが駅のロータリーに入ってくるや否や、磁石に吸い寄せられる砂鉄のように往来していた人たちがその周囲を取り囲み、演説を今か今かと待ちはじめた。しかも、その中には投票権を持たない中高生も混ざっていた。

「なんだ、これ?」

終いには警察が交通整理に駆け付ける騒ぎにまで発展し、私はこの異様な光景をじっと眺めていた。

「おいっ、そろそろ始まるぞ!行こうぜ!」

近くにいた男子高校生が同級生たちを誘って駆け出して行ったので、興味をそそられた私はどんな演説が行われるのか見に行くことにした。――結果から言えば、この若い群衆を引き寄せた理由は候補者のサトウにではなく、彼の起用したウグイス嬢にあった。どうやら彼女は今シーズン放送されているテレビアニメに出演している人気声優だそうで、彼女を一目見よう、彼女の声を聴こうという若者でごった返していたのだ。

「今や悠々自適な年金暮らしを送るおじいさん・おばあさんと、それを支えるために苦しみ続けなければならない私たち若者という極端な格差のついた時代となってしまいました」

前置きもなく放たれた第一声に、周囲は水を打ったように静まり返った。聴衆は固唾を飲んで彼女の次の言葉を待った。彼女はこれまでのウグイス嬢とは比べ物にならないほどの話術と、声に関する高度な技術を有していた。マイクの扱い方、正しいアクセントによる美しい発音、しっかりセリフを理解していることが分かる抑揚、そして候補者を推す感情を一体化させて聴衆に向けて語りかけた。

「皆さんもご存知の通り、超高齢化はもう来るところまで来ました。統計によれば、労働者1人当たり何人もの年金受給者を支えなければならないという計算結果が出ています。この現状はもう異常という言葉では到底言い表すことができません。数年も持たずに労働者は重税で倒れ、連鎖的におじいさん・おばあさんたちも倒れるでしょう。サトウは、このような結末を変えるべく立ち上がりました」

路上からは彼女への合いの手が入ったが、ここからはサトウという候補者が話すらしい。

「皆さん初めまして、無所属候補のサトウです。私がこの駅ロータリーに来たのは、彼女のパフォーマンスを利用して票を得たいからではありません。改めて、我々がこの国で人間としての扱いをされていないことを訴えるために来たのです。我々、特にあなた方のような若者は選挙戦において、おじいさん・おばあさん世代に対して全くの無力なのです。仮に若者の投票権をすべてこのサトウに投じたとしても当選することは絶対にありません。なぜなら、おじいさん・おばあさん世代は少なくともあなた方の3倍以上の票を持っているからです。皆さん・・・これは単なる私の弱音ではなく、悲しい現実です。おじいさん・おばあさん世代の意見がそのまま民意となり、この国はおじいさん・おばあさんのためのものとなってしまいました。我々の意思、叫びはずっと、彼らの圧倒的な票数によってかき消され続けてきたのです」

彼女から話す際のテクニックを学んだのか、サトウの言葉には淀みがなかった。サトウは、身振り手振りを交えながら続けた。その様は、選挙演説というよりも学会のプレゼンに近いと言った方が良いのかもしれない。

「よく清き一票とは言いますが、その清き一票とは何なのでしょうか?人口の半数以上が中高年以上に偏った今、世代間における一票には圧倒的な格差があります。我々の投票権など紙クズ同然で、選挙へ足を運ぶこと自体にバカバカしさすら覚えます。確か、直近では5%でしたでしょうか。昨今の若者の低い投票率はその証拠だと私は考えています。私も投票権を持っている立場なのであえて断言させていただきますと、この選挙は選挙としての体を成していないどころか、ただ我々に負担を押し付けるためのお祭りにしかなっておりません」

改めて説明されるまでもないことだった。より良い国やより良い地域にしようという本来の目的を失い、選挙はすっかり形骸化していた。はじめ、若者はこのように怒りに打ち震えて声をあげてはいたものの、中高年以上の世代との圧倒的な票数の差の前では無力感と絶望感を味わうしかなかった。若者のための政策を打ち出す候補者はいなくなり、若者は政治に無関心となって、更に若者の投票率が下がるという悪循環がずっと回り続け、今や若者の投票率は5%にも満たない有様だった。

私は久しく選挙で失われていた熱をここに感じていた。選挙の投票率が8割を超える中高年以上の世代を優遇する政策を掲げさえすれば、もう半分は当選したようなものだ。中高年以上の人口は国民全体の約6割を占めているため、単純計算をすれば約半数(約48%)の票が無条件に集まる。後はその中での票の奪い合いとなり、優遇政策を競い合うだけの無責任な熱狂が繰り広げられた。対する若者の票はトータルしても(人口割合2割×投票率5%=)1%程度にしかならなかったため、若者のために立ち上がる者など現れるはずもなかった。その結果、老人たちは政治を私物化して、若者にばかり負担を押し付けるという今日の構図が出来上がっていたのだった。

――この選挙が行われてから数十年後、この国は終焉を迎えた。自分で自分を維持できなくなり、某大国に自治権を譲ることが決まったからだ。主たる原因は、老人たちが自分たちのために作った無茶苦茶な法にあることが認められ、国家再生プログラムによってそれらは直ちに廃止された。もちろん、年金支給や社会保障なども打ち切りとなった。

主権が回復した際、新たな国の未来を形作っていくのは若者の責務であるとされたため、それまでは48歳以上の選挙権を剥奪するという提案がなされたが老人側はこれに猛反発し、連日暴動が発生した。結局、人口の割合が一定水準に回復するまでの間、世代間人口の比率を合わせる数値を各票に掛け合わせることによって一票の格差を是正する妥協案が採用された。

超高齢化による世代の偏りは、民主主義の名のもとに受ける恩恵を老人に集中させ、圧倒的少数派の若者たちは彼らの生活を支えるための犠牲者となった。国の老衰という結末は、超高齢化の歯止めがきかなくなった段階でほぼ決まっている。体制が変わった新時代に行われた選挙において、自分の票が確かな力を持つという手応えを初めて感じた若者たちは、このことをずっと忘れないだろう。(了)

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2.簡単な後書き

冒頭の選挙カーに轢かれそうになってケガをし、宣伝のダシにされた件(くだり)は私の実話で、実際にはもっとドギツイ言葉を叫んでいます。そしたら、候補者の人にめちゃくちゃ睨まれましてね、怖かったですけど内心「何様やねん、お前は!!」って睨み返したことは今でも記憶に残っています。七歳の時の記憶はこれ以外にほとんど残っていないので、おそらく当時の私は相当頭にキてたんだと思います。

これ以外は全部妄想で、数十年先の選挙はこんなものになっていそうだなというのを描いてみました。今の日本では、どの地域に住んでいる人にも同じ一票の重みとなるように形だけは調整されているようですが、そのうち世代間人口の偏りによる一票の重みの格差がどんどん広がり、少数派世代に転落する若者の声は民意に反映されなくなっていくのは何となく予想がつきます。なので、これからの時代の選挙戦においては、この世代間一票の格差に対しても、何らかの対応をすることが新たに求められるようになるでしょう。現行のまま何も対応をせずにいたら、本編のようになってもおかしくなさそうだなぁと、そう思うわけです。

「ためになるわ」と感じて頂ければサポートを頂ければ幸いです。よろしくお願いいたします。