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こう、欲が全部なくなっちゃったんですよ(2023/12/27 及川英里子さん)

これは私たちが誰かの話をきき、なるべくそのままを書き残すことで、現代に生きる人の生活や思想をアーカイブしていく試みです。ターニングポイントに関するお話をしていただき、あわせて、姿を写真に収めさせてもらっています。

――大きなものでも小さなものでも、自分がこの点から、何か分岐したみたいな瞬間、出来事とかを聞けたらなっていう……ことなんですが、どうでしょう?

 はい、はい。自分のこれまでにおいてですね、あんまりそういうこと人から聞かれることなかったんで、あれなんですけど……。でも一番大きいのは、多分19歳のときですかね。19歳のときに、あの……1本の映画に出会ったっていうのがあって。

――おお。

 それをきっかけに今の仕事に就いたみたいなところは、あるので。まずわかりやすいとこだとそこ……ですかね。『スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ』っていう、三池崇史監督の映画があるんですけど。

――すきやき……

『スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ』っていう、あっ、ちょっとブルーレイ持ってきてもいいですか?

――ええっ、ありがとうございます。

 お待たせしました。

――ありがとうございます。

 この作品……大学のときって時間あるから、自分の勉強のためにと思って特に将来のことは何も考えずに、映画を見まくってた時期があって。ちょうど大学2年生の19歳の頃。で、その中の1本がこれで。源平合戦とマカロニ・ウェスタンをミックスした話……

――ちょっと、どっちも見てなくてすみません(笑)はい。

 運動会の紅白ってあるじゃないですか。その紅白って元々源氏と平氏の戦いから来てて、赤が源氏、白が平氏っていう区分けなんですけど。

――へえ!

 それと、アメリカの西部劇の話をミックスした、なんていうんだろう、赤と白の戦いみたいな感じの……話なんですけど。それ見たら、一言でいうと衣装がめちゃくちゃかっこよかったんですよ。それこそアメリカのカウボーイ、に代表されるような感じの衣装と、和服をミックスしたスタイリングなんです。それがすっごいかっこよくて。あまりにもかっこよくてもうなんか……あの、もう、そのときの私には衝撃的なかっこよさで。それで「あ、衣装、やりたいなあ」と思って。それまでは、ファッション関係の仕事につくのかなあとぼんやり思ってたんですけど、多分。でも自分がファッション業界に向いてる気が全くしなくて。どうしようと思って。で、これを見て、あっ、衣装だ。って思ったのがきっかけですね。

――じゃあ、えっと……専門学校的なとこには行ってたんですか?

 ……は行ってなくて。私は、美術大学の空間デザインの専攻にいまして。そうなんです、元々そこにすごいちっちゃいんですけどファッションデザイン専攻っていうのがあって、ファインアートとかデザインとかを広く学びつつ、元々やりたかった服も、一緒に絡めて勉強していけるようにってことで学校を選んだので。その美術大学に通ってて、いろんなことをやりたい人たちが集まってて。服部くんの学校とまあ、似てるよね?

――あ、ぜんぜん規模は違うけどねほんとに。ははは(笑)うちはほんとちっちゃーいとこだから。(※服部の発言)

 いやいやいや(笑)うふふふ。そう、そう。そんな感じでそれがターニングポイントの……

――え、じゃあそれ見るまでの、んと……ファッションへの興味っていうのは、どういう、興味だったんですか?

 うーん、年に3、4回行われる、パリとかミラノとかロンドンのコレクション、最新コレクションを見ながら、あーかっこいいな、こんな服があるんだ、こんな考え方があるんだーみたいな、のを追っかけてる、ごくごく普通の……なんていうんでしょう、ファッション好きな。ただ、自分自身が着飾ることは一切興味がなくて。興味がないというか、全然別物として考えてたんですよ。うん。人並みではありたいけど、着るもの何でもいいというわけではないけど、自分がそのコレクションに出てるお洋服を買って、奇抜な格好をしたいっていう願望は、ほぼゼロで。それよりかは、もっと自分より似合う人がいるはずだから、そういう人に着せて……着せるほうがすき。着せたり見せるほうがすきっていう、そういう。


――なるほど。じゃあ作るとかでもないんですかね? 服を作る。

 あっ、まあ、作ってましたね、学生のときは。ただ、そのファッション専攻だったりすると、結構おしゃれな子とかも、周りにすごく多かったんで。その中で私はなんか多分変わった人だった。

