『旗ヲ出スベカラズ』

『旗ヲ出スベカラズ ~琴似フラグステーション~』作 すがの公

<あらすじ>
札幌-小樽間に鉄道が敷かれたのは、今から百三十年前、明治十三年のことです。その頃の琴似には駅舎がなく、汽車に乗る人がいる時は、線路の脇の決まった場所に旗を立てて合図をしていました。つまり、どこにでも止まってくれるわけではありません。
さて、のんびりしていたある日のこと、急用でどうしても汽車に乗らなければならなくなりました。しかし、ここに旗を立てても汽車は止まってくれません。困った挙句、住民たちの取った行動は、、

<登場人物>
▼伊藤家
馬/(前足)=独眼馬・正宗。オス。眼帯をしている。後ろ足の人もいると嬉しい。
お琴/女48(高齢出産する女=おっとりしているが、言い出すときかない。
伊藤覚蔵/男55(お琴の旦那)=帯刀している。片手が無い。昔かたぎ。時代の変化にとまどいを隠せずにいる。馬番。

▼多紀家
多紀仁斎/男53(屯田兵軍医)=漢方医、明治維新に追いやられた。
キク/女48(仁斎の妻)=明るく気丈。強く優しいかーちゃん。
ウメ(仁斎の姉)=おしとやか長女、切れると恐い
モモ(仁斎の次女)=気の強い次女、サクラの敵
サクラ(仁斎の三女)=まるで男わんぱく3女、飛びげり

▼金家
金/女80(双子ばば)=悪態をつく。リンと喧嘩
リン/女45(金のとこの嫁、農家)=農家。旦那健在。意外に冒険好きだ。
テツ/女30(列車に恋、金の孫)=鉄道オタク、しかし、男が欲しい。

▼銀家
銀/女80(双子ばば)=基本「んだ」しかいわない。津軽出身
寅/女40(銀のとこの嫁、産婆さん)=旦那をなくして産婆、過労中。
フミ/女30(文通の恋、寅の子、銀の孫)=許嫁・凡太の手紙を待つ恋する乙女

▼札幌ぬすっと部隊
牡丹/女43(指名手配中の女泥棒、アヤメの義理の姉)
ツバキ/女17(牡丹の娘)=母の行動に心を痛める。
アヤメ/女36(アヤメの旦那の妹)

▼札幌警官隊
役人上司・黒田利隆=嫌な奴、ふとっている。薩摩出身
役人部下・間宮大輔=熱血。やりすぎる


01■馬と覚蔵/西南戦争終結間際、明治10年10月
 
 覚蔵、馬をひきつれ登場、あたりを一回り。覚蔵、左手がない。馬、眼帯をしている。

覚蔵:チッチッ(前進)
馬:ひひーん
覚蔵:チッチッ(前進)
馬:ひーん。
覚蔵:おー、おー(止まれ)
馬:ひひーん。
覚蔵:おー。
馬:ブルルルルルン
覚蔵:、、ほら。

 生のにんじん(本物)を出す

覚蔵:食え。
馬:え。

 優しい覚蔵、手の使えない馬の口元に人参を持っていってやる。
 かぶり物の馬の口に入る人参、そのままかぶってる役者の頭に落ちる。

人参:ゴン
馬:、、痛
覚蔵:うまいか。
馬:ひひーん

 遠くをみる覚蔵。

覚蔵:息子が戦地で薩摩の西郷と戦っているあいだも、俺は木の根っこすら見つけられん。
馬:、、、
覚蔵:お前は、馬肉になるからいい。
馬:!?
覚蔵:死んだ後、お前は馬肉になるからいい
馬:、、、、??
覚蔵:、、、、俺は、肉にもなれん。

 風の音。ひゅうううびゅうううーーーーー。

覚蔵:2年前、屯田兵に志願した息子について蝦夷に渡り、言われた場所に来てみれば、ぐるり一面見渡す限りの原生林。
 どっから手をつけて良いもんやら俺もお琴も途方にくれたもんだが、、。
 朝4時起床、6時から正午までが午前の作業。昼食をはさみ13時から18時まで午後の作業。
 お前は片目、俺は片手。俺たちに出来ることと言えば、木の根っこを掘り起こす息子の手伝いだ。
 「父上、泣き言を言ってるヒマはありませんぞ」と以蔵にゲキを飛ばされてな。
 
 覚蔵、馬をさする。

馬:ブルルルン
覚蔵:ここいらの木は全部俺とおまえと以蔵で抜いたんだ。
 お琴が持ってくるお茶と弁当が何よりの楽しみだったなぁ。
 俺は、俺のようなカタワものでも役に立つことが嬉しかった。だが、今はどうだ。

 ふと、手を止め。風の音。ひゅうううびゅうううーーーーー。

覚蔵:このへんじゃ掘り起こす根っこも無くなった。
 軍事教練も明治仕様に様代わり、カットリンク砲、佛蘭西(フランス)砲、米利堅(メリケン)砲、レミントン銃。
 引き金を引く手の足りない俺は鼻っから物の数に入らん。

 刀に右手を置く。

覚蔵:脱刀令が出てからはこれも竹ミツ。余った右手の置き場に困るんだ。
 ざんぎり頭もようやく慣れたが。どうも心もとなくてな。
馬:ひひーん。
覚蔵:骨董品は必要が無くなる。
 お前はまだ、肉になって人の役に立つからいい、、、

 間。ひゅうううううひゅうううびゅうううーーーーー

馬:ひひーん。
覚蔵:わはは。こんな弱音を聞かれたらまたゲキを飛ばされるな。
 ま、あいつさえ無事に帰ってくれば、この老いぼれも何かの役に立つだろう。

 覚蔵、立ち上がる。

覚蔵:九州での西南の戦さも終わり、すでに屯田大隊は札幌まで戻っているらしい。
 以蔵の土産話が楽しみだ。
 
 覚蔵、歩き出す、下駄の花緒が切れる。

覚蔵:あ。、、、、

 嫌な予感。

覚蔵:、、、

 風、強くなる。ひゅうううううひゅうううびゅうううーーーーー

 馬、お琴の気配に気づき、そちらを向く。

馬:ひひーん。
覚蔵:どうした?

 お琴、ゆっくりと歩いてくる。

覚蔵:ああ、お琴。ちょうど良かった、下駄の花緒が切れた。すげてくれないか。
お琴:、、、、、
覚蔵:、、、、どうした?

 戦死の知らせの書かれた紙を持っている。

お琴:、、、あなた、、、、

 そのまま紙をにぎりしめ、うつむく、

覚蔵:、、まさか。

 覚蔵、はだしのままお琴に駆け寄り、手紙を読む。
 風、ひゅうううううひゅうううびゅうううーーーーー
 音楽が聞こえてくる。『アダージョ/サミュエル・バーバー』

馬:、、、、、、。

 それを見ている眼帯の馬、観客に語りだす。

馬:本州からここ北海道に入植し、極寒の地を開拓した屯田兵は、
 明治10年西南戦争において、西郷隆盛率いる薩摩軍の討伐に九州へ投入されやした。
 この時、命を落とした若者たちが少なからず、確かに居たのでありやす。

 手紙を読んでいた覚蔵、愕然とする。

覚蔵:、、ここに書いてあることは間違いではないのか。
お琴:、あなた
覚蔵:以蔵は、、、戦って、死んだわけではなく、、
 、、俺の息子は、、、病気で死んだと言うのか。
覚蔵:まるで。
お琴:あなた。言わないであげてください
覚蔵:まるで、、、犬死ではないか、、、

 覚蔵、お琴を残し手紙をにぎりしめたまま、フラフラといなくなる。

お琴:、、、

 お琴、覚蔵の残した下駄を拾う。

お琴:、、、まさか、四十五をこえて、一人息子を亡くすなんて、、

馬:屯田大隊死傷者内訳。戦死8名、負傷20名、病死27名。
 病死が多いのは、外国から持ち込まれたコレラに感染したためでした。
 高い死亡率と激しい症状から「コロリ」「鉄砲」などと呼ばれたこの疫病を前に
 漢方医たちは有効な対策も知らず、ころりころりと死んでゆく患者を看取ったのでありやす。
 
 同年同月、帰ってきたばかりの屯田兵付軍医・多紀仁斎とその妻キク登場
 仁斎、地面に頭をすりつけるように土下座をする。キクそれに合わせ深々と礼をする。

仁斎:申し訳ない。面目ない。
お琴:、、
仁斎:私という、屯田兵つきの軍医がいながら。

 仁斎、立ち上がり、手紙を渡す。

お琴:?
仁斎:、、死に際に、ご子息が。

 仁斎、一礼をし、退場。キク、礼をしてそれを追う。

お琴:、、、、

 お琴、それを眺め、ゆっくりと手紙を開く。 
 力の無い、大きな文字。墨がにじんでいる。
 お琴、息をつめ、息子からの手紙を読む。
 音楽が上がって行く。照明、お琴を消す。

02■北海道に鉄道が通った。明治13年10月24日。

 音楽が消える。ちょん!(拍子木の音)馬に照明。

馬:気を取り直して自己紹介させていただきやす。
 おひかえなすってぇ!!
 あっし、この物語のナビげいター、独眼馬★正宗(ドクガンうまマサムネ)オス独身!
 時は流れて明治13年!忘れもしないあの日がやってきたのでござんす!

 明るいざわめきどよめきが聞こえる。子供たち、鉄道を見物するために走ってくる。

子供たち:もうすぐもうすぐ!はやく!はやく!こっち!一番!どけ!(などなど)
大人たち:おお、おお。なんだ。あっちか。どれ。どこ?こっちか?そっち?おすな!そっちに寄れ!いたたた。(などなど)

 大人たち、ぞろぞろ登場する。線路の先(下手の方)を見ている
 医者、飛び出す。その様子を見ている妻・キク、覚蔵。

仁斎:ウメ!まだか?!
ウメ:まだー
仁斎:モモ!まだか!
モモ:まだー
仁斎:サクラ!まだか!
サクラ:しらん
仁斎:親だぞ私は!
キク:あんた、ちょっとは落ち着けば?
仁斎:これが落ち着いていられるか!
覚蔵:まったく、大の男がみっともない。

 覚蔵、帯刀していない。腰の刀をぐいと持とうとするが、無い。えりをただす。
 遠くから列車の音。、、シュッシュッシュシュシュ

ウメ:あれか?!
覚蔵:え?!どれ?!(興奮)
全員:おお?おおおおお?
仁斎:おおおおお!(ぴょんぴょん)
覚蔵:おいどけ!(ぴょんぴょん)
仁斎:だまれ!
キク:まったく男はこれだから。
覚蔵:お琴!お琴おお!!
お琴:はいはいはいはい(登場)

 お琴、群衆の真ん中を割って登場する。
 ★なぜかさっきより横に大きくなっている。

仁斎:きたきたきたきた!!!

 さらに近づいてくる列車の音。シュッシュッシュシュシュ!
 人々、いそいそ目を輝かせながら並ぶ。

仁斎:汽車が通るぞおおおう!!!!!
馬:明治13年10月24日!文明開化の汽車が来る!
全員:きたきたきたきたきたきたきたきたきたきたきたああ!!
馬:日本で3番目の鉄道が、北海道に開通したんでありやす!
全員:キターーーーーーーーーーーーーーーーーー!!

