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ききょう after 12years


「あー、だりぃな授業」

「サボっちゃえば?」

クスクスと明るく笑いながら、夏菜子が首を傾ける。
茶色いウェーブの髪が日差しを反射してキラキラ光る。
眩しさと、誘うように色づいた唇に俺は目を細めた。

最近、何もかもがダルい。
長年だらだら付き合ってる彼女も。
実家の病院を継げと、進学の話を口うるさくしてくる親も。

何もかも忘れて自由になりたくて。
我慢できないほどイラつく時は、校舎の裏庭でぼんやりと過ごす。
そんな時、同じくやる気がない同級生の夏菜子と顔を合わせる機会が増え、仲良くなった。

夏菜子はサボってるくせにいつも堂々としていて、ビビリなところがある俺は内心救われていた。

ダサいな、俺。不良にもなれず、サボりにも慣れず。
捨てられない育ってきた環境。
女子にからかわれる、くしゃくしゃな天然のくせっ毛を片手でかき回した。
今日もまた、ため息。ため息と一緒にこの胸のわだかまりも、空に上っていけばいいのに。

校舎裏の壁にもたれて、ズルズルとそのまま芝生の上に横たわる。
そんな俺を覗きこむようにして、夏菜子の髪がふわりと顔に触れた。

絡みつくような甘い匂い。

押し倒したい。

ガバッと起き上がってそれをしたくなる衝動を、目をつむって押さえる。
男はみんなオオカミなんて、よく言ったもんだ。

「……真面目なんだから」

鼻でふふんと笑って、頭の横に夏菜子が座り直す気配がした。

「そーだ、こないだ言ってた、ナオの誕生日プレゼントさ、薔薇の香水とか、どう?」

いい香りのブランドのあるんだー、と明るい声が続ける。
こういう時、女はわからない、と思う。
さっき一瞬いいカンジになりかけながら、何事もなかったかのように、突然俺の彼女の話。

「わかれよーかな」

平然とした態度が悔しくて口にすると、

「えー、ムリムリ」

間髪を入れず否定された。なんでだ。
不服そうな俺が寝転んだまま見上げたのに気づいたのか、夏菜子はへらっと笑って手をひらひらさせた。

「だぁって、あんたとナオ、なっがいもん。もうトクベツな存在になっちゃってんじゃないの?」

「そりゃ、ながいけど。なんかもー、いーかげん、飽きた?っつーか」

「まじで? じゃあ、あたしと付き合う?」

いきなり声のトーンが変わる。
口元は微笑みつつも、アイラインの引かれた目元は真剣で。
え、と思わず返しに困ると

「ほんと、ユウマって馬鹿。こっちからお断りだっての」

顔を歪めて笑われた。

「てかさ、あんな可愛い彼女なのに、飽きたとか。ひどくない?」

明るく乾いた声で返される。なんとなく罪悪感を抱いて、言葉に詰まった。

「ね、ナオのとこ、行ってあげたら? あんたが相手したげないから、最近拗ねてるらしーよ」

「なんで、俺が」

めんどくさそうに言うと

「誕生日もくるんでしょ? もうすぐ。ユウマが相談してきたんじゃん」

「あー、そうだけど」

前に何を用意するかぼやいてたんだった。

「香水のブランド、教えたげようか?」

「いや、いいわ」

「? なんで?」

「あいつ、薔薇っつーか、花なら桔梗のイメージだからさ」

「桔梗? あー、うちの庭に咲いてたかも。あの紫の花? ちょっと地味じゃない?」

確かに地味な花だけど、ナオは桔梗が好きなことを知っていた。
性格はキツイとこもあるけど、静かにしていると儚げで、彼女に似合っている。

「ま、いーんだよ。あいつは地味な桔梗で」

「ふうん? その地味な桔梗ちゃん、五組の後藤に告られたらしいけど」

ニヤつきながら言われて、一瞬頭が真っ白になった。

「は?」

後藤、五組の?剣道部の? 眉毛は太いけど、キリッとした誠実そうな目でガタイのいい、
俺と対局に存在してそうなあいつが?
ぽかんとしていると、あーあ、と言わんばかりの顔をした夏菜子が、動揺する俺を見下ろしていた。

「ほんっと、ユウマって美形だけど残念王子だよねぇ」

色白、長身、天パで甘いタレ目の王子様風。そう女子たちに揶揄されているのは知ってたけど。
今はそれどころじゃない。

「なに、その情報」

つい、真顔で夏菜子を問い詰めてしまう。

「うっわ、さっきまで飽きたとか言ってたくせに。ヤダヤダ、めんどくさいコイツ」

その通りなんだけど。なんだか苛ついてきた。

「夏菜子」

ジロ、とちょっと睨むと、夏菜子は首をすくめる。

「はいはい、あんたの彼女、ほら、まっすぐな黒い髪して、白くて華奢で。人形みたいで可愛いから。あんたがこうして私とサボってるとさ。あんな男より、俺が楠本さんを幸せにしてあげよう!って連中が動き出すでしょ、そりゃ」