――そっか、みんなは着るほうでも楽しんでるみたいな。

 そうそう。なんか、その当時流行ってるブランドのアイテムを集めたり、古着が好きな子がいたりとか……する中で、私は、普通の格好で過ごしてたっていう。そう。で、ファッションやるときに、人が着てないと意味ないなって思ったんですよ。なんかマネキンとか吊るしの服は、ただの物でしかないなと思ってて。それがモデルさんだろうが、普通の人であろうが、人が着てこそ、私の中の服っていうのは意味があると思っていて。なんか漠然となんですけど。で、そういうふうに服を考えていくには何の職業が適切なんだろうみたいなことをずっと考えてて、行き着いたのが、俳優さんが着る衣装っていう……ですかね。


――うんうんうん。

 あと、元々小さい頃から本を読んだりするのがすきで、小説が特にすきで。架空の物語の中に没頭するのが好きだったんですよ。そう。で、もう高校のときなんかはもうどんどんどんどん新しい本が読みたくて。小説ばっかり読んだりしてて。大学もその延長で映画を観てて……じゃあ、映画の衣装の仕事だったらその架空の物語の中での登場人物の服っていう。あ、こんなぴったりの、こんな素敵な職業ないんじゃないかみたいな。

――たしかに。

 自分の中で、つながったのもある……

――ああー、つながったんですね。

 なんか全部がそのジャンゴの衣装を見たときにつながったみたいな感じですね。そこがターニングポイントですかね。

――へえー、うんうん。

 二つ目……その後は本当にいろいろ、いろいろありつつ、フリーになって。ああでも、そっからちょっと飛ぶのかな……イギリスに行った頃の話になるのかな……ターニングポイントといえば。

――うんうん、いくつもあるんですね。まあ、いくつもありますよね。

 そう、そうなんです。いくつもあって。ただ、明確に自分自身が変わったなみたいなところで言うと、多分イギリス行く前と後だと全然違うかな。

――それは、何年くらいのときですか? 2000……

 えっと、イギリスに行ったのは、2019年5月頃。で、帰ってきたのが2021年の3月。ちょうどコロナ入る、コロナ禍になる半年以上前ぐらいに行って、その年の年明けぐらいからコロナ禍が始まっちゃって。だから行ってる間はほぼ……ロックダウンみたいな時期とかも半分ぐらいあって。

――そうですよね。

 イギリスに行ったことによって、仕事も1回中断したし、住む場所も変わったし、人との関係性、そのときにこう、付き合いのあった友達とか先輩とか、いろんな人との関係性が全部変わった。プラス、コロナ禍のロックダウンで、人とのコミュニケーションが、なんだろう、8割9割遮断されたみたいな出来事があって。……何が変わったってわけじゃないですけど、自分の中での何か……根本的な何かがこう、全部ちゃぶ台ひっくり返されるぐらいの勢いで、変えられちゃったみたいな。

――海外に行ったっていうことと、コロナっていうのが……どっちもあったから、なんですかね?

 どっちも……そうですね、でも海外に行ったことによって、その知らない土地に住んだから、変わったみたいな価値観もあったんですけど。プラスアルファでコロナ禍で、何もかもが止まったりとか、あの、人がいなくなっちゃったりとか、生活も不安定になっちゃったりとか……帰ってきてから気づいたんですけど、だいぶ自分の性格が変わったなみたいなのは。


――へえ……性格が、どんなふうに変わったんですか?

 性格というか、なんかいろんなことに、こう、欲が全部なくなっちゃったんですよ。行く前は、それこそ海外に行きたかったのも、やっぱり……ずっと海外留学行きたかったんですけどチャンスがなくて、その望みを叶えるには最後かなーみたいなところで行ったり。あとは仕事の上でも、もっと英語が使えるようになりたかったりとか、海外の作品に参加してみたいみたいな気持ちもあって、結構、野心的な思いも抱きつつ、行ったんですけど。向こうで映像の仕事とかにも参加しようとして、アプライとかもしてたんですけど、全然箸にも棒にも引っかからずで……そうなんですよ。で、そういうのがもう全部、ぜーんぶ、こう、だめになっちゃって。思ってた、考えてたことが全部だめになっちゃって。だがしかし……まだ、私、いるなー、どうしようかなあこれから、みたいな……っていう期間があって。帰ってきたらなんかこう、一切のことに欲がなくなっちゃって。あの、そのときちょうど仕事をやめたいなと思ってて……。あんまり、衣装でやりたいこともないし……もういいかなーみたいな時期だったんで。全部、すべての欲がなくなっちゃって(笑)