 ポオオオオオオオオオオオオーーーーー!!!!!!!!!!
 眼前を機関車『義経』が通りすぎる。皆、同時に目で追う

全員:(右から)おおおおおおおおおおおおおおおおおおお(左へ)

 遠ざかってゆく機関車。
シュッシュッポッポシュ、シュ、、ポ、ポ

全員:おおおおおおおおおおおおおおううぅぅ(行った)、、、

 全員、一瞬、放心。

全員:、、、、、、、、、。

 突然。

全員:うゲホゲホゲうホゲホゲホゲホゲホう!!
覚蔵:ゲホ!ゲホ!なんだこのけむりは。
仁斎:蒸気というやつか。ゴホゴホ
テツ:陸(おか)を走る蒸気船、本州では陸(おか)蒸気と呼ばれてます。
馬:こちら、テツちゃん。おそらく北海道最初の鉄道オタク。
テツ:前面に装着されたカウキャッチャーやダイヤモンド型の煙突が特徴!なかなか愛嬌のある顔つき!(メモメモ)
子供たち:シュッシュッシュッシュッポーーーーー!!!!!(走り回る)
金:あのけむりで火事にならんか?ゲホ
テツ:蒸気です。心配なし。ゲホ
フミ:前掛けがついてた!ゲホ
テツ:あれはケモノよけ、キタキツネ、エゾシカ対策。ゲホ
リン:真っ黒でつやつやね。ゲホ
テツ:組み立てたばかりだから。ゲホ
仁斎:車についたのが、ムカデの足のようだなゲホ
テツ:もっと素敵に表現しましょう。ゲホ
キク:小樽と札幌を3時間で走るって?ゲホ
テツ:ゲホ素晴らしいゲホ
銀:んだんだ
お琴:ねぇあなたゲホ
覚蔵:なんだお琴ゲホ
お琴:これが毎日、我が家の横を通るの?ゴホ。
覚蔵:そういうことになるゲホ
仁斎:こりゃたまらんなぁゲホ。
テツ:辛抱して。近代化の第一歩。喜ばしいこと。ゲホ。
覚蔵:おい、それで。
テツ:え?
覚蔵:それで?
テツ:「それで」って、なんですか?
覚蔵:あれは、どうして通り過ぎたんだ。
テツ:え?
お琴:そうね。どうして通りすぎたの?
テツ:は?
キク:あたしらが居たのに、
テツ:え?
仁斎:なんで止まらなかったんだ?
全員:うんうんうん。(テツに注目)
テツ:わ、、、いや、えーーと、ここ、琴似だから。
全員:ん?
テツ:琴似には、止まらないんです。
全員:はああああ??!(怒)
テツ:わわわわ!!!

 SEちょん!!全員ストップモーション。

馬:北海道鉄道事始め!この頃、琴似に汽車は、止まらなかった!

 馬、馬なりに見栄きり。
 タン、タン、タン、タンタンタンタンタンタンタン、タタン!!

03■オープニング

 音楽『鉄の横顔』。
 登場人物たち、いっせいに動き出す
 例えば割り幕が開き、奥に伊藤家のセット『琴似屯田兵屋』が登場する。
 祖末な仏壇らしき台に骨壺と、線香立て。
 木製郵便ポストを持ってくる人。
 覚蔵、馬を引いていく。政府の役人、いばって通る。
 医者と奥さんキク、子供たちを引き連れて、何かもってく。などなどなど。

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 題名/『鉄の横顔』 歌詞/すがの公

 ♪麗しの君 今夜も心をかきみだす
  黒光りするボディ まぶたにはっきり焼き付いて
  そんな冷たいそぶりでもほんとは気づいているくせに
  愛しの君 恋の磁石で吸いつけて
  
  また後ろ姿 今日こそこっちを振り向いて
  赤く燃えるマイハート その腕にやさしく抱きしめてて
  あたし負けない勝つまではハンケチふって待ってるわ
  通り過ぎる君 あんたはやっぱり知らん顔。

  あなたが刻むいつものリズム
  額に汗して鉄の横顔
  どこに向かって走っているの
  たまにゃあたしの瞳をみてよ

  麗しの君 今夜も心をかきみだす
  黒光りするボディ まぶたにはっきり焼き付いて
  そんな冷たいそぶりでもほんとは気づいているくせに
  愛しの君 恋の磁石で吸いつけて

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 住民たちの手にフリップ。『旗』『ヲ』『出』、、、『旗ヲ出スベカラズ ~琴似フラグステーション~』

馬:はい拍手!!
全員:(拍手)パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!!
 
 お客に拍手を強要。皆退場。音楽消えていく。舞台、暗くなる。

04■さらに1年経過/冬になる頃。琴似にドロボーが来た。

 風の音がする。ひゅうひゅううううううう。舞台中央で、ランタンの明りが点灯する。
 音楽『ピンクパンサーのテーマ』

 浮かび上がる洋装の売春婦風の女アヤメと、まるで極道の妻の牡丹。
 二人、算段しているが、風の音にかき消されてよく聞こえない。ビュウウウウウウウ、ヒュウウウウウウウ 
 その娘ツバキがあとからやってくる。気配に気づき、慌ててランタンで娘を照らす牡丹。寒そうに震えているツバキ。
 ホッとして、ツバキを近くに呼び、ランタンを任せる。二人を照らすランタンの明り。
 アヤメと牡丹、同時にほっかむりをし、ザ・ドロボーになる。
 明らかに盗みに入るそぶりのアヤメと牡丹。牡丹の方がエラい様子。
 ツバキ、それを心配そうにハラハラ見ている。牡丹の合図に、ついてゆくアヤメ。

牡丹:(消せというジェスチャー)
ツバキ:!(ふっ)

 ランタンを吹き消す、風が強くなる。ビュウウウビュウウビュウウウウウウウウ
 月明かりの中、盗みに入る牡丹とアヤメ退場する。ツバキ、近くの家(伊藤家)にこっそり上がり込む。
 音楽消え、夜が更ける 

05■次の日。テツとフミ

 そして朝。雀やニワトリの声、コケッコッコォオオ!チュン、チュンチュンチュン、
お年頃コンビ、テツ&フミ登場。フミ、手に手紙を持っている。テツ、帳面を持っている。

テツ:なんと!1年前に到着したあの黒光りする機関車は、遠い異国のアメリカからはるばる到着したものですってよ!
 ペンシルバニア州ピッツバーグH・Kポーター社製造組み立て式モーガル型機関車、義経号と弁慶号の2台ですってよ!
フミ:1年も経って盛り上がってるのあんただけだべさ?
テツ:西洋科学文明の流入により、北海道は日々生まれ変わって行くのよ。
フミ:琴似にゃ止まらんし、札幌から乗りゃ高えって話だし、おらたちには関係ないべ
テツ:チッチッチ!ところがどっこい!先月の末!
 軽川(カルガワ)、手稲、朝里にフラグステーションが出来たのよ!
フミ:ふらふらちょこん?
テツ:”Flag”つまり旗、”station”駅。
フミ:旗の駅?
テツ:なんと!旗を出せば汽車が止まる駅が軽川、手稲、朝里に出来たってわけ!
フミ:どやってさ。
テツ:わかんないけど!たぶん、こう!いや、こうかな?こう!
フミ:琴似は?
テツ:止まらない。
フミ:、、ふーん。
テツ:立ち後れていた北海道に、やっと明治維新の波がきたのよ!これが興奮せずにいられますか。
フミ:オラ、テっちゃんがうらやましー。
テツ:なんで?
フミ:悩みがちっともなさそうでな
テツ:失礼しちゃう!悩みアリマス!少しだけ!

 フミ、手紙を郵便ポストに入れる前に願をかけ拝んでいる

フミ:返事がきますように。
テツ:札幌にいるっていう許嫁?
フミ:そ。
テツ:やめなさい。耐え忍ぶ女なんて!
フミ:別に耐えてないしょや。
テツ:時代は、ボーイズビーアンビシャスよ?!
フミ:意味は?
テツ:「手紙の返事もよこさない男なんてよしなさい!」そういう意味よ。
フミ:ほっといてよ。
テツ:これからは自由恋愛よ!許嫁なんて古い古い!
フミ:テっちゃんにボン太さんの何がわかんの?
テツ:まず名前が良くないね、ボン太。ぼんの字は?
フミ:平凡の、
テツ:だめね~。もしも織田信長が凡太という名前だったとしたら、たぶん、弱かったと思うわ。
フミ:それは、そうかもしれん。
テツ:札幌に出たきり一通の手紙もよこさないんでしょ?ぼん太。
フミ:札幌農学校での勉学に忙しいの。
テツ:もしかして、あなたの凡太、すすきの遊郭あたりでぶいぶいごうごう
フミ:テっちゃん。
テツ:何かしら。
フミ:縁組みの話すら上がらないテっちゃん。
テツ:くっ、
フミ:自由恋愛って言っても、相手がいなきゃ。な?
テツ:くっ!!

 フミ、手紙をポストに入れ、パンパン!とカシワ手をうち、立ち去る。

フミ:したっけー

06■ウメモモサクラとしゅっぽっぽ

 一人残り、憤るテツ。

テツ:(小刻みに震えている)、、、、
 おっけーおっけー、のーぷろぶれむ。おおらいおおらい、、くっは!(放心)

 そこに子供たちウメモモサクラ

子供たち:おテッちゃん、なにしてんの?
テツ:はっ!あ!いや、えーと、えーと。鉄道の研究!

 鉄道の帳面に顔をつっこみ

テツ:全長12m!北海道初の機関車7100形「弁慶」号、ふーん。へー。ほー。
子供たち:ふーん。へー。ほー。
ウメ:テッちゃんは物知りね。
テツ:うん!
モモ:テっちゃんは鉄道が好きね。
テツ:うん!
サクラ:テっちゃんは現実逃避?
テツ:うん!
ウメ:テっちゃんシュッポやって!
テツ:♪はいっ現ん実ぅ逃ぉ避ぃ♪シュッポ、シュッポ、シュッ、ポッ、ポッ♪

 テツ、機関車を始め、子供たち、歌い踊りながらテツに続く。

子供たち:シュッポ、シュッポ、シュッ、ポッ、ポッ♪
テツ:シュッポシュッポと力強く、猛々しく!
子供たち:シュッポ、シュッポ、シュッ、ポッ、ポッ♪
テツ:黒ビカリする鉄の固まりが!熱くて白い煙幕を上げて!
子供たち:シュッポ、シュッポ、シュッ、ポッ、ポッ♪
テツ:私の方へぐんぐん向かってきて!
子供たち:んだけど♪琴似にゃ♪とまらねぇ♪やー
テツ:あらゆる男は私の目の前を素通りするー!
子供たち:シュッポ、シュッポ、シュッ、ポッ、ポッー!!
テツ:シュッポ、シュッポ、シュッ、ポッ、ポッー!!
子供たち:てっつどう狂いのミッちゃんは男のかわりに現実逃避♪
テツ:シュッポ、シュッポ、シュッ、ポッ、ポッー!!!!
子供たち:弁慶義経シュッポッポ♪きょうのお相手どっちかや
テツ:クソガキャこらああ!!!!!
子供たち:わーーー

 鬼のように追うテツ。散る子供たち。

07■金バァ銀バァ双子のばばあ

 通りかかった双子の婆さん。名札がついている「金」「銀」
 ほぼ同じ格好。杖を持つ手が違う。

金:あれ、うちの孫。
銀:んだんだ。
金:行き遅れて。
銀:んだんだ
金:来年三十路だ。
銀:んだんだ。
金:かわいそうに。
銀:んだんだ。
金:行き遅れて。
銀:んだんだ
金:岩みたくじっとしてりゃ美人だべさ。
銀:んだんだ
金:本気で汽車ポッポと一緒になる気かね。
銀:んだんだ
金:そっちの孫とは大違いだな。
銀:んだんだ
金:フミちゃんには許嫁いるもな。
銀:んだんだ。
金:たいした器量もよくねぇのにな。
銀:んだんだ。
金:ギンばぁ。
銀:んだんだ。
金:おめ、んだんだしかいわねな。
銀:んだ
金:さ、今日は天気もいいから、線路に沿って歩いてみるべえ
銀:んだ。
金:これまっつぐ行きゃ札幌に着くど。
銀:んだんだ。
金:♪金ばぁ銀ばぁ線路に沿ってぇ、暇もてあましてぇあの世ゆきぃ、はぁ♪
銀:んだんだあ♪
金:迎えきたかとじさまに聞けばぁ♪
銀:んばぁ♪

