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1回裏:22年振り21世紀初の2位、だけど…

10回裏2アウトランナーなし。楠本泰史選手のバットが空を切った瞬間、ライトスタンドには少し冷たい秋風が吹いた。

2019年9月21日(土)。巨人、5年振りのリーグ制覇。21年振りのリーグ優勝は、僕らの目の前で消えていった。
原辰徳監督が、現役時代の背番号と同じ8回、横浜の空に舞った。

9回表、山崎康晃投手が勝利まであと1球と迫りながら、同点。
10回表、三嶋一輝投手が2アウトまで漕ぎ着けながら、センター前に運ばれた。

悔しい。
すっごく、悔しい。

仕事では幾度となく悔しい場面と出くわしてきたが、私生活でここまで心の奥底から悔しいという感情が湧いたのは、働き出してからの14年半の間で、初めてだった。
もしかすると、大学受験で第1志望の大学に1点足りずに補欠合格となり、そのまま繰り上がることなく、高校のクラスでたった1人、浪人生活に入った時と同じぐらいの強すぎる心の揺さぶりを感じたのかもしれない。

本当に悔しいと、怒りも、悲しみも、なくなる。
気がついたら、ただ、文字通り、奥歯を噛み締めていた。この慣用句は、実体験から出来ていたのだと思い知った。

しばらく座席から動けないでいると、「巨人、ずるい…」という、力ない少年の声が聞こえた。
小学3年生ぐらいで、僕の真後の座席の少年。応援歌をバッチリ歌い、選手を後押ししていた。3回裏に乙坂智選手の先制2ランが飛び込んだ瞬間には、周りとハイタッチを交わしていた熱烈なファンだ。

察するに彼の「ずるい」は、大人が「巨人は金で選手を集めている」などと言う感じの「ずるい」とは、全く違うものだった。
やっぱり、「うらやましい」と思ったのだろうか。ゆっくり振り向いて彼を見ると、その一言だけをつぶやいてからは、口を真一文字に結び、歓喜の光景と原監督のインタビューを真っ直ぐ見つづけていた。
横浜球場での胴上げと優勝の夢を見事に打ち砕かれた二重の屈辱とともに、彼の表情を忘れることはないだろう。

彼にとっても僕にとっても、9月下旬まで優勝争いができたのは、ファン人生で初めての経験だった。

前回の22年前の1997年の2位は、首位のヤクルトを8月に驚異的な勝率で猛追。
9月2日から始まった横浜球場での首位攻防の初戦、石井一久投手にノーヒットノーランをされ、横浜はこの3連戦で3連敗。ヤクルトの優勝が決定的となった。
石井投手を全く打てない横浜打線をテレビ神奈川の中継で観ていたが、試合後、「今シーズンはヤクルトが優勝だな」と自然と思わされるような空気感が漂っていた。

前々回の2位は1979年。広島が初の日本一に輝いた年。
日本シリーズ第7戦では、江夏豊投手が「江夏の21球」を近鉄打線に投じ、球史に残る伝説を作った。
大洋は、川崎から横浜に移転して2年目。1974年に中日でリーグ制覇・巨人のV10阻止に大きく貢献したトーマス・マーチン選手を獲得して開幕し、後に球団唯一の200勝を達成する絶対的エース・平松政次投手が最優秀防御率のタイトルに輝くなどの活躍を見せたそうだ。

20年に1回の2位。
まして今季は、4月に10連敗。最下位独走。そこから苦手な交流戦で3つ勝ち越すなどして、よく2位を掴んだ。
そう、言うこともできるだろう。できるだろうけども、である。

横浜はこんなもんじゃないし、戦力面でも優勝の可能性はあった。確かに、ケガなどのアクシデントもあった。としても、選手も監督もコーチも球団もスポンサーも、そして僕らファンも、もうちょっとずつだけ、それぞれ何かが足りなかったんだろう、とようやく座席から立ち上がれた時に思ったのだ。

横浜球場は、想像以上に、構造的にグラウンドレベルまでスタンドの声が届く。2000年代後半の横浜暗黒時代末期、石川雄洋選手がヤジが気になるので耳栓をしてプレーしていた、という暗黒エピソードもあるらしい。
ならば、例えば、スタンドからでも、ピンチに飲まれそうになっている投手に「自分の間合いで投げよう」とか、スランプに陥っている打者に「ストレートに絞ってコンパクトに振ろう」とか、素人考えでもポジティブな声援を届けられていたか。
もちろんそれはベンチの仕事だし、そもそも野球経験者でもないくせに、自分に「生意気だ、黙ってろ」とか言いつつも、気づけば帰路を進む電車内で目を真っ赤にしながらそんな反省をしていた。
同じ球場にいるのだから、球場に来られない仲間の分も、チームを後押ししたい。勝った時の安堵と笑顔に溢れる横浜球場の雰囲気を味わいたい。個人的には、親が生きているうちに、せめてもう1回、あの1998年の歓喜を一緒に喜びたい。

リーグ制覇は来年になるが、この強すぎた悔しさを晴らすのが、クライマックスシリーズだ。

1人ひとりがあともう1段階、自分の限界を突破し、横浜球場で阪神に勝ち、東京ドームで巨人にリベンジして、日本シリーズに進むしかない。
横浜とともに闘う熱き星たちよ、勇者の遺伝子がつないだ光輝ある歴史に、21年振りの勝利花を咲かすため、全ベイのすべてを賭けて、今こそ立ち上がる時!

クライマックスシリーズファーストステージが行われる横浜球場の13時30分現在の気温は、29.8℃。
僕らの夏は終わらない、終わらせない。

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