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DNA断片アセンブリテクノロジー

In-FusionとGibson Assembly/NEBuilderについての個人的な覚書

この記事は別に広告記事ではない。どっちの会社から金をもらっていてもこんな記事は書けないので、いちユーザの立場から書く。

はじめに

先日、職場で同僚から

「インフュージョンする」とか「ビルダーする」って、なんかヘンじゃないですか? なんかこう、特定のキットによらない名称ってないんでしょうか?

と言われた。まったく同感だった。自分でも思っていたから、前に調べたのだ。
そうしてこれまでにわかっていたことを語りたくなり、

「そうなんですよ。そもそもその辺のことを前に調べて、いろいろめんどくさいんですよね……実はIn-F(ry
「あ、そのへんでいいです」

という事案が発生した。

ただ、そういう話題が出るということは需要があるということだと思ったので、記事を書こうと思った。

だが、すでにあった。

「シームレスクローニング法 ~古典的な制限酵素とDNAリガーゼを用いないクローニング~」

同僚の疑問への答えから言うと、その名前は「SLIC法」と言われている。sequence- and ligation- independent cloningのアクロニム(頭文字語)らしい。

書いてあるから書かなくてもいいか……と、いちど諦めかけた。屋上屋を架すとはこのことだろうと。

しかし、である。ブログやnoteはなにも、新規性ばかりがゲームの名前ではない。
個人的なお気持ちを表明するということくらいは許されるのではないかと思って書き始めることにした。

Gibson AssemblyとNEBuilderの関係

以前、これらのパンフレットやウェブサイトをみた。明らかに同じ会社、値段までほぼ同じだ。何が違うというのか、わたしにはわからなかった。比較表は、出ている。何かNEBuilderのほうが「いい」らしい。しかし原理としては、同じ種類の酵素の組み合わせのようだ。多分、それぞれの酵素が、改良・チューンナップされているということだと思う。NEBuilderの方がGibson assemblyを改良したものだと言うことだろうことがうかがわれた。酵素の活性や安定性やその他の条件を、いろいろといじくって設定しなおして、ヨリうまくアセンブリ反応ができるようにしたものだ、とみていいのではないだろうか。

改良版なら、皆いいもの、新しいものを使うだろうに、と思うかもしれないが、こればかりは、レガシー(旧式)のシステムでうまくいっているものをかえたくない、というユーザの声は決して小さくないと思う。生化学はある意味で「水物」だ。条件のわずかな違いが成否を決めることはしばしばある。

ともあれ、これが、今回のちいさいほうのギャップだ。今後この記事ではこの2つのものをいったん一緒にしてギブソン系として考えてみたいと思う。

おおきいほうのギャップは何か?
IN-FUSIONとギブソン系の違いだ。

酵素はいろいろ、目的はひとつ

IN−FUSION法(2007年)とギブソン法(2009年)は、
1. 複数(2本以上)のDNA断片を結合する
2. 制限酵素サイトによらない
3. DNA断片末端に共通配列を作る
4. 共通配列が一本鎖にされて剥き出しになる
5. 剥き出しになった共通配列がアニール(対合)する
という、手法の根幹になる部分をいくつも共有している。

実際のユーザの感覚としても変わらない。

PCRをして、オーバーハングのついたプライマーで共通配列が末端に出来るようにインサート断片(複数)を増幅して、ベクターバックボーンと混ぜて、キットと混ぜて、反応。

チン!

30分で、大腸菌形質転換のためのコンストラクトサンプルが出来上がる、という寸法は、まったく変わらない。

しかし、だ。生化学的・酵素的にみると全く違う方法なのである。

何が違うのか。

生化学的には、剥き出しになるDNAのストランド(鎖)である。それはつまり、使用している酵素が全く別物である。

ギブソン法は前述の記事を読めばわかるが、かいつまんで説明すると、3つの酵素を使っている。エキソヌクレアーゼ・ポリメラーゼ・リガーゼの組み合わせだ。この酵素「三羽烏」が、オーバーハングを作り、会合した末端を伸長し、分解されつつある末端と伸長されている末端をつなぐ。

まずエキソヌクレアーゼの5’分解で 3’オーバーハングを作り出す。つまり、5’→3’方向にDNAが分解されていくわけだが、その相補鎖である3’末端は分解されないまま残っている。

そうすると、会合した断片の3’末端をポリメラーゼが伸長していくだろう。こうして伸長していく3’末端はやがて、分解されつつある相手の5’末端に追いつくことになる。車で言えば、玉突き事故のような状態だ。

その間に衝突している末端同士をリガーゼがつないでしまえば、もうポリメラーゼにもエキソヌクレアーゼにも手出しはできなくなる。産物はこうして、そのままクローニングに使うことができる。これで、制限酵素サイトに依らないコンストラクションが一丁上がり、というわけだ。