 金ばぁ銀ばぁ線路沿いにいなくなる。

08■その嫁たち(リン&寅)とキク

 キク(小さなザルに山菜をのせて)、リン(手箕を何枚か重ねて持って)登場する。

キク:そしたら旦那が
リン:仁斎先生?
キク:「ふんどしをずらりと並べるな」って言うわけよ、お天気だから干したいのに。
 何が気にいらないのって聞いたら「赤白赤白と順番にやる必要はないだろう」ってあの人が。
リン:めでたくていいじゃないのさ
キク:あたしも言ったのそうやって。そしたら「ふんどしにめでたいもくそもあるか」だって。
リン:あははは、そりゃそうだ。
キク:「俺の越中赤ふんどしは高いんだぞ!」って顔真っ赤にして怒るから、子供らがそれ面白がって赤白赤白。
リン:でも気ぃつけな。
キク:どうして?
リン:最近ドロボーが出るでしょう。
キク:え、琴似に?
リン:そーだよ。おとついだか2、3軒いっぺんにやられたらしいんだわ。
キク:え?ふんどし盗むの?
リン:だけじゃないけど、ふんどしは必ずだとさ
キク:そりゃあ変わったドロボーだね。
リン:琴似にも最近、変な人も入ってきてるからさ。札幌やら本州から。
キク:そういや年々物騒になってきたねぇ。
リン:札幌やら本州やら外国やら。色んなもんがドバーーっと入ってくるけど。
 全部が全部、いいもんばかりでもないねぇ。
キク:ほんとねぇ

 お寅、タスキがけして、タライを持って手拭をひっかけて、走ってくる。
 白っぽい着物。風呂敷もしょっている(産婆グッズ)

寅:うちの見なかった?ばーちゃん。
キク:えーと、どっちだ?
リン:んだんだの方
キク:あ、銀バアか。
寅:まーたどっか行ったみたいで。
リン:どうせうちの金ばあさまと一緒でしょ?
キク:あんたらんとこの双子のばーちゃん、名札がついてて助かるわ。
寅:見た?
リン:見てない。
キク:なんかあった?
寅:いや、最近ほらいろいろとおぼつかないもんだから銀バア。
キク:あー、そうか。もう歳だもんねぇ。
寅:居たら暗くなる前に戻れって言って?もし暗くなってたら連れてきてくれない?
 あたしもういかなきゃいけなくて。
リン:ん、わかったー。
キク:あんたもたいへんだー。
寅:ま、しかたないしかたない。
キク:今日どこ?
寅:琴似琴似。屯田兵屋。今日は近いんだけど。つわりがひどいって言うもんだから。
リン:寅さん。あんたが倒れないでよ?
寅:大丈夫大丈夫。今日の人、38歳の初産だもの。負けてらんない。
キク:38?!大変だあ。
寅:じゃ、よろしくどうぞ。

 寅、いそいそ退場。

リン:エラいねぇ、寅さん。本州から嫁に来て、来たはいいけど先立たれ。
キク:女手一つで働いて。おまけに銀バアボケはじめ。
リン:これで、銀バアも現役だらなんぼか楽なんだろうけど。
キク:産婆さんなんて他にいないから、ひっぱりだこだ。
リン:でもあれじゃ寅さん倒れちまうよ。
キク:ほんとだ。
リン:寅さんの旦那さんって、屯田兵?
キク:うん。でも熊にやられて。琴似来てすぐだってよ確か。
リン:あ、あんたとこの旦那どう?仁斎先生。
キク:相変わらず。酒のみながら患者看てるよ。
リン:そー。まだひきづってんだ。
キク:まぁ、あれで繊細なんだわ。あんたんとこは?変わりなし?
リン:旦那が農民出だから。食うには困らない。うちはまぁ金バアもまだ働くし。
 まー、テツが機関車狂いやめて、嫁にいってくれりゃーねぇ。あ、お芋あるよ?
キク:え?ほんと?もらうわ。
リン:おいでおいで

 リンキク退場。

09■役人登場。黒田と間宮

 部下・間宮大輔登場。

間宮:ああ、あそこです。見てください。
 ここ、琴似屯田兵村には全部で208戸の兵屋が同じ間取りで軒をつらねているそうで、あれ?黒田さん。あれ?

 上司・黒田利隆、ひいこらいいながら登場。
 黒田、すごく太っている(腹まわりに詰め物)。ピンとした、つけヒゲ
 ゆっくりゆっくり歩いてくる。

黒田:ふー。ふー。ふー。ひいこら。ひい。
間宮:、、、、
黒田:ふー。ふー。

 大輔を通り過ぎる。

間宮:黒田さん。
黒田:(止まる)ふー。ふー。
間宮:大丈夫ですか。
黒田:ふー。ふー。
間宮:もうすぐです。
黒田:ふー。ふー。

 黒田、腰を降ろそうとする。大輔、あわてて携帯折りたたみ椅子を黒田の尻に当てる。が、失敗して黒田倒れる。

黒田:なんばしよっと!
間宮:すみません!

 起こし、座らせる。

黒田:ふー。ふー。
間宮:休憩しますか。
黒田:ふー。ふー。うん。(うなづく)

 大輔、黒田のために水筒を出し、渡す。一気に飲む黒田。

間宮:、、
黒田:ふー。(手を出す)
間宮:、、、、
黒田:ふー。(大輔を見る、何かを強く要求する)
間宮:、、、

 大輔、しかたなくアンパンを鞄から出す。

間宮:どうぞ。
黒田:なん(むしゃむしゃむしゃ)
間宮:あんぱんという物です。日本の餡と外国のパンという物を合体させたものだそうです。
 札幌にも入ってきました。僕にも一口、、
黒田:(ごちそうさま)ゲップ。
間宮:、、、、、、
黒田:ふー(水をよこせ)

 大輔、仕方が無さそうに水筒を出して渡す。また、一気に飲む黒田。

黒田:ごきゅごきゅごきゅ
間宮:、、、、
黒田:くっちゃくっちゃくっちゃ

 大輔、広大な大地を眺める。

間宮:広いですね北海道は。本州の広さとはまた違う。師走には雪が降るそうです。
黒田:キリがありもはん。この調子では見つからん。
間宮:は?
黒田:のう、間宮。馬なんど、借りてみっとか。
間宮:馬?

10■伊藤家屯田兵屋、お琴が太った。

 照明、屯田兵屋にうつる。
 馬と覚蔵登場、

覚蔵:ちっちっち
馬:北海道へ入植する際にたくさん建てられたのが屯田兵屋。
 幅5間、奥行き3間半の木造平屋。入口を入ると広い土間。裏口の外に便所。
 6畳板間の真ん中に炉がある。障子で区切られて6畳、奥に4畳半の和室。

 家の外で馬を繋いでいる覚蔵。
 お琴、イモやらカボチャやらをでかいザルいっぱいに持って板の間へ。
 炉の鍋の様子を見る。たくさんのご飯。
 そして何より、
 ★さらにお琴が大きくなっている。

お琴:あなたー。夕ご飯にしましょう。

 一旦うらへ引っ込むお琴。
 覚蔵、居間に入るなり、食べものの量に驚愕する。

覚蔵:、、、、、

 台所から声がする

お琴(声):またおめでたですって。はす向かいの奥さん。寅さんも大忙しねぇ。

 覚蔵、こっそりと調理器具の中を確認している。鍋、おひつ、ざる。
 お琴、さらにでかい容器に生のじゃがいもを持ってくる。
 やはり大量に食べている。そういえばお琴がさらに大きくなっている。と覚蔵は思う。

覚蔵:お琴。
お琴:はい。
覚蔵:今日は、誰かが来るのか。
お琴:え?来るんですか?
覚蔵:いや、来ない。
お琴:あ、良かった。
覚蔵:おコト。
お琴:はい。
覚蔵:ちょっとそこに座れ。
お琴:でもおイモ
覚蔵:イモはあとだ。
お琴:はい。

お琴と覚蔵、正座してむかいあう。お琴、イモを抱えたまま。

覚蔵:昔俺は、伊達藩士として上様に召し抱えられ、それでお琴、お前をもらった。
お琴:はい。
覚蔵:剣の稽古で目上の藩士にバカにされ、俺は真剣での試合を申し込み、そして片腕を失った。
 当然、お役はご免、以来、浪人の妻としてひもじい思いばかりをさせた。
 時は流れて明治維新、文明開化、息子は俺とお前を養うために屯田兵に志願した。
 俺のようなのと一緒になったばかりに、この北海道の原野にお前は連れてこられた。
 だから俺はお前に感謝している。これは言ったな。
お琴:言いました。
覚蔵:どう思う?
お琴:嬉しく思います。
覚蔵:そうか。
お琴:はい。
覚蔵:お前には苦労ばかりかけた。だからなるべくお前のことには余計な口出しはしないように決めた。
 これも言ったな。
お琴:言いました。
覚蔵:どう思う?
お琴:たまには口を出してくれても。
覚蔵:そうか。
お琴:はい。
覚蔵:では言おう。
お琴:はい。
覚蔵:えー、ここ最近、気になっていることがある。
お琴:お話長くなりますか?
覚蔵:すぐ終る。
お琴:おイモふかさないと。
覚蔵:それだ。
お琴:え?
覚蔵:くいすぎじゃないか。イモ。
お琴:え?
覚蔵:おコト。お前は気づいていないかもしれないが、お前はここ最近、みるみる大きくなってきている。
お琴:あらそうかしら。
覚蔵:おコト、俺はお前が太ろうがデカくなろうがシボもうが一向に構わん。
 しかし、一度にこの量を喰ってやろうというその心意気たるや、
 なにか魔物にでも取り憑かれておるんじゃないかと気が気でならん。
お琴:まぁ、魔物だなんて。
覚蔵:女が物を食う時は何か悪いことが起こる前触れだと。これは、となりのヤブ医者が言っていた。
 何か気に病むことでもあるのなら遠慮なく言ってくれ。
お琴:うーーん。さあ、どうかしら。
覚蔵:なにか、気がかりのようなものはないか?
お琴:うーーん。どうかしら。気がかり。
覚蔵:なんでもいい。どんな些細なことでもいいぞ。
お琴:あ。
覚蔵:あったか?
お琴:ありました。
覚蔵:それだ。それに違いない。なんだ?言ってみろ。
お琴:玄関のわきにはえた草なんですけど。
覚蔵:くさ?
お琴:草です。
覚蔵:草が、どうした。
お琴:あれ、どうやら大根なんじゃないかと思っていて。
覚蔵:だいこん
お琴:だからいつか抜いてお味噌汁にでもいれようかしらと。
覚蔵:、、
お琴:(真剣)大根じゃないとしたら、、人参?
覚蔵:おコト。
お琴:はい?
覚蔵:他にないか。
お琴:、、他。
覚蔵:うむ。
お琴:、、タケノコって一日でこのくらい伸びるんですって。
覚蔵:、、、
お琴:、、、すぐ食べられなくなりますね(不満)。
覚蔵:、、、そうだな。
馬:、、、、ひひーーーーーん
覚蔵:お琴。
お琴:はい。
覚蔵:隠し事があるんじゃないか?
お琴:(固まる)
覚蔵:、、お琴?
お琴:(固まる)
覚蔵:お琴。
お琴:はい?
覚蔵:どうなんだ?
お琴:え?なんですか?
覚蔵:、、、絶対隠し事があるだろう。
お琴:(固まる)

11■伊藤家と多紀家の芋合戦、そこに間宮

お隣のキク、イモをどっさり持ってくる。

キク:こんばんわー。
お琴:あ、おキクちゃん。
覚蔵:なんだそれは。
キク:これおイモ。
覚蔵:またイモか?
お琴:いつもすみませんー
覚蔵:おい、イモばっかりを食ってはだめだ。
キク:あんた早くー

 医者とその子供3人

仁斎:すごい量だなイモ。
子供たち:イ~モだらけ~♪
覚蔵:これ以上イモを入れるな!
お琴:わーうれしい
覚蔵:お琴!しっかりしろ!

 と肩をつかむと、お琴、いもを落とす。

お琴:ああ!

