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登山者用二次交通「マウンテンタクシー」の誕生【その1】

○着想の背景

地方の観光の大きな課題として「二次交通」を挙げる地域は多いのではないでしょうか。
登山の場合、登山口近くの駅までは鉄道で行くことはできても、そこから登山口までバスなどの公共交通がある地域は限られています。多くの場合はタクシーを利用することが多いような気がしますし、そうでなければマイカーあるいはレンタカーなどを用いるしかありません。

何人かで来る場合は、タクシー代金を割り勘にすることで出費を抑えることが可能です。しかしひとりで来るとなると、やはりハードルを感じるものだと思います。

料金の問題だけではありません。
いまや国内は慢性的なタクシー不足です。有名観光地にはタクシー待ちの長蛇の列ができています。小淵沢駅も例外ではなく、コロナ前から週末の朝に駅前でタクシーを待つ登山者の姿が絶えませんでした。

環境面でも各自で数台のタクシーに分かれて乗るのと、1台にまとめて乗るのとではCO2の排出量という観点からも大きな違いがあります。

北杜市のマウンテンタクシーの例

何とか工夫してこれを解決できないか。

北杜市は、世界的なアウトドアブランドであるTHE NORTH FACEと包括連携協定を結んでいます。この枠組みを活かして運行をしている登山者用二次交通「マウンテンタクシー」の実例を紹介したいと思います。

書いているとボリュームが膨らんできたので、2回に分けて実施の背景や実例の解説をします。
【その2】は初めての有料記事に挑戦したいと思います。


○JR小淵沢駅の立ち位置

鉄道で都市部から北杜市に来る場合、玄関となる駅はJR小淵沢駅です。北杜市内で唯一「特急あずさ」が停まる駅であり、コロナ前の一日の平均乗降客数は3000人を超えています。

観光地の乗降客数としては決して多くありませんが、北杜市内で唯一特急が停まるこの駅をどう活かすかは、北杜市の観光にとっても大きな意味があると感じています。

七丈小屋の指定管理が決まってからずっと思い描いたことは、首都圏から公共交通だけを利用して、黒戸尾根から七丈小屋に泊まって甲斐駒ヶ岳に登ってもらうことでした。

新宿駅から小淵沢駅まで、「特急あずさ」でおよそ2時間。
始発は朝7時に新宿駅を出て、9時前に小淵沢駅に到着します。ここから黒戸尾根の登山口である尾白川渓谷にタクシーで移動すると、最短で9時半には登山を開始できます。コースタイム通りに歩くことができれば、16時頃には七丈小屋に到着することが可能です。

特急あずさ号

この時に想定していたコースは、翌日は七丈小屋から頂上を経て反対側の北沢峠に下山。北沢峠からバスで北岳の登山口である広河原に出て乗り換え、甲府に出て首都圏に戻ってもらうというものでした。

最短で16時には甲府に出られるため、余裕を持って帰ってもらうことが可能です。(なお、北沢峠〜広河原ルートは、2019年の台風19号の災害によって道路が崩落し、現在はいつ復旧するのか分からない状況です。)

○まずはセルフ実証実験

普通「実証実験」というと、行政の補助金があって実施する場合が多いですが、今回の事業はセルフ実証実験、つまり全て自社で持ち出して行うことにしました。
自社で持ち出しとなると大きなことはできません。
スモールスタートでまずはお客様の反応を伺うことにしました。

小淵沢駅までは新宿駅からたった2時間。タクシーでの移動を入れても2時間半で登山口に到着します。

「首都圏からもっとも近い日本アルプスの登山口」

それが甲斐駒ヶ岳の登山口でもある尾白川渓谷の強みです。

週の後半ぐらいの天気を見て、「よし行ってみよう」で来れる距離感なのです。もっと手軽に来てもらうためには、タクシー以外の公共交通を整備する必要があると思いました。

まず手始めにしたことは、旅行業の取得です。

旅行業には何種類かありますが、弊社で取得した旅行業は地域限定、つまり地域内のアレンジだけができる一番小さな資格です。
開業したばかりで手持ちの資金も乏しかったので、より上位の資格を取得することが難しかったという理由もあります。

しかし地域限定と言っても、広大な範囲をカバーできています。
<山梨県>北杜市、甲府市、韮崎市、南アルプス市、甲斐市、
<長野県>茅野市、伊那市、川上村、南牧村、富士見町

そして上記の自治体に含まれる山岳エリアは広大です。
南アルプスの北半分、八ヶ岳のほぼ全域、秩父の西側を網羅しています。もともと手広く旅行業をするつもりはなく、ほぼ二次交通を作るため、やったとしても着地型の登山ツアーをいくつか作るぐらいで考えていたので、この資格で全く問題ありませんでした。

この旅行業を使って最初に作ったプランが、七丈小屋の宿泊と小淵沢駅〜尾白川渓谷のタクシー乗車がセットになった「タクシープラン」でした。七丈小屋の運営を始めた翌年の2018年の話です。地元のタクシー会社である大泉タクシーさんにご協力をいただき、予約が入ったときは優先的に運行していただくようにお願いしました。

料金は11800円。当時は七丈小屋の1泊2食付きの宿泊料金が8300円だったので、プラス3500円となります。事務手数料や保険を考えると、タクシー代に充当できるのは3000円ぐらいでした。補助金を入れずにやるので、この値段が精一杯でした。

予約はインターネットのみ。
料金は小屋に到着後にお支払いいただくスタイルでした。小屋への予約は不要なので、事実上のネット予約(ただし決済不可)となりました。
いまでは当たり前になってきていますが、この当時は山小屋のネット予約そのものが少なかったと思います。

こちらのプランを利用していただいた山行記録を見つけました。

お気づきかと思いますが、このプラン、おひとりでの利用だと赤字です。
しかし予約が2名分入ると黒字になります。
平日は赤字になる可能性は高いでしょうが、週末で巻き返せると思いました。この予想は間違っていなくて、シーズンを通しては黒字となりました。

このプランでの利用者数は、初年度は80名程度、2年目は120名程度でした。

2年間のセルフ実証実験でわかったこと、気付いたことは、

  • 七丈小屋に利用するお客様だけでも一定数のニーズがある

  • アンケートから、八ヶ岳方面へのアクセスの要望が見えた

  • 七丈小屋を利用しない人でも使えるようにしたい

というようなことでした。
そこで3年目以降は、七丈小屋を利用するか否かに関わらず、小淵沢駅を利用して登山をされる方に向けたサービスを展開したいと思いました。



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