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102話 小さな翼②

ジミヘンこと、伝説のギタリスト「ジミ・ヘンドリックス」は、バンドマンならば常識の範囲だろう。ロックやブルースを好きな人のみならず、例え音楽好きではなくとも、名前くらいは聞いた事がある世界の有名人というくらいのレジェンド的存在だ。
でも、僕はただハーモニカを吹いているうちにバンドという存在を知ったくらいなので、いわゆる普通のバンドマン達の常識を全く知らないまま演奏経験を積んで来た。「ジミヘン」と略されても伝わるほど知られている彼を、よもや知らないバンドマンがライブBarのセッションに来ているとは、誰もが想像できなかったろう。そして彼の代表的な名曲「リトル・ウイング」も。

僕は「Emのブルースである」という情報だけを頼りに、いつものように曲にハーモニカを当て続けるのだけれど、驚くほどまるで音が合う感じがして来ない。(あれ、あれれ、なんだ、なんなんだ?この曲、ブルースじゃないみたいだぞ?)と焦るばかりだった。
確かに曲の始まりの方はKeyがEmの普通のブルースのようだけれど、その後のコード進行(和音の流れ)が、全く僕には解らない。
最も困ったのは曲の途中で一度メジャー(長調)っぽくなって、少しずつクネクネと微妙な変化を続け、いつの間にかまた曲の頭のマイナー(短調)に戻っている事だった。
それどころか、正直言えば、どこが曲の頭かすらも僕には解らなかった。今まで当たり前だった12小節という長さでは無かったからだ。
この頃の僕は、ブルースだけではなく、シンガーソングライターの個性的なオリジナル曲などの演奏経験もあった。しかも何の打ち合わせも無しのセッションで、いきなり合わせるような事もあったのだけれど、よほどの曲でない限り手も足もでないという経験は無かった。
少なくとも、ブルースセッションであれば全く演奏できないほどの曲が出て来る事など無かったし、打ち合わせをしないでも演れる選曲をするのが、一般的な参加マナーのはずと勝手に思い込んでいたのだ。
さらに、仮にこの「ジミヘン」がブルースマンだとしても、この「リトル・ウイング」はどう聴いても僕にはブルースには聴こえなかった。複雑に変化する、まるでブルースハープに向いていなさそうなバラードなのだ。

戸惑いまくって必死に合わせ方を探り続ける僕になどお構い無しで、前にも増して気分良さげなシャンディさんは、自分の歌にオブリガードをからめて欲しそうに、また「カモンカモン♫」を繰り返えす。
けれど、何度試しても出だしのEmのところくらいは吹けても、その後が完全にお手上げ状態のままだった。どうしても、曲にハーモニカの音が合わせられないのだ。
歌が一段落すると、まずギター・ソロが入って来た。原曲がそうなっているのだろう。とにかくこのギター・ソロの間は時間を稼げた。なんとか曲を理解できるよう、僕はさらに必死になる。騒音にはならぬよう、空いている片手で片耳を塞ぎ、外に漏れない小音で出し、音を探し続ける。
僕は完全にパニクっていた。
(これって、本当にKeyはEmなの?ひょっとしてシャンディさんの言い間違え?それかポジション・チェンジの数え間違いとかなのかな?いや、ひょっとして転調とかで、別のハープがいるのかも?う~ん、本当に参ったな。どうしよう、全く解らないや)