 その声に驚いた馬、サクラの近くで鳴く

馬:ひひーん!
サクラ:えーーーん。
モモ:このやろう!

 モモ、いもを馬に思い切り投げつける。

馬:ひひーん!
覚蔵:なんてことするんだ!
ウメ:イモをなげない!
仁斎:こらこらわはははは
モモ:いて!やったな(反撃)
馬:ひひーん!
キク:どおしてそうなるの!あ!(イモこぼす)
馬:ひひーん!
仁斎:ああ!なんてこった!イモが!わははは
ウメ:投げるなっていってんしょ!(投げる)
馬:ひひーん!
覚蔵:こら!正宗!
サクラ:イモ合戦じゃ!
子供たち:ひろえ!イモ!ひろえ!
お琴:あららららら!
キク:あららららら!

 馬、暴れまくる。子供たち、イモ拾っては投げまくる。

 そこに、間宮大輔が登場する。ゴンゴン。

間宮:失礼。ちょっと、馬を借りたいのですが。

 間宮の目の前を馬が走りさる。

馬:ぶるるるるるーーパカラ!パカラ!
間宮:あ、馬。
覚蔵:ああ!マサムネ!
全員:芋!いもをひろえ!中に入れるな。芋!いーもいーも!
間宮:あ、芋。あのう!すみません!
覚蔵:少し待て!
間宮:ハイ!

 間宮、戸を閉めて待つことにする。

覚蔵:いいかげんにしろ!ガキども!出ていけ!
子供たち:わーーーーー。

 子供たち、退場する。

覚蔵:しつけがなっとらんぞ!
お琴:おイモ、こんなにすみませーん。
キク:どら。てつだうわ。

 お琴、キク、台所へ。キク、足を止め

キク:あんたたち、今日くらいは喧嘩しないで大人しくね。
仁斎:無論。
覚蔵:ふん。

 キク、退場。

覚蔵:まったく。家じゅう芋だらけだ。
 
12■覚蔵と仁斎、毎日けんか、犬死について。

 覚蔵、不機嫌に座る。

覚蔵:仁斎、またよっぱらっとるのか。

 医者、どぶろくのとっくりを出す。

仁斎:飲むか。いじけているよりは、ずっといいぞ。
覚蔵:、、出ていけ。すておかんぞ。

 と、覚蔵、束に手を構えようとするが、竹ミツすら腰にない。

仁斎:おやおや、ちかごろは、竹ミツすら腰にないようだが、どうした?
 さすがの伊藤覚蔵も、明治の波に飲まれたと見える。
 武士が武士をやめると、次は一体何になるんだ?
 もっとも、ヤブ医者は坊主にでもなったほうがまだ世のためかもしれんなぁ。ひっく。

 てきとうな茶碗に酒をつぐ。ひとつを覚蔵に。ひとつを、以蔵の仏壇に。

仁斎:3年。早いもんだ。
覚蔵:、、、

 覚蔵、ぐいっと飲み干し、勝手に注ぐ。

覚蔵:ふん、、馬鹿な奴だ。
仁斎:今日くらい、やめろ。今日は、話しがあって来た。
覚蔵:以蔵は、犬死にだ。

 仁斎、立ち上がる。

仁斎:覚蔵、あんたがそう言う限り、私はあんたには謝らんのでな。
覚蔵:なにを言ってやがる。
仁斎:医者にだって、治せん病気がある。まして、舶来の、正体不明の病気など。
覚蔵:ヤブ医者、わざわざ言い訳を言いに来たのか。
仁斎:武士には武士の!医者には医者の戦いがあるように、患者には患者の戦いがあったのだ!!
覚蔵:なんだ。戦って死んだとでも言いたいのか。
仁斎:そうだ!
覚蔵:以蔵は患者の前に、武士だ!犬死は、犬死だ!
仁斎:時代遅れのわからずやが!

 仁斎、なぐりつける。転がる覚蔵。覚蔵、立ち上がる

覚蔵:お琴!外で飲んでくる!表に出ろ、仁斎。
仁斎:上等!

 戸を開ける。そこにまだ間宮。

間宮:えー、お取り込み中。
覚蔵:のけ!
間宮:ハイ

 覚蔵退場、仁斎もすれ違う。

間宮:あのー
仁斎:後だ!
間宮:ハイ

 仁斎退場。見送る間宮。

間宮:、、、、、、、。

 カラスが鳴く。カアア、カアアアア、
 そっと戸を閉め、退場する、間宮。

13■キクとお琴、夕方になる。

 日が暮れる。
 伊藤家に明り。

キク:よしと。あ、まだ落ちてるイモ。
お琴:あ、いいよいいよ
キク:まかして(深呼吸)ウメモモサクラーー!!!かたせー!!!!!
ウメモモサクラ(声:あーーーい!!

 すごい早さで走ってくる3人。すごい早さで芋を拾い、退場する。サクラは一番に走ってくるわりに何もしないで楽しく退場する。

キク:よく調教してあるでしょ。
お琴:なにからなにまでどーもどーも。
キク:なんもなんも。
お琴:またどこいったんだか、あの二人。
キク:まーーた喧嘩でしょう。いい大人がみったくない
お琴:いつもならそろそろ、たんこぶ作って帰ってくるのに
キク:喧嘩に飽きて、線路眺めながら酒のんでんでしょ。
お琴:今日はなかなか帰ってこないのねぇ。
キク:まぁ、、命日だもね。以蔵さんの。
お琴:、、、、

 お琴、仏壇を見る。

キク:このとおり。

 キク、深々と頭を下げる。

キク:どうか、あの人のこと許してやって。このとおり。
お琴:ちょっともうやめてよ。3年も前の話なんだから。
キク:以蔵さん、ほんとは勝って、帰ってこれたのにさ。
お琴:キクちゃん。
キク:あの人が西洋の医学をきちんと勉強してれば、コロリ治せたかもしれないのに。
お琴:言ってもしょーがない。
キク:あの人が、西洋の医学を憎んでなければ。
お琴:、、、
キク:江戸幕府の頃、あの人のお父様、奥医師の一人で代々漢方医として幕府に抱えられて、
 あの人も一生懸命漢方医の勉強してお父様の後を継ごうって。
 だけど、、少しづつ蘭学が幅をきかせてきて。とうとう、奥医師から外されて。
 「おやじは西洋科学文化に殺された」ってのが、あの人の口癖で。
お琴:わかってる。
キク:ほんとは西洋の医学が優れてるのはっきりしてんのに。
お琴:うちの人もそう。
キク:うん。
お琴:刀じゃ大砲には勝てないってわかってるのに。
キク:焦ってるの酒でごまかしてんだ。
お琴:ヘンクツな似た者同士だね
キク:うん。
お琴:毎日二人、喧嘩してるけど。たぶん自分のこと殴りつけてんだわ。

 お琴、仏壇のそばに立てかけてある刀を取り出す。

キク:、、ちゃんと手入れしてるんだね。
お琴:うん。夜中に起き出して、、、
キク:なんだか、不憫だねぇ。、、明治維新の風は、年寄りには冷たすぎるわ。
お琴:この刀で、守りたかったはずなんだけど、、。

 沈黙。

お琴:(笑顔)仁斎先生のお酒、ほどほどにさせないと。
キク:うん。
お琴:医者の不養生もそろそろ笑い話じゃなくなるよ。あんたんとこには3人もおるんだから。
キク:ん。そのとおりだ。
お琴:そうだ。
キク:なに?
お琴:ちょっとキクちゃんに聞きたいことがあるんだけど。
キク:聞きたいこと?
お琴:うん
キク:なんだろ?
お琴:、、あのね、(とお腹に手をやる)

 サクラとモモが泣きながらウメに手を引かれてくる。
 サクラ鼻をおさえてる。モモみぞおちをおさえてる。

サクラ・モモ:うええええええええ
キク・お琴:あれ?
ウメ:ねー。ねーねー。
お琴:どしたの
ウメ:モモがサクラの人形とって、サクラがモモのみぞおちに飛びゲリして顔から落ちた。
キク:なにしてんの!!
サクラ・モモ:うああああああああ!
お琴:あらあらあらあら
キク:ちょっとお琴さん、ごめん。
お琴:はいはい。お大事に。
キク:ほらあいさつ。
ウメ:さよならは?
サクラ・モモ:(泣)ざよんだばあああ
お琴:はい、ざよんだばあ。

 四人、なにかそれぞれしゃべりながら歩いていく。羨ましいお琴。

お琴:さ、やっちゃおう。

 と、お琴先に台所へ消える。

 おキク、ふと立ち止まる。子供たちつんのめる

子供たち:キュウ
キク:あ、聞きたいことってなんだろ。
サクラ:しらん。
キク:ちょと、先行って。
子供たち:ほーい。ほほホイほほホイほほホイホイ♪

 子供たち、退場。

キク:どこで覚えんのかしら、ああいうの。

 キク、伊藤家に戻ろうとすると、寅が帰ってくる。がっかりしている様子

キク:あ、寅ちゃん、、何?なんかあったの。
寅:流れちゃってて。赤ちゃん。

 沈黙

寅:38で初産だから、どうかなと思ったんだけど。
 奥さんも、旦那さんもガックリきちゃってて、可愛そうで。
 、、、あたしもちょっとガックリきちゃったさ。
キク:そーか
寅:はぁ(タメイキ)なんか、頭痛くて。
キク:働き過ぎだ。ちょっと休みな。寅ちゃん。
寅:、、うん。
キク:あんた倒れたらみんな困るよ。
寅:うん。したっけ。

 寅、退場する。

キク:、、、、やっぱり40を近くなると、むつかしんだねぇ、、。

 モモ、走ってくる

モモ:おかーさーん!サクラがウメ姉を肥だめに落としたー!
キク:あ、はいはいええええ?!!大丈夫!?
モモ:立ち泳ぎしてる。
キク:あ、よかった。
モモ:サクラも泳ぐって。
キク:あ、だめだめ!!だめ!だめ!

 キク・ウメ走って退場

14■テッちゃんと黒田と間宮

 黒田、疲れが取れた。登場。

黒田:間宮!間宮大輔!うし!わいどみゃ捜査すっど!きやんせ!
 (よし!我々は捜査を開始するぞ!来い!)
 どこにいるとか!まったく!ヒダルイ!チェストー!馬はどげんした馬は!
 (どこにいるんだ!まったく!腹が減った!!チェストー!馬はどうした馬は!)

 馬、走り抜ける。

馬:パカラッパカラッパカラッパカラッパカラッ

 馬退場。

黒田:、、、、北海道は野生の馬が、はしっちゅうがか。

 黒田、馬の行方をぼーーっとみてる。
 テツ、不審そうに登場する。黒田、テツに気づく。

テツ:!(ヤバい)

 テツ、会釈してそそくさ立ち去ろうとする。

黒田:おいこら。おいこらコケケ。(此処に来い)
テツ:コケケ?

 黒田、人相書きを出す。(牡丹とアヤメが筆で描いてある)

黒田:こんおなごんばみんとか。(この女を見なかったか)コケケ。
 ナイゴテそげんぽかんとしよっとか。
 (なにをそんなにポカンとしてるんだ。)
テツ:、、、
黒田:ヤッケタ。こんヤンカブイおなごはホガネぇ。間宮!わいどみゃ捜査すっど言っちょろうが!どこじゃ!
 (困ったな。この髪の乱れた女は頭が悪い。間宮!我々は捜査を開始するぞ!と言ってるだろう!どこだ!)
テツ:が、、、外人さんだ(ガクガクブルブルガクガクブルブル)。

 テツ、すきを見て逃げようとする。

黒田:こんおなごんばみんとか?どげんかせんといかん!
テツ:あ、あいどんのう!あいamじゃぽねィ!
黒田:ヤッセンボ!(だめなやつだな!)おっとられたもんはないがか(盗られたものはないのか)!
テツ:なんまんだぶなんまんだぶ!お助け!
黒田:おいや、しょつときっなごんさすんがあればないもいらん!(不明)
 あまめがおっで、はよへおっぼをもっけ!(不明)
テツ:食べられるー!!
黒田: ナイゴッナああああ!!(どしたのおおおお!)

