やってはいけないことは大人になってもやってはいけないのである
子供の頃のエピソードを会社の先輩に話したとき「あなたの家貧乏だったんだね」と笑いながら指摘されたことがある。
はるか昔のことだ。
貧乏エピソードっぽい話はいくつもあるけど、世間の貧乏に比べたらマシだし、貧乏だった自覚はない。
せいぜい中の下くらいじゃないかなぁ。
あとからなんとなく判った事情だけど、わたしが当時勤めていた会社は某都市銀行の天下り子会社で、裕福層のご子息ご令嬢を積極的に採用していた。同僚は不動産屋の息子、先祖代々商売屋の娘、不労所得有りの実家の息子、クルーザー持ちという人たちばかりだった。わたしは急遽出た欠員の代わりの緊急中途採用枠で入社した。
確か人事次長に言われたな『普通だったら採用しない』って。この言葉にはわたしの学業成績だけでなく家庭環境のことも含まれていたのかもしれない。
先輩は新卒で入社したから、そういうことだったのだろう。
服は基本人からのお下がり、学校の教材道具は兄のお下がり。
外食は一年に一度あるかないか、
家族旅行は数年に一回、県内に一泊二日のみ。
クリスマスのケーキは店の売り残りの見切り品があれば食べられる。
大抵売れ残るのはバターケーキだったから、嫌いになった。
幼い頃は母が手作りでクッキーやスポンジケーキを焼いてくれていたが、父と離婚した後はねだっても作ってくれることはなかった。
あれはもしかしたら父を喜ばせるために作っていたのかもしれない。
離婚後は仕事が忙し過ぎて、手間が掛かるお菓子を作っている暇がなかったというのが正解だろうけど。
ハムとウィンナーは合成着色料が入っているからという理由で食卓に上がることは無く、たこさんウィンナーを食べたことが無い。天然素材のものは高いから買えないし。
年末のテレビCMで見る『お歳暮ハム』をご近所さんからお裾分けで頂いたときは、大喜びだった。この世にこんな美味いものがあるなんて!と兄と取り合って食べた。
分厚く切ったハムを、パイナップルと一緒に焼いて食べるハワイアンステーキは今でも私にとってはご馳走だ。
バターは体に毒で、チーズはバターの親戚だから食べてはいけない。でも菓子パンは食べてよい。母の謎ルールだ。
一時期Twitterで話題になった『片親パン』の5個入りあんパンとスナックパンは私の好物だ。今でもたまにスーパーで買って食べている。
一個売りあんパンだと大きすぎるから、5個入りあんパンは丁度良いサイズだし、たくさん食べた気になれる。考えた人は天才だ!
小学校から帰ってきたら、曾おばあちゃんの家で、ご飯にきなこをかけて食べるのが私のおやつだった。
曾おばあちゃんの家はトイレ風呂なし、屋外に台所スペースがあるトタンの家。鰹を醤油で浸したいわゆる「ネコまんま」を教えてもらい、夕飯の食卓で食べていたら母が心底嫌そうな顔をしてたっけ。
ご飯は兄と二人か、もしくは一人。母と一緒に食べる機会は少なかった気がする。
食べたいお菓子は自分で作るしかないので、母が持っていた難しい漢字で書かれたお菓子作りの本を見ながら小学生の頃は作っていた。
オーブンというものの存在がイマイチ判っていない馬鹿者だから、電子レンジでスポンジケーキを焼こうとしていたのを覚えている。
30分…延々と電子レンジを回し続け、水分が抜けきったかっちこっちの謎のスポンジケーキのようなものを作り上げたっけ。
あの頃、母は何と言っていただろうか。
食べられない、不味いお菓子を作り続ける私を、母は止めることは無かった。だからといって母が料理を教えてくれるということはなく。
私も母にどうして教えを乞わなかったのか。当時の心理が謎すぎる。
オーブントースターでクッキーの焼成に成功してからは、母から時々作ってくれと言われるようになった。
わたしは母が作ったクッキーの方が好きだったんだけどな。
止めない、母が唯一絶対に許さなかったのが
ホットケーキミックスを食べることだった。
正確には焼き上げる前の、牛乳と卵と粉を混ぜた生のホットケーキミックスだ。
フライパンに生地を流し込んで焼いた後、ボウルに残っているクリーム状の生地を、スクレーパーでかき集めて行儀悪く舐めていたら、激怒された。
お腹壊すからだめ!
と。
美味しいのに、食べられない。
もうそれが哀しいやら。悔しいやら、納得できないやらで
『美味しいから、子供が食べたらお腹を壊すんだ。大人だったら大丈夫に違いない』と自分に言い聞かせた
か、どうかは知らないが
えぇやりました。
家を出て一人暮らしを始めたときに。
私は自由だ!!
何をしても怒られない!
そう!何をしてもだーーーーー!
と、大人になったら食べても良いだろうと謎の思い込みにかきたてられ、かき混ぜたてのフレッシュな生のホットケーキミックスをごっくごっくと、かき込み、心ゆくまで味わい尽くしました。
焼いても美味いけど、生でも美味い!ホットケーキミックスは最高だーーーー!!!
大人ってサイコーー!
なんたるギルティーーー!!
二時間後、脂汗浮かぶ強烈な腹痛。
下腹部の激痛とともに人生の三本の指に入るくらいのトップクラスの下痢に襲われた。
内臓が飛び出るかと思った。
やってはいけないことは大人になってもやってはいけないのである。
自由には代償が付き物であるということを学んだ。
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