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103話 ジミヘン話①

シャンディさんは「リトル・ウイング」をシメまできっちりと歌い収めた。
僕のせいなのか、ややまばらになってしまった拍手の中、ステージの中央にいる彼女がくるりと身体を回転させ、全メンバー達に満遍なく拍手を送るように盛り立て、「イエイ!ありがとう!」と軽快な挨拶をし、ステージを降りようとする。
けれど、ステージ上に参加者のギタリスト達がむらがり、ギターを空弾きしながら取り囲み、彼女を降ろそうとはしかった。
どうやら「休まず、このままもう一曲やろう」という流れのようだ。

もはや参加者達はマスターの仕切りなど、気にする様子も無さそうだ。
ステージの上では強引な数名が、マスターとシャンディさんを相手に直接交渉を始める。マナー違反どころか、なんでもありといった感じだ。この店のセッションデーが初めてという事で、少々参加者達になめられているのだろうか。それとも、そうさせる魔性の何かが、このシャンディさんにはあるのか。あるいは、僕にはよく分からないけれど、ジミヘンの曲がトリガーとなり、異常なまでに「今すぐにギターを弾きまくらなければ気が済まない状態になった」という事なのだろうか。
ステージは次々にやって来る参加者で混み合い、僕は押し出されるようにステージを降り、ジャガの元へと逃げるように移動するしかなかった。
ジャガはそんな僕に、無言のまま「うんうん」とうなずいてみせる。さすがのジャガでも、今の僕の無様な姿は見るに忍びなかったのだろう。
混み合うステージを横切り、ホストメンバーのベーシストもこちらの方へ合流してくれた。そしてステージの集団にあきれたように首を振りつつ、僕に笑いながら言った。
「いいって、いいって、ありゃ無理だって。ギターの曲だからさ。あの娘、ムチャするわな~。俺のベースもヤバかったわ」
気を使われる僕は、申し訳無さで、会社でお得先にするように卑屈に会釈を繰り返した。
そして僕は混み合うステージの様子を眺めながら、今の曲についてベーシストに聞いてみた。
「あの曲って有名なんですか?ブルースじゃないんですよね?」
「う~ん」と唸るように言葉に詰まったベーシストの後から、遅れて話に加わって来たホストバンドのギタリストが、僕の質問に答え始める。
「まぁ、あの曲はハープにゃキツイわな。気にしないでもいいよ。知らなくても悪くはないって。俺もサニー・ボーイとか、あんまり知らないしさ」
サニー・ボーイとは僕らハーピストには常識的な範囲のブルースハープの名人だ。つまり、ギタリストならではの曲の話なのだと、手も足も出せなかった僕のフォローをしてくれたのだった。

けれどこの日、僕はいち参加者ではない。お金を払っている参加者達を受け入れる側なのだ。吹けなかったではやはりまずいのだ。これもホストバンドのメンバーならではの苦い経験だった。
テンホールズハーモニカという特殊な楽器の奏者なら、「ジミヘン」を知らなくても仕方がないかもしれない。けれどブルースセッションのホスト・バンド側に加わるバンドマンならば、知っていなければならないほどの名曲、それがジミヘンの「リトル・ウイング」だったのだ。
Barのブルースセッションに通い慣れて来て、一部のジャズのような難解なジャンルならまだしも、ある程度の曲なら「自分に吹けないものはない」くらいに高をくくっていた当時の自分には、まさに挫折そのものといえる経験だった。
いつまでも音楽音痴だった僕は「ジミヘン」を知らない自分を責めた。

ジミヘンは一般的には「ロック」のギタリストだ。僕の周りでは、彼が影響を受けた音楽とか、サウンドの感じとか、目指すスピリットのような部分を総合的にまとめ、「ブルース・ロック」という言葉で呼んでいた人もいたけれど、もちろん彼はいわゆる「ブルースマン」ではなく、ブルースやロックの枠組みを大きく超える音楽を生み出した特別な存在だ。簡単にジャンル分けできない「偉大なギタリスト」と言うべきなのだろう。
ジミヘンの音楽がブルースなのかどうかというよりは、セッションでギターを弾きたいのがジミヘンの曲で、その受け皿にちょうど良かったのがブルースセッションデーというイベントだったというのが、もっともシンプルなところなのかもしれない。
僕はハーモニカを吹く人を軸に全ての音楽を考えていたため、長渕 剛や佐野元春、スティービー・ワンダーやビートルズ、ビリー・ジョエルやサニー・テリー達を十把一絡げに同列で考えていた。そのため、いつになっても音楽のカテゴライズの仕方や楽典的な知識や常識などが、全く身につかないままだった。

「イエイ!!じゃあ、行くぜー!!ヒュー!!」
シャンディさんがステージ上のセッションメンバー達に号令を掛ける。気がつけば、彼女のボーカルを中心に、「ギタリスト・セッションデー」が幕を開けるところだった。僕は落ち込みからモンモンとしていたせいで、次の演奏曲の段取りが決まってしまっていたのに気付かなかった。
けれどステージを見渡すと、ホストメンバーはドラムのマスターとベーシストだけだった。なんとホストメンバーのギタリストも、ステージのセットには入っていなかった。
代わりに参加者のギタリストが3名も入っていて、オブリガートからバッキングまでやりたい放題の、まさにギタリストの祭典といった演奏を繰り広げ始めたのだ。

追い出された僕ら3人は、小さなテーブルを囲み、やりたい放題となったステージを呆然と眺めていた。見るべきものは見つ、そんな気分だった。
ジャガはねぎらいを込め、諦めを含んだ声で僕に言った。
「広瀬さん、今日は、お疲れさまでした~。まぁ、まだ終わってはいませんが。いやぁ、こりぁ無法地帯ですなぁ~。ギターオヤジどもは、ホント野獣ですわ。全く1回目がこれじゃあ、 先が思いやれますわ。ねぇ、広瀬さん、でしょう?」
どこまでも僕をフォローしてくれようとするジャガに、僕はいまだ一人ぐちぐちと落ち込んでいた。
「いえ、僕がさっきの曲を吹けなかったからですよ。参加者のみなさん、こんなダメな奴にやらせるくらいなら、ってところなんじゃないんですかね」
そんな自虐的な事を言い出すほど、僕は気が滅入ってしまっていた。けれど、それはジャガがまたフォローをしてくれるのだろうと当て込んだ、友達としての甘えのようなものだった。

すると、予想外にジャガではなくホストバンド側のギタリストの方が、今度はやや険しい顔で僕に言った。
「広瀬くんなぁ、まぁ、確かに絶対って訳じゃないけどさ、やっぱり『リトル・ウィング』くらいは知らないとな、って感じだよ。バンドマンとしてはね」
さっきまでの僕をかばってくれていた態度とは一転し、今回の言葉には、明らかにトゲがあった。
思えばそれも仕方がない事だった。彼も今、嫌な思いをさせられているひとりになったのだし、なめられる原因ともなった僕へ、不満のひとつも言いたいところなのかもしれなかった。
けれども、僕は彼の言わんとしている「本当の意図」に、この時はまだ気づいてはいなかった。

つづく


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