 間宮登場。

間宮:黒田さん!遅れました。
黒田:おはんがのろのろしておいやしから、(のろのろしているから)
 ウッゼラシカ(ややこしい)こつなったと。(事になったぞ)
 いけんしてくうっちゅう?(どうしてくれるんだ)
間宮:馬を借りに屯田兵屋へ立ち寄ったのですがてこずりまして。
黒田:何をしじぁ!(なにをしてる!)

 間宮、テツに寄る。

間宮:薩摩のなまりが強いもので。失敬。
黒田:薩摩藩黒田利隆、北海道札幌管轄、警部じゃぁ!
間宮:私、常陸(ひたちのくに)水戸藩間宮大輔、警部補であります。今月より、札幌へ赴任いたしました。(敬礼)
テツ:きゅんっ
黒田:こん女ばみんとか(人相書きを見せる)
間宮:この女をみませんでしたか。
テツ:(首ふる。ぶんぶんぶんぶん)
間宮:もしも、不審なものを見かけたらお知らせください。
黒田:どげんかせんといかん!
間宮:はい。

 黒田、満足気に歩き出す。

間宮:(声をひそめ、テツに寄り)それと、黒田警部は訛りが強く、私を介さぬことには会話が困難かと思われます。
黒田:間宮!(退場)
間宮:は!では。

 さっそうと去っていく間宮。テツ、紅潮し、、

テツ:、、、、ぽ。ぽ。

 子供たち、やってくる。

ウメ:テッちゃん!汽車がくるよー
モモ:いこうテっちゃん
サクラ:いこうテっちゃん
テツ:ぽーーー
サクラ:大変だ
モモ:テっちゃんが
ウメ:機関車になった
テツ:ぽーーーーー
モモ:鉄道の話をして、
テツ:、、鉄道?
子供たち:うん
テツ:、、鉄道?
子供たち:うん!
テツ:、、なにそれ
子供たち:!!

 凍り付く子供たち

ウメ:テッちゃんが、
モモ:くるった。
サクラ:うええええええん!
 
 子供たち、走って逃げる。
 入れ違いに、フミが通りかかる。

フミ:?テっちゃん?なんかあった?
テツ:、、、恋よ。
フミ:は?
テツ:これは、恋よ!!

 例えば、テツ&フミ、マイクを取り、80年代アイドル風に歌い出す。
 馬も加わる。バックダンサーの皆さん、ボンボンを持って盛り上げる。

●●●●●●●●●●●●●●●●●●
題名:『フリフリラブ』作詞:すがの公

 フリフリラブ フリフリラブ
 恋は唐突 君は強烈
 クレイジクレイジラブ クレイジクレイジラブ
 愛と情熱 君は猛烈

 どこに居たって見つけてみせて
 私が上手にヒントをあげる。
 自由の翼で飛び立って
 どこに向かってパタパタいくの
 君の為なのわかってくれる
 あの子の翼はとっちゃった

 おしゃれしとくわ 私は太陽
 レディズビービューティフォー
 正しい自由を照らしてあげる
 きっとハートを沸騰させる

 大志を抱いて 君はヒーロー
 ボーイズビーアンビシャス
 ただただ私の言う事きいて
 もっとクールに熱中させる

 雪の山は登ってきて
 嵐の海は泳いできて
 氷の川はすべってきて
 光の原野を越えてきて

 フリフリラブ フリフリラブ
 恋は猛烈 君は強烈
 クレイジクレイジラブ クレイジクレイジラブ
 愛と情熱 君は唐突
●●●●●●●●●●●●●●●●●●

テツ&フミ&馬:せんきゅう!
バックダンサー:わーい

15■喧嘩と告白

 その奥で、覚蔵と仁斎、残り、ごろごろと無様な、相撲のような喧嘩をしてる。
 遠巻きに避けていく往来の人々。
 仁斎、覚蔵、鼻血、切りキズ、青あざ。二人、くずれ寝転がる。

仁斎:休戦!休戦!
覚蔵:少しは手加減しろ!こっちはカタワだぞ。
仁斎:ふん!腐ってもタイだ。こっちは虫も殺さぬ漢方医よ!

 仁斎、とっくりをラッパのみ。

覚蔵:くそっ、口が切れた。
仁斎:ほら消毒。

 覚蔵、とっくりをラッパのみ。

覚蔵:かはー。うまい。
仁斎:まだまだあるぞ。

 仁斎、とっくりをあと4本ばかり持っている。

覚蔵:気前がいいな。
仁斎:ちょっとここに座れ。
覚蔵:なんだ?
仁斎:いやまぁ、
覚蔵:お前がどんなにおべっかを使おうと俺の思いはかわらんぞ。
 だれよりも以蔵が、不甲斐ないと思ったに違いないからだ。
仁斎:それはわかった。このさい、わかった。
覚蔵:なんだ。今日はやけに引き下がるな
仁斎:実は、話があって連れ出した。
覚蔵:話?
仁斎:座れ。

 覚蔵、すわる。沈黙。

仁斎:覚蔵、いくつになった。
覚蔵:55だ。
仁斎:お琴さんは?
覚蔵:さあ、忘れた。
仁斎:忘れるな。48だ。
覚蔵:知っているなら聞くな。
仁斎:48といえば、もう2年もすれば、50だ。
覚蔵:あたりまえだ。減ってたまるか。
仁斎:ちゃちゃをいれるな。
覚蔵:何が言いたい?
仁斎:つまり、すでに、高齢だ。な。
覚蔵:人の女房を捕まえてなんだ?
仁斎:もう、10月も終わる。
覚蔵:ああ。
仁斎:すると11月だ。そうこうするうちに12月。すぐに来年だ。
覚蔵:もっとまともな話をしろ
仁斎:そろそろ北海道には雪も降る。この土地の冬はこたえる。
覚蔵:どうしてそう、当たり前の事ばかり言う?
仁斎:今年の冬は、覚悟をしなければいかんからだ。
覚蔵:何をだ?
仁斎:例えば、食料だ。
覚蔵:食料?
仁斎:食料もいつもの倍は必要だ。
覚蔵:仁斎。
仁斎:なんだ。
覚蔵:その話か。
仁斎:なに?
覚蔵:ぴんと来た。(グビリと飲む)
仁斎:本当か?
覚蔵:本当だ。
仁斎:お、さすがのお前も、気がついていたのか?
覚蔵:いくらにぶい俺でもわかる。(グビリ)
仁斎:そうか!なら、話しは早い。つまり、高齢での、
覚蔵:食い過ぎだ。(グビリ)(グビリ)
仁斎:ん?。
覚蔵:物の怪の類いなどは俺は信じない。
仁斎:え?
覚蔵:つまりあれは、(グビリ)病なのだろう。
仁斎:やまい?
覚蔵:(グビリ)仁斎、はっきり言ってくれ。
仁斎:、、、え?何を?
覚蔵:(グビリ)イモを食い過ぎる病、それはなんだ?
仁斎:え?
覚蔵:イモを食い過ぎる病、それはなんだ?
仁斎:、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

 仁斎、立ち上がる。

仁斎:、、、、
覚蔵:おい。
仁斎:、、、、やはりか。
覚蔵:なんだ?
仁斎:、、、、やはりまだ、気づいておらんのか。
覚蔵:何?
仁斎:お前、信じられんほどの鈍さだな。
覚蔵:なんだ?

 仁斎、向き直り。

仁斎:覚蔵
覚蔵:うむ
仁斎:心して聞け?(大きく息をすい)
覚蔵:イモを食い過ぎる病、それは?(グビリ)
仁斎:そんな病は無い!
覚蔵:ヒック!

16■お琴とツバキ、子守唄

 伊藤家に明り。台所から出てくるお琴。

お琴:お?、、、、、、お?、、、お?、、、、、、お?

 お腹をポンと叩いて、見る。

お琴:、、、、、、お。おお。、、、そうか。

 以蔵の仏壇を見る。簡易な台に鈴と線香と位牌と骨壷がある程度の、祖末な仏壇である。
 お琴、そちらへ向かう。正座し、慣れた手つきで、火をつけ、線香をあげる。

お琴:以蔵。あんたの時と一緒。ポッコポコ蹴りはじめたよ。
 50を前にして、まさかとは思ったんだけどねぇ。
 あの人は、また太ってきたと思ってる。それも、あんたの時と一緒。

 ふたたび大量の芋をむくお琴。自然と「五木の子守唄」をくちずさむ。

お琴:♪♪おどま盆ぎり盆ぎり 盆から先ゃおらんと 盆が早よくりゃ 早よもどる 
 ♪♪ねんねした子の かわいさむぞさ 起きて泣く子の 面憎さ(つらにくさ)

17■家の裏手(馬の居たとこ)

間宮:うーむ。ふんどし泥棒か、、しかも女。

 間宮、人相書きを見る。

間宮:、、ふんどしを、どうする気だ。む?だれか来た。

 間宮、誰かが来た様子を感じ取り、隠れる。

18■ピンクパンサー再。侵入

 音楽ふたたび『ピンクパンサーのテーマ』がかかる。
 音楽にノリながら現われる牡丹とアヤメ。昨日の夜の収穫がたくさんある。
 でかい風呂敷からはみ出る赤や白のふんどしたち。

牡丹:(こっちこっち)
アヤメ:(こっちこっち)

 しぶしぶ出てくるツバキ。ふてくされている風

牡丹:(あたしこっちの家行くからあんたあっちね)
アヤメ:(あたしが、こっち?先生は、そっち?)
牡丹:(逆!あたしがこっち!あんたがあっち!)
アヤメ:(あ、了解!失敬)
牡丹:(では、まいるぞ)
アヤメ:(は!)
二人:(どろん)

 二人、ぶつかる。

牡丹:(あんたこっち通って!あたしこっち!)
アヤメ:(失敬!)
牡丹:(では、まいるぞ)
アヤメ:(は!)
二人(どろん)

 二人、ぶつかる。牡丹、アヤメを叩く。

アヤメ:(失敬失敬)
牡丹:(わざとでしょ?)
アヤメ:(本気。誓う)
牡丹:(ばかたれ)
ツバキ:(ちょっと!あたしは?)
アヤメ:(え?あ、うちの子は?)
牡丹:(えー、じゃ、この家にでも隠れてな)
アヤメ:(この家だって)
ツバキ:(わかった)
牡丹:(あんた、収穫持ってて)
アヤメ:(ツバキ、あたしのも)

 二人、ツバキにでかい風呂敷をおしつける

ツバキ:(重い!邪魔!無理!)
牡丹:(では、まいるぞ)
アヤメ:(はっ)
2人:(どろん)

 二人別々に退場。

ツバキ:、、、、、(タメイキ)(どうしようかな)(しかたがない入るか。)

 ツバキ、抜き足差し足、伊藤家に忍び込む。

 ・・・・・少しの間

 間宮、あたりを伺いながら登場。ツバキの様子を、間宮が見ていた。

間宮:、、(キョロキョロ)

 間宮、抜き足差し足、伊藤家に忍び込む。

 ・・・・・少しの間

 リン、大根を両肩に下げながら、登場。間宮の様子を、リンは見ていた。

リン:、、(舌ペロリ)

 リン、ニヤニヤしながら、伊藤家に忍び込む。

 ・・・・・少しの間

 金と銀、ちょこまかと登場。リンの様子を、双子は見ていた。

金:、、(うんうん)
銀:んだ
金:(し!)

