統一教会のひと。 vol.03

統一教会の習慣でまず思いつくのが、日曜早朝の礼拝。毎週日曜は朝5時から家庭で礼拝をするのが慣わしでした。

これが真っ先に思い浮かぶのは、単純に「大嫌いだったから」の一言に尽きます。

我が家の場合、幼稚園の頃こそ起こされませんでしたが、小学校に入学した年から礼拝のために起こされるようになりました。
日曜朝5時に。

小学一年生の私にとっては地獄以外の何ものでもありません。
朝5時前に起こされて着替えをしてい、聖歌を歌い、聖書を読み、親の冗長なお祈りを聞かされるのです。
時間にして30分程ですが、私は終わったらすぐに眠りにつけるよう、極力眠気を覚まさないように気をつけながら耐えたものです。

私の礼拝に対する姿勢は高学年になっても変わらなかったので、残念ながら聖歌や聖書、祈りの内容は全く覚えていません。
時に子供の私が祈りを捧げることもありましたが、恐らく「家族の健康」とか「世界が平和に」とかそんな類いだったと思います。
まったく、上辺だけなこと甚だしいです。

お祈りが終わるとやっと解放され、布団に戻ることができました。
私は「二度寝の幸せ」を幼い頃から身をもって噛み締めていたのです。

我が家の場合、信仰は母から始まり父に伝わったようです。今思えば、父は母に付き合ってあげただけという程度の信仰心でしたので、この「日曜朝5時の家庭礼拝」は頻繁に我が家の夫婦喧嘩の種となりました。

父にとっても礼拝のために日曜朝5時前に起こされることは耐えがたいことだったようです。そりゃそうだ。その頃は日曜が唯一の休みだったもの。

私が日曜の家庭礼拝が大嫌いだったのは早朝に起こされること以上に、これを火種としてまあまあ頻繁に起こっていた夫婦喧嘩が大きな要因と思われます。
家庭内で信仰心の度合に違いがあるというのはなかなか悲惨なものです。


はな


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