心配性の母

9月1日
私は、場違いなところに来てしまったようである。

「あんたのお土産買って来たからランチがてら渡すわ」
先日父と出雲旅行に行っていた母からそう連絡が来た。どうせランチするなら母さんの行きたいところ行こうか、とこちらが提案すると「ここのパエリアが美味しそう」と店のURLを送ってきた。場所は渋谷ストリーム。
渋谷ストリームってどんな場所なんだろう?普段南口の方にはいかないからまだ見たこともなかった。とりあえずアクセス情報だけ調べて向かうと、そこにはおしゃれな店しか入っていない複合施設があったわけで。
なんだこれ……見渡す限りおしゃれじゃん……。レストランの価格帯からも民度の高さが伺えるし、高級スーパーの代名詞・成城石井のさらに上位互換みたいなショップもあった。珍しい茶漬けでもあるかと試しに入店してみたものの、その厳選されすぎた少数精鋭的商品量に驚かされた。ドンキが見たら誤発注と勘違いしてとひっくり返りそうだな。珍しい茶漬けはなかった。

ほどなくして、店の前で母と合流した。滅多に渋谷に来ない上に母も初ストリームだったらしく、「駅でキョロキョロしすぎた。お上りさんだと思われたと思う」と血の繋がりを濃く感じさせるようなネガティブジョークを飛ばしてきた。
店のパエリアは絶品だった。魚介とチキンを一気に味わえて贅沢だったし、デザートのバスク風チーズケーキももれなく美味しかった。

食事中の話題は、もっぱら私の現在の暮らしに関するものだった。
新しく始めたライターのバイトは順調か。ライブやイベントの案件はもらえているのか。食事はちゃんと摂れているのか。
何から何まで心配らしい。特に金銭面を気にしているようで
「仕事も結構もらってるし、バイトである程度の収入は約束されてるから何とかなってるよ」
と安心させた。ひとまずここの食事代をご馳走になったので、今日の出費は痛くなさそうである。

そのあとも
「必要なものはないの?待ってあんたその服ずっと着てない?服買ってないんじゃないの?仕方ない、今日は出してあげるから買いなさい。本当にずっと着てない?その服」
とめちゃくちゃな文句をツンデレみたいなテンションで言われたので、GUで服を買ってもらった。悪かったな、ずっと同じ服着てて。でもありがとうございます。

駅へ向かう帰り道、何かの話の拍子に
「物欲はそんなないんだよ。強いていうなら安定した生活が欲しいわ」
と言った際、
「だったら実家に帰ってくればいいのに……」
と返された。ごもっともな意見だったし、仕事を辞めたあたりから、母はしばし実家に帰ってくることを提案していた。
それに対し、私は何も答えなかった。実家に帰れば、今までエネルギーにしていた『己の努力で生き抜いてみせる』という情念が失せそうで怖かったのだ。失うかどうかは間違いなく自分自身の気の持ちようの問題なのだが、『実家暮らし』という安定は少なくともそのエネルギーを半減させると感じてしまった。
黙って歩く私に、
「まあ、あんたは安定より自由の方が大事みたいだから無理強いはしないけど」
と少し呆れたように笑った。この人は間違いなく私の母親なのだな。

「仕事、頑張りなさいよ。たまには家に帰ってくるのよ。あと何かで賞金とったらご馳走してね」
色々やかましいことを言って改札内へと去る母を見送った。そうだね、今度は私がご馳走できるように頑張るよ。

家に帰って執筆活動をバリバリ進めた!

この努力を実らせるためにも、明日も生き抜いてみせる。

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