 金と銀、抜き足差し足、伊藤家に忍び込む。

 ・・・・・少しの間

 遠賀の中、牡丹、アヤメ、両サイドから、ふんどしを持って戻ってくる。
 ある意味、ふんどしの舞である。

牡丹:(あった?)
アヤメ:(あった)
牡丹:(赤ふんどし)
アヤメ:(白ふんどし)
牡丹:(チェック開始)
アヤメ:(ラジャー)
牡丹:(ばっさー)
アヤメ:(ばっさー)
牡丹:(巻物を見るかのごとく)
アヤメ:(電算書類を見るかのごとく)
牡丹:(どうだい?)
アヤメ:(だめだね。)
牡丹:(こっちもだめだ)
アヤメ:(さらーっと、美しく首にまく)
牡丹:(さらーっと、美しく首にまく)
アヤメ:(じゃ)
牡丹:(次は)
アヤメ:(この家に行きますか)
二人:(うむ)
牡丹:(ではまいるぞ)
アヤメ:(は!)
二人(どろん)

 音楽、きえていく。場転。

19■包丁。

 お琴鈴を鳴らし、合掌。チーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン

お琴:あ。

 お腹に手。

お琴:、、、、、、また蹴った。

 お腹に手。

お琴:いつ、言おうかねぇ。余計な心配かけたくないんだけど。
 最近、お腹んなか、なんだかジタバタさわいでる感じがしてねぇ。
 どうも変な胸騒ぎがするんだよ。

 ガタン!!と、台所の奥の方から音がする。

お琴:?、、、、、、、なんの音かしら?

 お琴、台所の奥に入ろうとする、と、ツバキが出てくる。手にイモを持っている。

ツバキ:、、、、
お琴:、、、どちらさま?
ツバキ:!

 ツバキ、台所にまたひっこみ、こわばった表情で、包丁を構えて出てくる。口を拭う

ツバキ:、、、
お琴:、、、

 息をつめ、互いの様子を見合う二人。

 汽車が通る。シュッシュッシュッシュッシュッシュッポオオオオオオオ!!
 ガタンゴトン!ガタンゴトン!ガタンゴトン!ガタンゴトン!ガタンゴトン!

20■覚蔵の夢

 闇の中。覚蔵の声がする。夢の中の擬音のようなもの。
 覚蔵、口が切れて、血が出ている。

覚蔵:おおい、、、おおい

 誰かがろうそくの火を灯し登場する。

覚蔵:ああ良かったホっとした。すみません。どうやら道に迷ってしまったようで。
 おまけに油も切らしてしまったようで。どうもうちの奴ともはぐれてしまったようで。
 すみません、うちの女房をみかけませんでしたか。お琴って言うんですが。あのう。

 ろうそくの火が増える。誰かが最初のろうそくを火種にして、増やす。

覚蔵:ああ、えーと、どっちへ行けば良いのでしょうか。
 なにせ私も歳なもんで、どうも何をしていいのやら。
 そしてこのカタワでしょう。ほら、左手が。、、おかしい。左手が、ある。

 ろうそくの火が増える。誰かが次のろうそくを火種にして、増やす。
 ろうそくの火が増える。誰かが次のろうそくを火種にして、増やす。

覚蔵:おや、そこにいるのは、、、以蔵か?
 はて。おまえ、死んだのではなかったのか?
 
 どんどんろうそくの火が増えて行き、覚蔵を取り囲み歩き出す。まるで百鬼夜行の様相である。

覚蔵:お琴?お琴じゃないか?一体、どこへ行こうって言うんだ?

 ろうそくの人々、汽車の擬音を口々に出しはじめる。

汽車の声:シュッシュッ、シュッシュッ、シュッシュッ、シュッシュッ
覚蔵:ああ、また嫌な音がする。シュッシュッ、シュッシュッ
 待ってくれ以蔵。そんな鉄の固まりに乗ってどこへ行こうというんだ。
 お琴、おまえまでそんな所で何をやっているんだ。
汽車の声:シュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッ
覚蔵:おのれ、妖怪。俺が相手だ。左手さえあればこっちのものだ。
 せいせいどうどう俺と勝負しろ。
汽車の声:シュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッ
覚蔵:でい!でええ!てい!とお!やあ!

 ろうそくの人たち、まったく斬られない。
 取り囲み覚蔵の腕をひっぱる。

覚蔵:ああ、それは俺の左手だ。ああ、やめてくれ。俺の左手だ。俺の左手だ。助けてくれ。お琴。以蔵。

 左手が伸びて、

 「ぶちんっ」

 と切れる。汽車の声。血流のように聞こえてくる。

汽車の声:シュッシュッ、シュッシュッ、シュッシュッ、シュッシュッ
覚蔵:以蔵、俺を置いていくのか。お琴、俺を、置いて行くのか。
汽車の声:シュッシュッ、シュッシュッ、シュッシュッ、シュッシュッ

 ろうそくの明りたち、いなくなる。

21■目覚める。往来で酔っぱらい。

 仁斎、道ばたで寝ている。覚蔵、目が覚めている。
 汽車が通りすぎる音。ガタンゴトン!ガタンゴトン!ガタンゴトン!ガタンゴトン!ガタンゴトン!

覚蔵:、、、なんの役も立たん、黒い鉄の固まりがまた行ったぞ
 毎日毎日、日に一度。まるで黒船が通るようだな。
 あの黒船が浦賀に現われてから、おかしな事になりやがった。
仁斎:ん?、、なんだ寝てしまったな。ふああ。
覚蔵:俺はおかしな夢を見るんだ。以蔵が現れて、お琴を連れていく、俺の左手がぶちんともげる。
仁斎:もともと左手なんぞなかろう。
覚蔵:だからおかしな夢だと言うんだ。もう一度、左手がぶちんともげる。不吉な夢だ。
仁斎:その左手、ほんとに、剣の試合で斬られたのか?
覚蔵:、無論、そうだ。
仁斎:ほーん。
覚蔵:なんだ。
仁斎:いや。

 覚蔵、一人、ふらふらと戻る。

仁斎:どこへいく?
覚蔵:家だ。

 覚蔵、退場しかける。

仁斎:お琴さん。、、腹に子供がいるぞ。
覚蔵:、、、なに?

22■包丁騒動

 場面戻る。包丁を構えているツバキと対峙するお琴

お琴:なまえは?
ツバキ:、、、ツバキ。
お琴:いい名前ね。
ツバキ:、、、、、
お琴:それ、よこして。あぶないから。ね。

 かっこよく間宮登場!

間宮:エイヤ!

 かっこよく包丁を叩き落とす。

ツバキ:痛!
お琴:ツバキちゃん!

 間宮、かっこよくそれを拾う。お琴、ツバキにかけよる。

間宮:あぶないところでした。

 お琴、間宮を無視

お琴:大丈夫?
ツバキ:あ、、、うん。
間宮:いやぁ、たまたま僕が通りかかったから、ケガをせずに
お琴:(間宮に)あんた!
間宮:ぬ?
お琴:乱暴しない!
間宮:は?

 リン、間宮よりもさらにかっこよく登場!

リン:エイヤあ!

 さらにかっこよく包丁を叩き落とす。

間宮:あだ!

 さらにさらにかっこよく鈍く、金&銀登場。

金:えいやあ(でかい金ダライで頭をガンっ!)
間宮:いて!
銀:ウーたあ(おタマで額をコンっ!)
間宮:あは!

 リン、包丁を拾い。間宮につきつける。

リン:さあ!大人しくするこった!
間宮:ちょとちょとちょと!
リン:人様の家に入り込むたぁふてえやろうだ!
金:しんみょうにお縄を頂戴しろい!!
お琴:乱暴もの!
間宮:いや!これは乱暴じゃないんですか!(これは)?(金ダライ)
銀:ウーたあ(おタマで額をコンっ!)
間宮:あたあ!

 間宮、うずくまる。

お琴:だいじょうぶ?
ツバキ:、、あの
お琴:あら、お揃いで。
リン金銀:たまたまね。
間宮:僕は怪しいもんじゃありません!
銀:ウーたあ(おタマで額をコンっ!)
間宮:くう!!

 間宮ふりほどき、立ち上がり。

間宮:北海道札幌管轄担当・私、間宮大輔、警部補であります。
 その子は、我々が追っているふんどし泥棒と関連がありそうです。

 台所から音がする。ガタタタン!

牡丹(声:ばか!
アヤメ(声:しー!

ツバキ:!!
お琴:?(ツバキの様子に気づく)
間宮:、、まだ、誰かいるんですか
ツバキ:、、
お琴:、、
間宮:こたえてください。
ツバキ:いません!!
間宮:、、僕は、君に聞いたわけではないんだけど。
ツバキ:、、あ
お琴:、、、、

 間宮、行こうとするが、お琴、立ちはだかる

お琴:待ってけさい!(仙台弁)
間宮:、、
お琴:女の、城だっちゃ。台所は。
間宮:、、、
お琴:、、、、、
間宮:、、わかりました。

 お琴、台所へ。

ツバキ:、、、、、、

 お琴、もどってくる。

間宮:どうでした?
お琴:ああ、別に。
間宮:、、おかしいじゃありませんか、さっきは確かに音が聞こえましたし。誰かがいる気配があります。
お琴:タマです。
間宮:は?
お琴:タマと、、ミケ。
間宮:猫だというんですか?
お琴:はい2匹。

牡丹(声:み、みゃー
アヤメ(声:にあー
牡丹(声:下手っ

全員:、、、、、、
お琴:よく出入りするんです。ノラネコ。えさをあげるうちに居着いてしまって。ねぇ?
リン:え?あ、そーそーそーそー、ねえ
金:そーそー
銀:んだだだだだ
間宮:どうやら、僕をなめていますね。
全員:全然、全然、ねぇ?うんうんうん
牡丹(声:にゃー
全員:あ、タマだタマ、ね、タマタマ
アヤメ(声:みゃー
牡丹(声:へたくそ
全員:あ、ミケだねミケ、うん。ミケねー
間宮:静かに!

 全員、シンとなる

間宮:この賊を連行します。
リン:まだ、子供なのに。
金銀:んだ!
お琴:この歳で賊ってことないっちゃ!
間宮:この娘は、包丁を持っていました。現行犯です。

 お琴、おもむろに、ツバキに包丁を渡す。

お琴:はい。
ツバキ:?

 そして、イモを一個渡す。

お琴:包丁は動かさないで、イモをくるんくるんさせるのよ?
ツバキ:、、、
銀:んだんだ。(皮むきジェスチャー)
金:(ツバキの手を持って)こう、ほれ。くるんくるん。
リン:お琴ちゃん、包丁まだある?イモも。
お琴:はいはい(台所へ)。、
間宮:あの。みなさん。
金:そうそう。うまいしょ。
銀:んだー
お琴:(包丁と芋セットを増やす)はいお願いします。
四人:はい、くるんくるんくるんくるん。(皮むく)
ツバキ:くるん、くるん。
四人:うまいしょー。
間宮:何をしているんですか。
金:何っておめ
リン:見てわかんないかい?
銀:んだー。
お琴:親戚のツバキちゃんに芋の皮むき、手伝ってもらってんでしょや。
金:はい、
5人:くるんくるんくるんくるん
間宮:僕は、あなたがさっき名前を聞いてたのを見ています。
お琴:最近物忘れがはげしくて。
金:も、歳だ。
銀:んだんだ。
リン:いくつんなったの?
お琴:さ来年50さ。
四人:あら~~~~ん
間宮:聞かれたことをすみやかに答えろ!!
リン:明治になって身分の別は無くなったんでないの?
間宮:、、、すみやかに!事情を説明してください!
全員:!!

