かまってほしいけど、かまいたくない

 あなたが思ってるよりも周りの人ってあなたのこと気にしてないから、の、周りの人代表みたいな人間になった。

 家に帰って、1人の時間の間、私は誰かを想うことをしない。どれだけ仲良い友達でも、彼氏でも、嫌いな人でも、自分以外の他人のことで頭をいっぱいにすることがない。誰に何の話したのか全然覚えてないから、それ聞いたよって言われる毎日。頭悪いだけなのかもしれないけど、それにしても、でしょ。

 ただ人に興味がないから、とかいう理由じゃない気がする。その人を目の前にすると、ちゃんとその人のこと想いたいと思うし、わかりたいと、その人のためになることをしたいと思う。
 でもやっぱり、家に帰ってから、考えることは自分のことばかりで、自分の考えや感覚、価値観を感じることを、人生の一つの娯楽として捉えている。

 どれだけ自分が相手に求めようとも、100で返ってくることなんてそうそうないし。求めてることと違うことが返ってくることが面白いところだし。人に期待しないのと同じで、なにも考えてないと人生に起こること全てが大きなイベントにさえなり得る。だからめちゃくちゃ楽しい。ライフハック。

 自分の世界では、自分が1番だし、その優先度を超えるもの、今はまだないし、自分以外を優先することができるか、自信ない。もし、恋愛が、というか、愛がそういうものっていうのであれば、わたし、愛、感じれない。だから母親はすごい。ご飯食べる時とか、私が好きそうなのわざわざ残してくれたりするのって、本当にすごい、幸せになってほしい。誰かのためを思って行動することって、その場ではできても、事前にはできないものだなって。最近は思ってる。

 まあでも、私を不幸に陥れたのは、結局私自信だし、何が不幸なのか、感じるのも、知ってるのも私しかいないわけだし。要は、私を救えるのは私しかいないわけで、幸も不幸も、全て私が実権を握っているのだ。こんな幸せなことはない。

 で、私は、多分、男性ってものに本当に強い憧れを持っていて。小学生のとき、本気で男の子になりたいと思って、髪の毛もツーブロックにしていたし、ボクサーパンツを履きたかった。そういう、男という性別に対する、何か特別な感情が、その頃からずっとある。言葉にするのは難しいけど、恋とは違うってことはわかる。男単体より、団体に価値を感じる。こういう人は、こういう人と仲良くなれるよね。とか、そういう部分に強い憧れを持つ。だから、その場所へ女性に入ってほしくないし、もちろん例外なく私も入りたくない。入って、その空気が、男団体から紅一点になることに嫌悪感を抱く。慶應ラクロスの女に優しいヤリチンが、あの女やばくね?って言う話し相手になりたかった。女がいるとできないノリ、率先してやりたかった。
 だから、自分の憧れる姿の男性を見ると、すぐに好きになってしまうし、近付きたくなってしまう。何重もの意味で。

 ただの男好きじゃないだけタチ悪いな、と思う。だから純粋に恋とかできないんだろうな。憧れと恋心は、きっと違うものだから。

 やっぱり、ちょっと尖ってないと、見つけてもらえないし、かまってもらえないし。だからと言って、かまわれようとするのは、なんか癪だし。合わない人から好かれてもうれしいし。できることは全部やりたいと、思うよ。

周りの人って、案外見てないし。

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