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暴力という病

2050年、人類は画期的な、治療法を見出していた。それは、星間移民にも有効な特効薬になっていた。医師不足も解消された。

長い年月、戦争という最大の暴力がなぜ起きるのか謎だった。
それは、学問、とくに哲学から女性が排除されてきてしまっていたからに違いなかった。
それが解明されたあとは、科学は一気に花開いた。

子どもの頃から、花を育てたことのない男子が
花壇の花を踏み散らす。よくある悪戯だ。
成人男性が、妻の作った料理がまずいと、作ったことない人ほど、食べもせず払いのけ無駄にするダスト行き。よくあるパワーハラスメントだ。

全ては、繋がっていたのだった。

いのちを産み出す経験のないものは、いのちの
出来上がるまでの長い10か月に及ぶ苦痛も、苦労も、不安な生活も知らないからこそ簡単にそれを壊せるのだろうと。

ならば、簡単ではないか?

暴力を振るう人間の8割は、過去の統計上、男性だ。

男性に、妊娠を経験してもらうのだ。
最初は、連続快楽殺人の死刑宣告者への魚卵移植から始められた。なんと、劇的な変化がみられた。自分の生きる価値を見出した犯罪者は、
再犯を犯す率が激減した。
次には、両生類、徐々に、爬虫類、そして、小さな鼠、次にはペットとして人気ある猫。哺乳類にまで着々と進行した。
自分の飼っていた大事な猫が、寿命を迎えて、
その遺伝子から、同じ猫を作り出せることはできるようになっていたので、それを人間が妊娠して胎児として育てればいいのだった。

ならば、待つまでもなく一般人の自分が産み出せばより確実に早く再会できるのだ。

そのようにして、男性の妊娠科学は、進んだ。

なんのために生まれてきたのか分からずに、暴力的になったり、鬱になり自殺する男性たちが
これにより、一気に激減する効果が認められた

月や、火星に、妊婦を送り込む危険を冒すのは
あまりに医学的に負担だった。
しかし、動物ならば、と治験は始められた。
しかも、宇宙飛行士としての資格を持つほどの精神的にも安定し成熟した健康体の男性ならば。

少子化も、孤独死も、これで、絶対的な対策ができた。児童を狙った犯罪までもが劇的に減った。

何しろ、これまでの倍の数値に出産可能母数が増え、これまでの犯罪は半減したのだ。

自分の体の免疫を落としいのちにリスクがあるとしても、かつて愛した愛猫と再会できる可能性が、妊娠に対してずっと臆病だった男性を治験に突き動かした。

そして、知ったのだった。新たないのちの誕生という、奇跡のような貴重さを。流産を繰り返してでも挑戦せずにはいられない衝動を。

射精快楽は、ごく入り口でしかなく、それは、
ゴールではなくスタートだったと、ようやく。

そこで、未熟な人間の、成熟への道が開かれた
暴力というものがどれだけ出産する人間への冒瀆に値するか。

何故自分は生まれてきたのか。そんな疑問を持つ生物は人間の他にいなかったが、その疑問にも終止符が打たれた。

あまりにも、生物学史上では、ありきたりな答えがそこにあった。全ての生き物は種の存続のために生を全うし自らを消費するという理由がある。

ひとつの、同じ種の人間を殺めることがどれほど重い病なのかが、それまでずっと理解できなかった人間の当事者意識に繋がった。

もちろん、ひとりの人間を殺める重罪が宗教的にも広く一様に理解されれば、そこからは、
宗教の違いも、垣根は解かれた。同じいのちならば同じように尊重され、たかだか宗教の違いによる戦争など考えられない大罪と誰もが周知の事実となった。

こうして、ようやく人類は、闇の時代から、抜け出す希望の光を見出したのだった。

fin.