 沈黙。銀、息を大きくすい。

銀:はんかくせ-。
リンお琴:!?
金:銀ちゃん、言ったれい
お琴:しゃべった?
リン:しゃべるの?
金:しゃべるよ
銀:警部がこったどごでなーっちゃんず?(こんな所で何してるの?)
 いっぱんだすけだ格好して。(へんな格好して。)
 すねからだしてさんびぐねが (足を出して寒くない?)
 わが? わっきゃ暇だはんでむらあるいじゃ(わたし?私は暇なので村歩いてたの)
 
 ちんもく

間宮:、、え?あの
銀:おめ、あだまもぢいぐね (あんた頭の具合がわるいなぁ)
 したはんでしゃんべったっけな(だから言ったんだ)。
 せば、いね(ほら、いなくなれ)
 すかすかどやねばばげになら(さっさとやらねば夜になるよ)
金:ま、そういう事情だもんでお役人さん、今日のとこはひとつ。お引き取りくだせえ
金銀:(にたにたにた)

間宮:ふんどし泥棒の人相書きです。置いていきます。

 お琴、戸を閉めるとみせかけ、隙間を作り、間宮の退場を見届ける。

四人:、、、、、、

 その間、ピクリとも動かない四人。間宮退場

お琴:、、、、行った。

 全員脱力

全員:はああ~~~~~

23■一件落着。

お琴:やー、行った行った
金:いやいや役者だもな。
銀:んだんだー!
お琴:みんな察しが良くて!
リン:いやあ、楽しかった!
銀:んだんだだ
金:銀ちゃん、ボケてると思ってたべ?
リン:思ってた!
銀:んだんだ。
お琴:なんもなんもまだまだボケてないわ
金:縫いものさしたら機械のようだぞ。な。津軽弁しゃべらせばフランス人のようだし、な。
銀:にししし。
金:みんなす~ぐ年寄りあますもな。
銀:んだんだ。
リン:あましてないっしょ。
お琴:何?
リン:ああ、なかまはずれーみたいな。
お琴:北海道弁も難しーっちゃねぇ?(ツバキに)
ツバキ:(コ、コクン)
リン:それどこ?
お琴:仙台。
リン:おらも嫁に来たての頃は、ゴミをよくぶん投げたもんだ。
お琴:ああ、投げた投げた。捨てれって言わないもんね
リン:おかーさんこわいこわい言うから何をおっかながってるんだろうと思って。
金:こわいっつったら、こわいだべ
ツバキ:なに?
お琴:「疲れた。」
リン:このばーちゃん(金)口悪くてさ
お琴:このおばちゃん(リン)と毎日ケンカさ。
金:うっさいこのへちゃむくれ
リン:はんかくさいこというな。
金:ホッチャレ、めっかい。
リン:この、たくらんけ。
金:おめーはいいたがらもんだ、うすけっ
リン:ごもくそいうでねぇ!
お琴:何言ってるかわかる?
ツバキ:わかんない!
お琴:おばちゃんもわかんない。面白いね。
ツバキ:ふふ(笑顔)
金:でもまあ、喧嘩できる嫁が来て、いかった。
銀:んだんだ。
リン:持ち上げてもなんもでんよ。
金:あとはテツに男が出来ないば。
リン:さっきのほれ。
金:間宮さん。
銀:ぽっぽー
リン:タマとミケによろしく。
お琴:ありがとうね
3人:なんもなんもー

 3人退場。

ツバキ:あ、ありがとうございました!

 ツバキ、3人が去った方に深々礼をする。

24■牡丹、アヤメ。

お琴:、、、、、

 お琴、人相書きを拾う。

お琴:、、、、、もう、誰もいませんよ。

 アヤメ、ばつが悪そうに登場する。相変わらず、ふんどしを首に巻いている。
 たくさんふんどしの入った風呂敷を持ってくる。

アヤメ:すみません。
ツバキ:アヤメおばちゃん。
お琴:どうして、ふんどしなんか。
アヤメ:足がつかずに必ず売れるから。必需品だもんで。

 雨の音がしてくる。サアアアア、アアアアアアアア

 牡丹。登場する。 

牡丹:あんたもよくよく人がいいね。
ツバキ:お母ちゃん。
お琴:、、、
牡丹:その人相書きに書いてある通り、ぬすっとなんだよ。
お琴:でも悪い方には見えませんから。
牡丹:根っからの悪人なんていやしないよ。
お琴:、、、
牡丹:道を間違えて悪人になるんだ。
お琴:、、、、、雨、降ってきましたね。
牡丹:悪いんだけど。金目のもの出しな。

 牡丹、ドスをつきつける

ツバキ:お母ちゃん!
アヤメ:ねえさん!この方は、あたいらをかばってくれたんですよ?
牡丹:だからって、あたしらが足を洗ったことにはならない。ちがうかい?
アヤメ:、、
牡丹:あたしの旦那は五稜郭で官軍に殺された。もう10年になる。
 アヤメの旦那も彰義隊だった。新政府に追われてすすきのの色町に逃げた。
 明治の風はあたしら女にだって冷たい。
お琴:、、、、

 雨の音。あたり暗くなる。

25■発覚、雨

 雨の音、サアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

覚蔵:俺は、てっきり俺はうちの奴太ってきやがったとばかり。
 どおりで芋を食うと思った!わははは!もっと酒だ!酒もってこい!
仁斎:覚蔵、ヤケを起こすな。

 覚蔵、右手で、地面を強く叩き付ける。ダン!頭を抱える。
 雨が強く降り始める。サアアアアアアアアアアアアア。

覚蔵:、、あの歳で子供を産むだと?
仁斎:、、、
覚蔵:貴様は、俺の肉親を二人も殺そうとしているのか。
仁斎:、、、かもしれん。
覚蔵:(襟首をつかみ)今度は詫びてすまんぞ。
仁斎:覚悟の上だ。
覚蔵:いつから知っていた。
仁斎:、、夏の頃だ。
覚蔵:、、
仁斎:、、、あれは、赤んぼをおろすかおろさないかの瀬戸際だった。
 あんな女の顔を、私は産まれてこの方見たことがない。

26■回想、仁斎とお琴。

 ミーンミンミンミン、ミーーンミンミンミン

 伊藤家に、お琴(まだお腹がちいさい)、となりに寅。夏の太陽。

お琴:、、、、、、、
仁斎:あなたは今年で48。じきに50だ。この意味がわかりますか?
お琴:、、
仁斎:一度産んだとは言え、それはもう随分昔の話だ。
お琴:、、わかります。
仁斎:産むとなると真冬になる。この寒さの中、あなたの体力が持つと思えない。
 歳をとればとるほど、途中で流れる可能性も非常に高くなります。
寅:一般に1割の確率の流産率だって。それが四十を越えたら3割まで上がるって。
仁斎:寅さんとも話し合った。はっきり言って我々は、中絶をすすめる。
寅:残念だけど。
お琴:うん。
寅:お琴さんの事だけじゃないの。息子さんに先立たれたあげく、お琴さんまで失ったら。覚蔵さん。どうなると思う?
お琴:、、、、
寅:うちの旦那は、熊にやられて。息子は戦争にとられて。それから一度だって、いなくても良かったと思ったことはないよ。
お琴:うん。
寅:私なら、今ある命を大事する。

 ミーンミンミンミン、ミーーンミンミンミン

仁斎:わかるねお琴さん。
お琴:はい。
寅:つらいと思うけど。
お琴:うん。

 お琴、すっくと立ち上がり。以蔵の仏壇に向かう。

お琴:、、、、、、

 ふいに騒がしくなる蝉の声。ミーンミンミンミンミーンミンミンミン、ミーーンミンミンミン
 
二人:、、、、、、、、、

 そして、医者にふりかえるお琴。

お琴:、、、、、決めました。

 にこやかに心を決めた様子のお琴。

医者:、、、、、、、、、、、、(タメイキ)、、、やれやれ。
お琴:すみません。
医者:言い出したらきかない所があると、覚蔵が言っていたが。

 医者、立ち上がり。

医者:寅さん。
寅:、、ハイ
医者:、、、私は当分、診療所をサボる。
寅:、、、
医者:あんたも出来るかぎり、この人に、力を貸してくれ。
寅:ん。
お琴:、、、よろしくお願いします。

 お琴、頭を下げるでもなく、優しく、言う。

 ミーンミンミンミンミーンミンミンミン、ミーーンミンミンミン。回想終わり。

27■急患

 サアアアアアアアアアアアアアアア少しおさまる雨。
 
覚蔵:、、、、、、

 覚蔵、おもむろに、仁斎の目の前に行き、右手でなぐりつける。抗わずに転がる仁斎。

覚蔵:おい。ヤブ医者。俺の夢。あれはなんだ。
仁斎:しるか。医者が迷信ぶかくなりゃあ世も末だぞ。

 覚蔵。片手で刀を抜くふりをし、まっすぐと構える。

覚蔵:仁斎。
仁斎:なんだ。
覚蔵:男か?
仁斎:は?
覚蔵:女もいいな。
仁斎:はははは
覚蔵:こうなりゃ、大上段の構えで行く。
仁斎:まったく。お前たち夫婦はお似合いだ。
覚蔵:不吉なぞ、残った右手で叩き切ってくれる。

 覚蔵、手をふりおろそうとした所に走ってくる、キク。

キク:はー、はー、はー。
仁斎:、、、どうした。
キク:あんた!急患!、
仁斎:、、、、、、誰だ?
キク:、、お琴さん。
仁斎覚蔵:!!

 仁斎、覚蔵、走り出す。後を追うキク。

28■時間経過。

 ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
 ピカアア!!!ゴロゴロゴローーー

 たくさんの人々、番傘をさして歩いていく。手拭でほっかむりして家路を急ぐもの。
 待ち合わせて傘を渡すもの。雨の中、舞台上をせわしなく、交差していく登場人物たち。
 そこに覚蔵とお琴の姿は無い。
 
 時間が経過する。
 ザアアアアアアアアアアアアアアアアア

29■奥の間。

 行灯の明り。
 伊藤家の奥の間にふとんがしかれ、そこにお琴が寝ている様子。
 奥の方に覚蔵が刀を抱いて壁に寄りかかって座っている。
 更に奥に心配そうに座っている、ツバキ。

覚蔵:突然に倒れたのはわかった。お前はなんでうちに居たんだ。
ツバキ:、、、、、

 台所から出てくる仁斎。

仁斎:その話は後にしろ。その子が駆け込んでくれなきゃあ、あぶなかったんだ。

 キク、外から、傘をたたみながら上がってくる。

キク:だめ。寅ちゃん寝込んだって。
仁斎:なに?
キク:最近働き詰めだったから、寅ちゃん。
仁斎:まずい。まずい。まずいぞ。まずい。、、私は、、婦人科なぞ専門外だ。
キク:お琴ちゃんは?
仁斎:わからん。血の気が引いてきている。
キク:他にだれかいないんだろうか?
仁斎:いたら困らん。
キク:、、ひどい寝汗。
仁斎:意識も、あったり、なかったりだ。

 うろうろし出す仁斎。

仁斎:また同じことのくり返しか。
覚蔵:、、、
仁斎:私が、西洋医学も勉強してれば、、よもや。
キク:やめよう、あんた。
覚蔵:万が一、お琴まで死ぬような事があれば、俺はおまえを叩っ斬る。

 沈黙

キク:他に何か出来ないの。
覚蔵:、、。
キク:なんでもいいから、ぶったぎる以外に何か出来ることは無いの?
覚蔵:、、、、

 覚蔵、束に手をかける。

ツバキ:やめて!!!