ホストメンバーのギター・ソロが何コーラス分か終わると、そのままもう1人の参加者のギタリストがソロを始める。
ありがたい、このまましばらくギター同士で演ってもらえればまだ時間が稼げる。さっきの乱入ギタリスト達ですら、今なら歓迎したいほどだ。
けれど残酷にも2人目のギター・ソロも終わりを告げ、客席からの軽い歓声と拍手の中、シャンディさんのハーモニカ・ソロへの合図が、マイクからクールな言い回しで告げられた。
「ヘイ、ハープ!!」と。
こうなれば仕方がない、とにかくまず出だしだけでも音を合わせるしかない。これをしなければ、自分は「吹かない」という意志表示になってしまい、またギターがそこを弾くか歌に戻って曲は終わってしまうのだから。
とりあえず、後の事は考えず、出だしのEmの所だけでも思いっきり力強く「ポ~ワン」とかましてみた。
見事に説得力のある力強い響きが出せた。その音が、この曲が始まって以来響かせる、僕の最初の一音だった。
すると「おっ、こいつこの曲をハーモニカで吹くのか?」との声援が上がる。その一瞬で、とりあえず、ハーモニカでの前例はあまり無い曲だったという事は分かった。
僕は自分が合わせられない苛立ちと、ぶっつけではできない選曲をしたシャンディさんに腹を立てつつ、もはやどうする事もできない状況にあった。
コードが変化すればとりあえずのEmは終わってしまう。ハーモニカの音はすぐに外れ、もはや吹いても吸っても音は合ってくれない。手をバタバタやろうが無駄にベンドしようが、まるで合わない。12小節の3コードブルースとは、あまりにも勝手が違い過ぎる。終いには、僕は完全に曲を見失ってしまっていた。
最悪なのは、シャンディさんの目にはそれが違って映っていた事だった。

「じらしてる?じらしてるんだ?ヘイヘイ、ダメダメ。ワンモア、ハープ!!」
僕が音を合わせられないのは、この後にダイナミックな展開をさせるための前フリなのだと思わせてしまったらしい。彼女のフリを受け、客席もその後のハーモニカソロに、さらなる期待を寄せる。
もう逃げようがない。こうなるとこれから迎える2周目のハーモニカ・ソロは、もっとガンガンに吹かなければおかしい。それができないから苦労しているというのに。
そして客席中が注目をする中、何が何だかわからないまま、それでも何かしらの音は出し続けてみる。けれどやっぱり合わない。合わないものはどうしたって合わないのだ。

その様子を見て、僕がハーモニカでは吹けないと分かったギターの参加者達がまたうずき始めたようで、ヤジが飛び交い始める。
「おい、なんだよ。合ってねぇぞ」「代わってやろうか?ハープじゃ無理だって」
「ったくよう、3コードだけかよ。まぁ、しょうがないか。ブルースハープだからな」
僕が店中のギタリスト達によく思われていない上に、どうやら彼らギタリストの誰もが原曲通りにギターを弾きたがる名曲のようだ。
僕だって、昔必死で完コピした佐野元春の「ハートビート」の長いハーモニカソロを、眼の前で全然弾けないギタリストがギターで演奏していたら、同じように腹を立てる事だろう。

僕のソロのせいで曲自体がグダグダになる中、またステージにギタリスト達が乗り込んで来るのを恐れたのか、ドラムのマスターは素早くシャンディさんに「歌行って!!歌っ、歌っ、シメて!!」と緊急の指示を出した。
シャンディさんは慌てつつも、さも自然な感じに見せ、シメを歌い出してくれた。
待っていたかのようにホストメンバーと参加者の両ギタリストが、激しくシャンディさんの歌に絡みつき、セッションらしい醍醐味を見せ始める。
曲がまた盛り上がりを見せたことで余計にうなだれる僕は、なんだか同じステージにいる事すらいたたまれなくなって来て、ややステージの端の方へと移動した。
その時、隙あらばまたステージに乱入しようとしてギターを抱え、中腰になっていたマナーの悪い参加者と、たまたま一瞬目が合ってしまう。彼は気まずさからか、ふてくされたように「ジャラ~ン」とギターを空弾きしながら、また元の席へと腰を下ろし、乱入までは諦めたようだった。
誰かが客席から「ったく、もったいねぇな~」と、僕に聞こえるように言った。「ギターを弾きまくれる曲なのに、吹けもしないハーモニカにやらせるなんて」と、つまりはそういう意味なのだろう。

つづく


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