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走馬灯

「お前はいつか、有名になる」


いつか、そうなれば。

そう思っていた矢先。
脳内で何度も周りの声がもてはやす。
心にズシンと重りが鈍く乗りかかった。

テレビで見ていた、あの芸能人。
雑誌で見ていた、あのモデル。
スマホの小さな画面で見ていた、あの有名人。

そんな人になってみたい。そう思っていた。
モテたい。もしくはもてはやされたい。


そう思っていたのに、そう願っていたのに。
期待に一切応えられず、モヤモヤしていた。
あの時代から全て違っていたのかもと思い返してみた。


走馬灯。



◆Ep.0「フツウの牢獄」

「何もかも駄目だ」

もしかすると、もう死んだ方がいいのかもしれない。

20代にもなり、周りはどんどんまともになっていく。
そんな自分。無職。バイト。

世間から見るとゴミ同然。
やりたいことも、わからない。
やらないといけないことも、わからない。

心臓の中でおぞましくうねりをあげて
危機感が続々と襲いかかって来る。

もちろん十分すぎるほどの焦りは、ある。
しんどいこともしたくない。
プライドが邪魔をする。

黒服を身に纏い、首にシルク製の布を巻きつけた。
汗を滴らせ、周りを見ると僕のクローンが居る。
同じ顔、同じ服装、同じ表情。恐ろしかった。

それぞれが手にカバンを持ち、なりたい自分を模索する。
そんな年端もいかない僕の眼前に立ちすくんだビル。
クローン達はそこに吸い込まれ、目的地はそこだった。

「フツウにはなりたくない」

そんな強い想いが頭の中を駆け巡る。
ビルに吸い込まれれば吸い込まれるほど、そんな想いが強くなるのを特にヒシヒシと感じた。

スマホを覗けば、好きな事をする人。
努力した、そんな一言で片付けるのは仕方ない。
そう感じるほどに羨ましい限りの顔面。

スマホやテレビの小さな箱の中に
「フツウではない、何か」
これがふんだんに詰まっていたような気がした。

見下すとか、見下さないとか、そんな次元じゃない。
本能のままに動き、価値を運ぶ。
未知の可能性に心が揺れ動いていた。

そんな、フツウの外にある景色。
必死に飛び出したくて、フツウの脱獄を試みた。
経験したことの無い日常の牢獄より。


「フツウの牢獄」が目の前に現れた。


◆Ep.1「罵詈」

フツウの牢獄から出ようとすると、
数多の罵詈雑言が飛び交う。

その中には僕の知り合いや友人がしれっと矢を飛ばしてきたりする。
「匿名」という盾に隠れながら
矢を放つその姿は醜く、ドス黒かった。
そんな盾に隠れた言葉は意外にも鋭角に尖っていた。

数々の罵言を受けて生きていけるというかほとんど死んでしまっているというか。

無視できない言葉をよそに、より一層の踏ん切りをつけてフツウの牢獄から全力で何度も脱出を試みた。必死に活路を切り開こうと奮迅した。


そして、突然そんな鍵が目の前に現れた。


「この度は….お祈り…致します」


軽快な通知と共に、そんなメールがやってきた。
聴き慣れた通知。見慣れたメール文。
そんなメール文を眺めながらふと思った。


「これ...現実か...?」

絶望を何度も繰り返した。
グループラインを見ると繰り返される同期の
「内定頂きました!」「やっと落ち着きました!」

全く落ち着きを見せない自分には
耳が痛すぎるニュースだった。

正直言って、少し嫉妬した。
心の中で黒いものが動いた。
そんな時。ふとした時に携帯が震えた。


「ピロンっ。」


とある企業の人事の方からだった。
見たことも無い件名でメールが届いていた。
携帯を二度見した。


「今度、面接前に喫茶店でお話ししませんか?」


心の中でざわついた。
今までになかった展開に携帯をぶん投げた。


「もしかすると。」


そんな言葉がチラつき、小さな期待が輝いた。
再び返信をくれた会社の情報を次々と洗い出し、
当日人事の方と話すことを頭の中でまとめ上げた。


思えば、この一件のメールが全ての始まりだった。

 

◆Ep.2「イレギュラー」

「いらっしゃいませ〜」

エプロンを垂らした
女性店員の方がこちらを見て言い放った。

薄暗い中キラキラ煌めくカフェで汗かいたカップに茶色いコーヒーが入っていたので必死にコップの縁を手元にあった紙ナプキンで拭いた。

フカフカのソファに座らされた自分を鏡越しに確認しつつ、ソワソワと人事の方が来るのを待った。

それはもう長かった。
体感にして5分程度だっただろうか。

「いらっしゃいませ〜」

先ほどの女性店員さんの同じ声調が店内に響いたと思い、店の入り口にふと目をやった。

すると見慣れた大きなスーツ姿の男性が立って頭を左右に振って僕を探している様子だった。

僕はそのスーツ姿の男性が入った瞬間、手をあげてサインを送った。

すると、その男性はすぐさま僕の姿に気づいた。

颯爽とこちらにサインを送って近づいてきた恰幅の良いその男性は、大きなバッグを片手に僕を見て言った。


「お待たせ致しました!お元気ですか?」


何を言われるかなんか全く知らないので、小さく鼓動を立てながら不安と衝動を心臓の中で大きくゆっくりとかき混ぜた。それはもう、ゆっくりと。

そして緊張している僕の眼差しを掻き回すように
僕の眼前に立ち塞がって爽やかな笑顔を放った。

僕はその笑顔に圧倒されてしまい、
カップを足下に落としてしまった。

その瞬間。

頭の中にあった不安やら聞くことも
一瞬にして飛ばしてしまい、
僕の頭の中には何も残っていなかった。

目の前の人事の男性を見ると
余裕そうに「大丈夫かい?」と
温かくもどこか冷たい視線を送っている。

大丈夫ではなかった。
僕は、人事の男性のことをずっと見たまま
そのまま話の続きを促した。

人事の男性は僕の目を見ながら言った。
少し困った様子でゆっくりとその口を開いた。


「君は、この会社を辞退した方がいい」

僕は、自分の耳を、疑った。


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