それは、素敵な思い出とともに

『紅茶は素敵なもの。』
そう教えてくれたのは父だった。

小学校低学年の頃、日曜の昼過ぎ、一人遊びに飽きて部屋の隅で退屈している私を見て、父が手招きしてきたことがあった。何用かと近寄るとこう耳打ちされた。
「父さんとちょっと素敵なおやつ食べに行こうか」

『素敵なおやつ』とは一体何なのか?全く予想ができないまま、父の後を追って玄関を出る。
しばらく歩き、「着いたよ」と言われた場所は駅前の喫茶店だった。

白い壁と木目の美しい扉が異国情緒を醸し出す、小洒落た喫茶店。小学生の私だけでは入ることをとても躊躇してしまうような『大人の場所』に、父は何食わぬ顔で入っていく。
カランコロンカラン。綺麗なチャイムが鳴る。
背の高い黒いベスト姿の男性に父が指をスッと2本立てると、男性は奥のテーブル席を案内してくれた。ふかふかのソファは小さな私を吸い込むかのように沈み、いきなり視界から消えた私を父は笑っていた。

父が先ほどのウエイトレスに何かを注文した。
しばらくして出て来たのはまん丸なホットケーキとティーポット。
初め、幼い私は甘い匂いのするホットケーキにばかり興奮していたが、父が落ち着きなさいと苦笑した後、茶漉しを持ちつつ、ティーカップにポットの中身を注いだ。

キラキラとささやかに輝きながら、飴色の美しい液体はトポポと軽やかな音を奏で、白いカップに吸い込まれていく。8分目まで注ぎ入れ、慣れた手つきで机に置かれていた角砂糖をトポントポンと2つ入れ、小さくスプーンでかき混ぜると、
「熱いからよく冷まして飲めよ」
と、カップを差し出してきた。

フーフーと何度も息を吹きかけ、コクリと一口含むと、甘く華やかな香りが鼻と口を通り抜けた。美味しい!
そこからは夢中になって紅茶とホットケーキを交互に楽しんだ。
父の言った通り、それはまぎれもない『素敵なおやつ』であった。

今でも私はよく紅茶を飲む。
先日、久しぶりに父と食事を食べる機会があった。その際、食後の飲み物として私はウエイトレスに紅茶を注文した。
「お前は本当に紅茶が好きだな。」
そう笑った父に私はこう返した。
「ええ、誰かさんのおかげでね。」
大人になった今でも、私の1番好きな紅茶は角砂糖を2つ入れた甘い紅茶だ。

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