 ピカアア!!ゴロゴロロロロ
 ザアアアアアアアアアアアアアアア

30■回想・居間

 居間に明り。さっきの続き。奥の間に寝ているはずのお琴がいる。(ふとんの中はダミー)

 ツバキ、駆け出し、牡丹の持っている刃物に飛びつく。

ツバキ:もうやめようかーちゃん。
牡丹:、、、ツバキ、、、
ツバキ:あたしが働くから。工場でも女中でも、なんでも。働きに出て仕送りするから。
 なんなら、色町に出たっていい。
 さっきあたし、産まれて初めて人に包丁をむけた。
 きっとそのうち、間違って誰かころしちゃうかもしれない
お琴:、、、ツバキちゃん。

 沈黙、雨がやんで行く。サアアサアアアア、、、月明り。

アヤメ:、、、ねえさん。もう。やめましょう。
お琴:おどんが打死(うちん)ちゅう 誰(だい)が泣(に)ゃてくりゃか♪裏の松やみゃ せみが鳴く
牡丹:、、なに歌ってんだい、あんた。
アヤメ:、、こもりうた。
お琴:あたしね、この歳でお腹に赤ん坊がいるの。
ツバキ:赤ちゃん。
お琴:だからね。

 お琴、牡丹を見据え、腹を叩く。

お琴:この子になんかあったら、

 覚蔵の刀を手にとり、構える。

お琴:全員、ぶったぎるよ。
3人:、、、、、、

 牡丹、刃物をおとす。

アヤメ:ねえさん。
お琴:はい、すわったすわった。

 お琴、刀を置く。

お琴:お芋ふかそうか。ツバキちゃん、手伝って。
牡丹:、、あんたは、強いお人だね。
お琴:なんもなんも。ほら。

 ツバキの手をとり、心臓に手をおかせる

ツバキ:ん?
お琴:ほんとうはいつもどきどき。
ツバキ:、、本当だ。
お琴:こういう時代だから、みんな大変ね。
ツバキ:、、、
お琴:けど、守りたいもんがあるから、おばちゃんは、強くなるしかないんだよ。
 ♪おーどまぼんぎりぼーんぎりぼんからさーきゃ、おーらんどー、
 ♪ぼんがはよくーりゃ、はよもーどおるー。
アヤメお琴:♪ぼんからさーきゃ、おーらんどー、
ツバキアヤメお琴:♪ぼんがはよくーりゃ、はよもーどおるー。
牡丹ツバキアヤメお琴:♪おどまーぼんぎりぼーんぎりぼんからさーきゃ、おーらんどー、
お琴:♪ぼんが、!!、、、、いた、いたたた
3人:!?
ツバキ:おばちゃん!!

 お琴、突然、うずくまる。
 再び、雨。ざあああああああああああああああああああああああああああ
 全暗。ピカアア!ゴロゴロゴロオロロロ!

31■危篤

 また、時間が経つ。
 ふとんの敷いてある部屋へ明り。お琴、ふとんに寝ている。
 仁斎、何も出来ぬままそこにいる。
 女衆が働いている。みな、タスキがけをしている。

 ざああああああああああああああああああ、、、、

仁斎:、、、、、、
ツバキ:あの、お水。(井戸水もって登場)
キク:ありがとう。
アヤメ:あたしたちのせいだから(水をうけとる)
キク:たまたま。たまたま事が重なっただけよ
牡丹:どうですか、先生?(井戸水)
仁斎:、、それが、わからんのだ。
アヤメ:、、、そう。
仁斎:覚蔵は?
キク:馬のとこ。

 台所から金。

金:もしものためにお湯をわかしておいた。銀バァー
銀(声:んだー。
キク:すみません、助かります。
金:亀の甲より、歳の甲だ。

 金。ふんどしの入った風呂敷を見つける。

金:これ、なに?
ツバキ:、、ふんどし。
牡丹:かたづけます。

 ツバキ、アヤメ、牡丹ふんどしの入った風呂敷を片付ける。金、台所へひっこむ。
 キク、覚蔵、仁斎残る

仁斎:まったく自分が情けない。人生で二度までも手をこまねいて見ているしかないとは。
キク:あなた。
仁斎:(仏壇へ目線)よりによって、以蔵君の命日だ。

 フミ、走ってくる。傘をたたみ、上がりこむ。

仁斎:お寅さんは?
フミ:やっぱり熱がひどくて、かーちゃん出てこれん。
キク:なんて言っていた?
フミ:熱が上がると心配だから、とにかく身体を冷やして。
仁斎:もっと何か具体的な策はないのか?!
 どうして倒れたんだ?熱が上がっているのに顔色が無くなってきた。脈も弱い。
フミ:それが、聞いたこともねぇとさ。母ちゃんにも見当がつかんて。
仁斎:くそう。打つ手、無しか。
フミ:そうでもねぇ。
仁斎:なに?
キク:策があるの?

 テツ上がりこんでくる。

テツ:わかった!機関車!今日点検にくる!
仁斎キクツバキ:?
テツ:もうすぐ弁慶号と義経号が点検で通る。札幌行き!
フミ:よし!!
テツ:あと、お金を集めなくちゃ。

 リン、小銭をもって駆け込んでくる。

リン:とりあえず、うちにあったぶんだけど、足りる?
テツ:軽川からなら、並等8銭!
リン:え?全然足りない。先生、汽車賃ちょうだい!!
仁斎:おい、ちょっと待て!順を追って説明してくれ。
テツ:作戦があるんです!
キク:ちょっっとみんな集まって!!

 全員集合(テツ、リン、フミ、金、銀、ツバキ、仁斎、キク、ツバキ、アヤメ、牡丹)

リン:あらどちらさま?
アヤメ:ミケです。
リン:あ、どうもー。
フミ:かーちゃんの産婆の先生が居るんだわ、ドイツの医学ば学んで札幌に赴任したんだと、最近。
テツ:その人に診せれば、なんとかなるかもしれません
フミ:お琴さん高齢だから、いっそのこと札幌の病院に入院させた方いんでねかって。
仁斎:しかし、こんな夜ふけにどうやって札幌まで。
テツ:で、弁慶号の出番です。
キク:弁慶さんってあの、機関車かい?
リン:そお!
テツ:最近、軽川にフラグステーションというのが設置されたんです。
仁斎:なんだそりゃ。
アヤメ:聞いたことある!
ツバキ:旗を上げると、汽車が止まる駅があるって。
仁斎:本当か?
テツ:そうなんです。これからは石炭の輸送だけじゃなく、旅客車としても機能させようという方針で。
キク:旗を上げるの?
テツ:そうです。旗を上げるんです。
仁斎:止まるのか。
テツ:今日、弁慶号が、点検のために夜中、小樽から札幌へ向けて走ってきています。
フミ:それに、お琴さんを載せれば。
リン:一気に札幌へ到着して、
キク:最新医学で見てもらえるというわけね?
仁斎:、、しかし、、

 覚蔵、馬を連れて登場。

覚蔵:軽川まではどうする。
フミ:馬で!
覚蔵:、、俺は反対だ。
テツ:どうして!
覚蔵:雨が降っているからだ。
 ただでさえ、マサムネは片目で夜目がきかない。
 危篤の俺の女房をこいつに乗せるのか?
 それに、軽川へ行くのも札幌へ行くのも、距離にしてみれば大差ない。
キク:覚蔵さん!
仁斎:残念だが!、、、私そう思う。
 この悪天候で、妊婦を隻眼の馬にくくりつけて走らせるなんて、どうかしている。
リン:じゃあ、どうするってのさ!
フミ:いちかばちか、やってみりゃいいじゃない。
仁斎:だめだ!!
キク:じゃあ、どうすんだいあんた!
仁斎:わからん!わからんのだ!
キク:、、情けないよ。あんたたち男は、江戸から明治になって、時代にもついていけず、いい所がひとつもないよ。
仁斎:うるさい!私だって!
覚蔵:そのとおりだ。おキクさん、あんたの言う通りだ。
 俺たちは、明治になってこの方、役にたったためしがない、、
仁斎:このまま、また、黙って、、見守り続けるしかないのか。
キク:、、
覚蔵:お琴。、、すまん。
ツバキ:すごい汗。
覚蔵:、、、戦っているな。、、、お琴は、、戦っているのだな。
仁斎:ああ。しかし、意味が無い。、、、助からなければ。
覚蔵:、、、
仁斎:せめて、、、、汽車が、琴似に止まれば、、、、
テツ:琴似にフラグステーションさえ、あれば。
キク:琴似で、旗を上げられれば、、、

 静まる。サアアアアアアアアア、、、、

覚蔵:、、、上げてみるってのはどうだ。
全員:え?
覚蔵:旗を上げれば、止まるかもしれない。
仁斎:おい。何言ってるんだ。
覚蔵:旗だ!旗を上げるんだ!
テツ:でも、どうだろう。
キク:駄目でもともと!あんた!
仁斎:やってみるか。
覚蔵:仁斎。
仁斎:メリケン製の鉄の固まりが、
覚蔵:、、、、俺たちの言うことを聞くか、、

 覚蔵、以蔵の仏壇をみる。

 音楽が聞こえてくる。『Pachelbel: Canon In D(カノン/パッヘルベル)』

テツ:でも、旗はどうすんですか?
金:おらたちにまかせ。
キク:え?
金:目立ちゃいんだべ?
テツ:まぁ。
リン:あ!なるほど!おかーさん。お手伝いします。
フミ:え?どうするの?
銀:んだんだ。
金:ほれ縫い仕事だ!

 金、銀、退場。

仁斎:肝心の列車は?いつごろくるんだ?
テツ:あと少し!!
覚蔵:おい金は?
リン:先生!汽車賃!並等8銭!付き添いの分も入れて16銭!
仁斎:まて!そんなにするのか?!
キク:ちょとまって!ウメモモサクラー!!

 キク小銭を集めに自分の家に退場。

覚蔵:家も探そう。
牡丹アヤメツバキ:まかせてください!!
仁斎:さすが本職!

 アヤメ、ツバキ、牡丹、覚蔵、家捜しをはじめる。

仁斎:よし、次は?
フミ:えーと、かーちゃんが言うには、妊婦を寝たまま移動させるべし。
テツ:なにか、板みたいなもの。
仁斎:板?いた?、、
テツ:板、これは?

 キク、戸を指差す。

仁斎:よし、外せ!!
テツフミリン:はい!

 テツフミリン、戸を外す。

テツフミリン:うーーん固い!

 間宮登場

間宮:おい!今度こそしんみょうにお縄をちょうだいして
テツ:てつだって!
間宮:え?
テツ:ほら手伝って!
間宮:あ、はい。
テツフミリン:せーの!
間宮:ほ!

 間宮、手伝う。戸がはずれる。
 全員で、戸板にお琴をのせにかかる。

 キク、小銭もってくる。

キク:あんただめだ!!ぜんぜん足りない!
仁斎:え?!どうして!
キク:酒ばっかのむから!
仁斎:すまん!!
キク:まったく、ばか!

 ウメ、モモ、サクラ、走ってくる。

ウメ:集めてくる!
仁斎:え?
ウメ:村じゅうから集めてくる!
ウメモモサクラ:集めてくる!
テツ:頼んだ!
ウメモモサクラ:右や左のだんなさまあ!!!
仁斎:どこで覚えるんだそんなこと!

 ウメモモサクラ、走って散る。

金:なんか棒はないかね?旗のぼっこ。
覚蔵:ツバキちゃん。これを渡してきてくれ。裏に、竹ミツもある。
ツバキ:うん。

 覚蔵の刀を持って退場する。ツバキ。

仁斎:火を焚くぞ!
覚蔵:馬をかざれ!
仁斎:鳴りものの用意だ!
覚蔵:なべかまタライ鈴おたま!なんでもかまわん!
キク:ああ!お琴ちゃんが!
お琴:あんた。
覚蔵:お琴、しっかりしろよ。必ず列車を止めてやるぞ。俺が、この手で。

 音楽が上がる。
 皆、ぞくぞく伊藤家から出てくる。
 思い思いの鳴りものをもち、
 刀にくくりつけたふんどしをもち、
 鉢巻をし、タスキ掛け、
 弁慶をいまかいまかと待っている。
 かがり火をたき、
 家の戸にのせられたお琴に光があたる。
 まるでおみこしのように
 ゆっくりとうごいているお琴。

 雪が降ってくる。

お琴:もうろうとした意識の中で、
 あの人の片腕のことを考えていました。
 江戸の末期、幕末のどさくさ、道場に攘夷の藩士が押し入って、
 命か武士の片腕かと迫られて。
 それでたぶんあのヒトは命乞いをしたんです。
 その時はお腹に以蔵が居て。
 以蔵とわたしのことを思って、あのヒトは命乞いをしたんです。
 あの時わたしは、
 あのヒトの左の腕になると決めたんです。
 だから、、

テツ:練習はじめええ!!

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たくさん台本を書いてきましたが、そろそろ色々と人生のあれこれに、それこれされていくのを感じています。サポートいただけると作家としての延命措置となる可能性もございます。 ご奇特な方がいらっしゃいましたら、よろしくお願いいたします。