親が子どもの「ぼうけんのしょ」をプレイしてはいけない

人生をロールプレイングゲームに例えると。

子どもが生まれ、彼・彼女の人生が始まった瞬間に、新しい「ぼうけんのしょ」が作られる。

「村人」に話しかけたり、「モンスター」を倒したり、「仲間」と協力したり、時には「強いボス」に戦いを挑んだりする。(時には「レベル上げ」に勤しむこともある。)

そうやって自分なりに頭を使って、失敗しながらもコンティニューして、だんだんと攻略していく。

それが人生。

思い返してみれば、私は幼い頃から「わたしのぼうけんのしょ」を過干渉な母親にプレイされがちだった。

彼女は親として私のプレイを見守るのではなくて、全力で「わたしのぼうけんのしょ」を必死に攻略しようとしていた。

友達関係に悩んで母に相談すると、時には「それは相手が悪い!」と憤慨したり、「それはあなたが悪い」と自分なりの正論を振りかざしてみたり。

本当はもっと、「あなたはどう感じたの?」とか「お友達はこんな風に思ってたのかもね?」とか、思考を広げたり深めたりするヒントをもらえればよかったかな、なんて。

そんな風に幼少期の親子関係を回顧し、つくづく痛感することは、

「親は子どものぼうけんのしょをプレイしてはいけない」

ということ。

親が出来ることは、

時に「村人」としてストーリーを進めるヒントを与えたり、
時に「宿屋」として体や心(HPとMP)を癒したり、
時に「神父」として敗れた子どもを蘇らせ、立ち直るきっかけとなること。

決して、主人公としてプレイしてはいけない、と強く思う。

それは「強くてニューゲーム」であって、子どもは攻略方法を自分で会得することが出来なくなってしまう。

親の役目は、子どもが自分の頭で思考し、自分の足で立ち、自分の幸せを自分で掴む力を身につけられるように手助けをすること。

親が手を出し口を出し、代わりにプレイすることは「過干渉」である。

私の息子も4歳半を過ぎ、会話も大人並みに成立するし、これからいよいよリアル冒険が始まる予感がしてきた。

赤ちゃん期の思い出を引きずり、ついつい手や口を出してアレコレ世話をしたくなってしまう。

だけど。

私は自分の親を反面教師として、子どものプレイを見守る存在でありたい。

だって親は必ず子どもより先にいなくなってしまうから、いつまでも子どもに代わってプレイし続けるわけにはいかないんだよね。

子どもたちが大きくなる頃には、どんな世界でどんな冒険をするかわからない。

だから村人や宿屋や神父として、たまにゲームの攻略を助ける存在でいよう。

そんなことをふと感じた、とあるゲーマーなママのひとりごとでした。

(ちなみに最後の最後であれですが、ドラクエよりFFの方がやりこんでたりします。だけどドラクエの世界観や音楽って素晴らしいなって思います。)

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