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まちがいなく帰る場所

5月12日
いつもの黒いリュックに着替えだけ詰めて、私は家を出た。

今日は実家に帰る。今夜は泊まるつもりだ。
それなのになぜこんな軽装なのか。理由は実にシンプルだ。泊まると言っても1泊だけだし、あちらで特に何をするわけでもない。急遽必要なものができても別に田舎ではないので買う場所はいくらでもあるし、何より一人暮らしを始めるときにほとんどのものを実家に置いてきているので大体のものは揃っている。だから、特段意気込んだ帰省ではないのだ。

GWも終わったこのタイミングで帰る理由はひとつ。
母の日だ。

早々に仕事を辞めた親不孝者が、唯一できることと言ったらたまの休日に実家に顔を出すことくらい。むしろ、最近連絡すら取っていなかったので先月末父から安否確認のメールが来たくらい疎遠だった。
そこで、母の日にかこつけて帰省しようという魂胆だ。別に普通に帰っても何も言われないだろうが、一応母の日のプレゼントを持って帰ろう。母はあまり花を喜ばない人なので(手入れを忘れがちですぐ枯らす)、池袋の東武百貨店でモロゾフの母の日ケーキを買い、電車に乗った。

数ヶ月の地元駅はさらに進化を遂げていた。駅ビルの中にスタバがあった。ついこの間までサンマルクカフェができただけでテンションが上がっていたのに。
実家に帰ると、父・母・妹の家族総員でお出迎えされた。さすがにおおごとにしすぎである。

ケーキを食べ、夕食は近所のイタリアンレストランに赴き、あとは家でゴロゴロするだけ。実家ですることなんてないからゴロゴロばかりしているが、久しぶりの畳に心は癒された。
畳の上に寝転びながらYouTubeを観る私の隣に、父が腰を下ろし声をかけてきた。
「仕事はどうだ?物書きらしいこともちゃんとしているか?ごはんも食えているか?」
私の現状を知っているからこそ、その3点が特に心配だったらしい。私は動画を一時停止し、質問に答え始める。
「バイトとフリーのエンタメスタッフ業で社員時代と遜色ないくらいはもらってるよ」
安心させるために少しだけサバを読んだ。
「原稿だって書いてる。公募用もだけど、この間は初めて自分で書いた本を売ったよ」
嬉しかったことだったから正直に話した。
「ごはんだって食べれてる。ちゃんと、自炊してるし」
茶漬けや鍋ラーメンを『自炊』のカテゴリに入れてそう答えた。
「そうか」
父は良いとも悪いとも言わなかった。
しばらく、YouTubeから流れる音楽を共に聞いた。曲が終わる頃に父は私の部屋を出ようと腰をあげる。そして、
「俺はお前のやることを勧めもしないし止めもしない。ただ、もし生活するための金がなくなって帰ってきても拒みもしないから」
とこちらを見ずに言い、部屋を出て行った。

今、私の目が潤んでいるのは、YouTubeから流れる『時代』のせいだろう。

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