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ペリドット walking talking calling


電車を待ちながら、向かいのホームに佇むカップルを何の気なしに見ていた。
すると、思いがけず知っている顔だった。
あの人、もしかして鷺坂さん?

そうか、私の他に良い人がいたんだ……
少し前まで婚活で会っていた、ちょっと良いなと思っていた彼。なんだか凹む。

まあ、お断りされちゃった後だから、浮気でもなんでもないんだけど
幸せそうな笑顔にムカつきかけて、おっといけない。深呼吸、深呼吸。

もう何人の男性に会っただろう?
周囲に流されるように、なんとなく結婚しなきゃいけない気がした。

でも出会う人みんなに感じるのは
『この人じゃナイ感』

ワガママだとか男に求めるものが大きいのよとか傍観者は言うけどさ
男性側だってこちらに求めるものが大きいんだから。
こっちばっかり折れなきゃいけないのも悔しいじゃない?
ちょっとくらい私から選んでも良いんじゃないの?

どうして女って弱い立場って思われるのかしら
出産とかリミットがあるのはわかるけど、何か、変だわ

出会った時、鷺坂さんは穏やかそうな人で、顔も身長もまあ許せる範囲だし、とりあえずキープだなって思った。

でも向こうが丁寧に接してくれて、好かれているような気がすると、気が大きくなるのを止められなくて。

最初は会社の関係者に接するみたいにこちらも礼儀正しくしてたけど、いつの間にか、
会う度に彼の服を注意したり、今回のこの状況での対応はどうだろうかと目を皿のようにして彼のアラ探しをしまくっていた。

このワタシに相応しい人かどうかの確認。
友人たちに彼を会わせて、笑われないかどうか、羨ましがられるかどうかの確認。

うん、まあ、及第点?今までの男たちに比べたら、悪くないわね。

そろそろデートも次のステップに進んでみる?なんて考えてた。
勝手にこっちがコントロールしてる気分で。

でも、違った。そう思ってたのは私だけで。

誘いに返されたのは、丁寧なお断りメール。
何よ!?あんたみたいな男、私とデートできただけでありがたく思えば良いものを……

そこでふと気づいた。
自分のあまりにも上からの目線に。

あれ、私こんなイヤな女だった?

キープしとこうとか、与えたら与えられるのが当たり前だろって、いつから考えてたんだろう。
一生一緒に暮らすのが私みたいな考え方の女って、もしかして相手がキツイとか?

殴られたような現実と
怒りで反発したい気持ちと
置いてけぼりの醜い自意識

変わりたい、のに何から変えていって良いのかもわからない。

落ち込んで嘆く私に、穏やかな年上の友人が言った。

「あなたはね、激しすぎるのよ。
 だから、こんな風に癒されるような色を身につけたら良いんじゃないかしら?」

着慣れた白と黒と紺のワードローブの中に突然現れた、パステルグリーンのスカート。

「こんな派手なの着られやしないわ」

そう言いながら、気がつけば手に取っていた。
代わり映えのしない日常に変化を与えたかったのかもしれない。
とにかく何かを変えなきゃ私ヤバイかもって焦りもあった。

思いきって着てみると、意外と悪くないような?
どうして、いつから色とりどりの洋服を避けるようになったんだろう。

この色をこの齢で着るのが恥ずかしいって誰に言われたわけでもないのに。
年齢?そんなつまらないもので?勝手に自分を縛ってた。

自分を悲観して涙を流すだけならいつでもできるから。
暗い方に逃げ込むよりも、少しでも違う自分になる方を選んだ。
それこそ、いい年齢の大人なんだからと。

「今日、スカート珍しいですね?色が綺麗」

「黄緑色、似合いますよカナエさん」

心の中で、うわあ、良い年してイタい服って思われてないだろうかとか。
本当にそう思ってる?それしか言うことないんじゃない?とか。
疑いの気持ちがあぶくみたいにブクブク膨らんで萎んで。
素直に受け取ることもできないなんて。
人から見た判断に怯えて、噛み付こうとする病んだ私の心。

情けない。

ううん、逆に、ここからはじめてやろうじゃない。
暗闇で人を観察してばっかりなのはもうやめよう?
ぐるぐる悩むより、進んでる方がまだマシ。

新しい一歩を踏み出せるのは自分の足だけ、なんだから。
大丈夫。怯えるんじゃなくて、楽しむんだ。

カツンとヒールの音を響かせて、その場を後にする。
鷺坂さん、ありがとね、目を覚まさせてくれて。

世界はとても広いから、じっとしてるのはもったい。
変化も悪くない。そう思えるようになったのは、このスカートのおかげかな。

電車を降りた後、着信に折り返して仕事の指示を携帯からとばす。

人混みをかき分けて進もうとする私の頬に、
強くて気持ちのいい風が吹き付けた。

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