だが、なぜそんなことが可能なのか? 言い換えれば、なぜそんなにうまく、「分解しているうちに伸長させて、さらにそのうちに結合させる」ということができるのだろうか。

それは、実はこれらの酵素の間に、「活性の違い」がある、ということだろう。

酵素活性の違いというのはすなわち、安定性と、反応速度の問題である。前述の記事によると、エキソヌクレアーゼはT5エクソヌクレアーゼであり、反応温度の50°Cでは、徐々に失活する。だから、酵素活性・安定性の違いに注目すると、エキソヌクレアーゼが分解していくスピードよりも、ポリメラーゼが伸長させるスピードの方が上回ることになる。そしてさらに、その間にリガーゼがDNAの端を結合させてしまう、というわけだ。

酵素の活性をずらすためのパラメータは、温度もそうだし、濃度もそうだといえる。濃度は、酵素だけでなく、バッファ中の組成・イオン・pHもあてはまる。たぶん試薬メーカーではこういうことを日々ちょっとずつ上げたり下げたり加えたり引いたりして研究開発を行っているのだと思う。

ギブソン氏というのは、クレイグ・ベンターのもとで合成生物学のためにゲノム合成のテクノロジーとしてこの手法を開発した。クレイグ・ベンターは分子生物学界では、非常にセンセーショナルな人物である。このような巧妙なテクノロジーが一般に還元されて、実験操作がやりやすくなるというイノベーションの実例であるとも言える。

一方でインフュージョン法はポリメラーゼしか使っていないらしい。ただし、このポリメラーゼは特定の金属イオン条件下で3末端を分解する活性を持つ。そうすると会合できるようになる。
実はインフュージョン法は、リガーゼしない。かわりに、大腸菌におまかせする。形質転換操作によって大腸菌コンピテントセルに導入されたあとで、大腸菌細胞そのものがDNAの途切れ(ニック)を埋めて修復するニックシーリング活性をアテにしている。

立ち止まって考えて欲しい。これは、DNAの分解方向がギブソン系(5’→3’)と逆になっている。しかし、DNA二重鎖の末端にオーバーハングができるという意味では、同じ意義を持っている。と言う目的が達成されると言うわけだ。

印象としては、インフュージョンはポリメラーゼのバグを利用しているかのように見える。注意! これはバグでは決してない。バクテリアが使っているタンパク質を見て、人間が自分たちの頭の中で勝手な解釈をしているにすぎない。しかも、とくに化学に通じた人物にとっては常識と思われるが、反応の方向は究極的には可逆的で相対的であると考えることには馴染みが深いものだ。だから、DNA「合成」酵素が「分解」をしたとしても、なにもおどろくにはあたらない。

一方でギブソン系は、基本的にはそれぞれの酵素の主たる機能活性を採用して組み合わせている。条件を変更して微調整を加え、いわゆる至適条件からはやや異なっているかもしれない。

こういう、まったく別のコンセプトを組み合わせることで、それでも同じことが実現できてしまう。わたしはそこに強く萌える。

使用感など

個人的にはインフュージョンでかなり苦労した経験がある。一方でギブソン系(自分のいる研究室ではNEBuilderを使用している)では非常に印象が良い。むしろ出過ぎる位だ。

名が何ぢゃ? 薔薇の花は、他の名で呼んでも、同じやうに善い香がする。

さて、SLIC法の(商用の)代表格であるIn-Fusion法とギブソン系の手法を比較して検討してきた。先に引用した記事では、これと合わせて、Type IIS制限酵素を用いた方法と合わせて「シームレスクローニング」と紹介している。

これらのテクノロジをシームレスクローニングと言う呼称でまとめることにはわからなくもない。シームレスクローニングというから、つなぎ目のないクローニングである。多分、それは制限酵素サイトをつなぎ目として解釈しているのだと思う。

できあがったDNAコンストラクトに、「糊付け痕」や「縫いしろ」のようなつなぎ目がある、というわけではない。DNAはリガーゼによって共有結合されている。

SLICテクノロジーは、制限酵素のサイトがあるかどうかによらない。結果としてつなぎ目としての制限酵素の認識配列がなくなる、というだけではなくて、そもそもつなげる前にも制限酵素がいらない。そういう意味では、同じくシームレステクノロジーとして紹介されているとはいえ、Type IISとの違いは際立っているように思った。

事実、ギブソンのテクノロジーを開設した論文の題名にある、Enzymatic Assembly(酵素学的な連結)と言うものの言い方は上手い。いくつものDNA断片を、酵素学的に処理してワンステップでつなぎ合わせるということだ。

個人的には「複数のDNA断片を末端の配列一致に基づいてワンストップで連結するテクノロジー」であるというのが有り様そのものを表現すると考えるが、どうも語呂が良くない。

ともかく、上で述べたシームレスクローニング法に関する記事は「生物工学」誌のコラム記事である。同誌はバイオテクノロジーのさまざまな手法や経緯などを平易な文章で語っていて、時折目にして非常に勉強になっている。僭越ながら私も昨年、「生物工学」誌には1ページを寄稿する光栄にあずかった。

「ゲノム編集の時代における『緑の酵母』クラミドモナスの復権」がそれだ。

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