八丁堀小町おさきの事件帳

「ながもちの役者」

5、大奥のお局
(おおおくのおつぼね)

「雪之助さん。あなたは、ながもちの中に隠れて、田島のおつぼね様に、こっそり、大奥へ会いに行こうとしたのではないですか?」
坂野家に報告に来た拓磨の口から、大奥の話が出てきたとたん、おさきが、するどく言った。
「どうして、そんなことがわかる?」
拓磨は、おどろいて聞いた。
「拓磨さん、知らないの? 町じゅうこの話でもちきりなのに」
美和があきれて言うと、おさきが、父に、教えてきかせた。
「大奥で一番えらい田島のおつぼね様が、お女中のみなさんを何百人と引きつれ、お芝居見物をなさって以来、この雪之助さんに夢中になっていらっしゃる、
というお話です」
田島というのは、大奥の女中頭(じょちゅうがしら)だ。
女中頭といっても、ただのお手伝いさんとはわけがちがう。将軍の奥方に男の子が生まれると、その子が後に将軍になるかもしれない。その教育にあたる女性を江戸城の男性といえども無視は出来ない。
田島のような力を持つ女性は、政治に口を出すことも、ときどきあった。
町の女たちは、田島にあこがれたり、けなしたりして「田島のおつぼね様」と
呼んで、よくうわさ話をしていた。
「私はいやだと言って、後藤のご主人にもことわったのに。番頭の伊造さんが、
田島様のご家来に金をもらったからと、
無理矢理に……」
「そ、それは本当か? 信じられん」
坂野源太郎は、雪之助の話に、おどろきをかくせない。
「おさむらい様といえども、大奥は、将軍様のほか、男が入ってはならぬ所。見つかれば、どんな目にあうかわかりません。ほかの人のことを、あまり言いたくはないのですが、たしか伊造さんは、ばくち好きだと前からうわさになっていたようです」
そう言ったきり、うなだれる雪之助を見ていたおさきは、源太郎に訴えた。
「ながもちが似ていたので、美和さんの着物はたぶん大奥に、雪之助さんと間違えて運ばれたのです。そして、雪之助さんの話が本当なら、あやしいのは、伊造さん……」
「おさき、きちんと調べがつくまでは、この雪之助に対するうたがいは消えぬ」
父の拓磨は、娘をたしなめた。
そこへ、源太郎の奥方、ふねがあわてて、部屋に入ってきた。
「あ、あの。お、大奥の田島様が……」
部屋の中の誰もが、びっくりしていると、足音も高く、田島が、ずかずかと、
やってきた。
「何をぐずぐずしているのです! まあ雪之助。こんな所にいたのねえ、かわいそうに。さあ、今すぐいっしょに帰りましょう」
雪之助はどうしていいかわからず、まわりをきょろきょろ見まわしている。
田島は畳の上に、手紙のようなものを、源太郎の前へと投げつけた。
「さあ、そこに奉行の許しもあります。ついでに、おまえの娘の着物も運ばせました。これで満足でしょう」
源太郎が手紙を読む間に、田島の供のさむらいが二人、着物の入ったながもちを運んできた。
「たしかにお奉行様からじゃ。しかたがない」
源太郎が、うなるように言った。
しかし、拓磨はあきらめず、小声でささやいた。
「それでも、坂野様。人が殺されて」
拓磨は小さな声のつもりだったが、田島には、聞こえたらしい。たちまち田島の怒鳴り声がひびいた。
「殺されたのは、禁じられたばくちをするような男じゃありませんか。どんなひどい目にあってもあたり前のこと。それにこの雪之助に、人など殺せるはずがありません。調べを続けたければ勝手にするがよい!」
「は、ははあっ」
源太郎と拓磨は、頭を下げた。
「さあ、雪之助、行きますよ」
「み、みなさん。し、失礼いたします」
田島と供の者たちが、すたすたと帰っていくあとを、雪之助がつまずきながら、追いかけていった。
おさき、美和、ふねの三人も、あっけにとられて、おでこを畳にこすりつけていた。
しばらくすると、また田島が戻ってきて、顔をしわくちゃにゆがめながら、
言いはなった。
「わかっていると思いますが、このことは誰にも言ってはなりませんよ。では」
そして、くるりと背を向けて、足音高く去っていった。
(続く)
#探偵小説#時代小説#子ども向け



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八丁堀小町おさきの事件帳

小中学生向け時代小説!江戸時代、八丁堀に住む、同心の娘“おさき”の名推理を描く。「黒い金魚」のみ偕成社より 書籍化、出版されています。
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