「……まじか」

ごくりと喉がなったのは、焦りなのかなんなのか。

「マジよマジ。ほんと馬鹿ね、あんた」

「……帰る」

「はい、はい。またね」

呆れたような、慰めるような夏菜子の声を背に、振り返らず歩いた。

風音にかき消された、小さな独り言。

「ほんと……私もバカだよね。二人の間に、入れるわけないのに」

「おい」

「なに?」

「入れろよ」

「あんた、何様?」

ナオの部屋の前でのやりとりはいつものことで。
楠本家の人々は、あら、ユウマ君来てたの〜、とか、いらっしゃい、とかだけ言って通り過ぎていく。

「お邪魔してます」

会釈を返していると、呆れたようなため息とともに部屋のドアが開いた。

「まったく、父さんも母さんも……いくら幼稚園からの幼馴染だからって」

ブツブツ言うのを無視して、見知った水色の可愛いらしい部屋の中にズカズカと入り込み、
窓際にある、二人がけの白いソファに腰掛ける。

「で、五組の後藤に告られたって?」

「は?」

灰色のTシャツにベージュのタイトスカート姿のナオが動きを止め、ゆっくりした動作で腕を組んだ。
動揺した時に腕を組むのはナオの癖だ。
噂は本当らしい。

「……」

「……」

「なんだよ、言えよ」

「ユウマに関係ないでしょ」

「関係あんだろ」

「ないよ!」

ギュッと手を握って、俺に背中を向けた。
怒りのあまりか、細い腕が小刻みに震えている。

俺は、ナオをどれだけ追い詰めていたか、今更知った。

「ユウマ、夏菜子と付き合ってるんでしょ!? なら、私が何したって関係ないじゃない!」

「おい!待てよ、俺がいつ、夏菜子と……」

っく……ひっく……

しまった。

「おい、ナオ」

立ち尽くしたまま、両手を顔に当てて嗚咽する背中。
こんな時なのに、肩を流れる真っ直ぐな髪が乱れる様は、綺麗だ。

「ナオ、おい、話聞けって」

……っく、う、っく……

ズルいかと思ったが、片手を伸ばして立ち尽くす彼女の腰に回す。ほんの少しだけ、力を込めて。

「ナオ、夏菜子とは、サボり仲間なだけ。別に彼女でも何でもない」

「……嘘……だ」

嘘じゃない!と荒げそうになる声を飲み込む。

「ほんと。信じて」

真っ直ぐに言葉を投げる。二人の時間の中で、何度となく繰り返してきたやりとり。
素直に伝える言葉を、ナオは敏感に感じ取る。

「……」

「……ごめん」

片手に力を込めると、こわばっていた身体が、静かに重みを預けてきた。

背中から両腕で抱きしめる。細っこい、俺の腕の中にすっぽり入る柔らかな身体。
柑橘系の爽やかな香り。

振り向きざまに口づけようとすると、寸前でうさぎのぬいぐるみにすり替えられた。
もふもふの感触が顔にぶつかる。

「……ちょーしにのりすぎ。ばか」

「……」

ちぇっと面白くない気分で、身体を離す。なんとなくナオの机の上を見ると、
本からはみ出しているものが目に入った。

「……これは?」

透明なプラスチックに包まれた、見知った青紫の花。
長方形の板のようなソレをつまみ上げて見る。

「押し花?」

「あ、それ……」

ナオがぱっと俯いた。
聞き取れないくらい、小さな声で

「ユウマに、もらったやつ。覚えてないだろうけど……」

眼裏に浮かぶ、ナオと出会ってからのこと。
幼いナオと、手渡す俺。

堪らない気持ちになって、ソレを持ったまま、正面からナオを抱きしめた。

「ユーマ、、! 苦しいっ……」

「後藤、断ったんだろ?」

「え?」

「告白」

ぎゅうっと抱きしめる力を強くする。

「おい」

「っいたた!!ギブギブ!断った!断ったって!」

「よし」

力を緩めると、ナオが腕の中で大きく息をついた。

「……もう……しょうがないなぁ」

耳元に口を寄せて囁く。

「ずっとすきでいてねって、言ったのお前だろ」

かあっと赤くなる耳たぶ。どうしようもなく愛しくなって。
耳たぶごと口に含むと、甘い声が上がる。

やっぱり、ナオはトクベツだ。

そう思いながら、俺は彼女をゆっくりと押し倒した。

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