――帰ってきたあとですか? えーっ、2021年。

 帰ってきたあと。そう、そうなんですよ。そんときに、私がイギリス行ってたことを知らなかった衣装部の先輩が、ちょっと人手が足りないから手伝ってくれって、たまたま帰ってきてすぐ連絡が来て。すごい迷ったんですけど、まあでも困ってるんだったらやるかって思って。これは仕事というよりは、もう、人助けだみたいな。気持ちでやってたら、そのマインドが良かったのかわかんないんですけど、今までとはなんか全然違う感じに……すごく、感謝されたというか。なんでかわかんないですけど……でもただ、すべてのことは人助けだと思って。今までやってきたから別に現場も回せるし、何かあったら連絡すればいいし、うん、失うものは何もないしみたいな、今さら(笑)。って感じでなんやかんや衣装の仕事もやってたっていう感じですかね。

――ええ、それ……まだ2年前の話じゃないですか。

 あ、そうですね、わりかし……。

――はい。いまはどういうモードなんですか? 自分の……。

 今はなんか、幸いにも、映画でチーフの話をいただいたんですよ、今年の頭ぐらいに。それを受けてから、単純にチーフとしていただくお仕事がすごく増えて。あ、なんか……や、やっていいんだみたいな(笑)。私やっていいんだみたいな感じの気持ちになって、今年はすごい忙しくさせてもらった感じですかね。あの、そもそももうずーっと帰ってきてから、去年の末ぐらいまでは、本当に仕事をやめようと思ってたんですよ。で、転職活動とかも実際にしてて。

――まったく別の業界にっていう?

 そうですそうです。ただその話をいただいたときに、生半可な気持ちじゃできないなみたいなのがあって、どうしようと思って、人に相談したんですね。ここ(及川さんの住むシェアハウス)に住んでる友達なんですけど……に相談をして、すごくこう、しっくりくる答えをもらえて、あ、そっかと思えて。それで自分の中で腑に落ちて、じゃあやるか、みたいな。で、やるからには1回やって、やっぱりもうやめますみたいなことじゃ多分だめなんだろうなーと。これから先も続けていくつもりでやらないと、いただいたお話の、作品の規模だったり、出演者の人たちがどういうエネルギーでぶつかってくるかっていうのも、規模的になんとなくわかったので……これはちゃんとやらなきゃだめだなと思って。じゃあやるならもう復帰しよう、ちゃんと。この先お話をいただけるかどうかはとりあえず置いといて、もう復帰しなきゃって思った……感じですかね。


――その相談したときに、言ってくれた言葉ってどんな感じだったんですか? どういう言葉をもらったんですか?

 いろんな話をしたんですよね。転職活動がなかなかうまくいかないみたいな話とか、自分のそのマインドセットの話とか……その中で、現実的なアドバイスなんですけど、おいちゃん(及川さん)の今の経歴だと、すごいたくさん作品、映画とかドラマやってて、ラインナップ見る限りすごくおもしろそうなんだけど、やっぱりチーフじゃなくてサブのポジションだから……まあ、転職活動するにあたって見る側としては弱いよねーみたいな話をされて。いやそうなんだよねみたいな。ただやっぱり、チーフの話ってなかなか来るものじゃないし、そこがちょっと悩みでもあって。でも、おいちゃん、チーフのお話が来るってことは、話を振った人もある程度おいちゃんのことを信頼して紹介してるはずだから、まずそれは多分やってみた方がいいと思うし、何をするにも多分代表作を作った方がいいって、言われたんですよね。めちゃくちゃ現実的なアドバイス(笑)。

――ほんとですね(笑)。地に足がついたアドバイス。

 そう、なるほどなーみたいな。ちゃんとやってみて、それで……やっぱり違うって思うんだったら、その後やめればいいし、もっとやりたいなと思ったらやればいいし。とにかくなんか、今この状況だったらきっと多分やった方がいいよっていう。やめることはいつでもできるから。で辞めたときに、チーフでやりましたという作品が、1本とか2本とか、それ以上あれば、どっか他のところへ行こうとしたとしても、きっと役に立つだろうっていう話をもらって。あっ、なるほどと。私はそのときに、やるかやめるかっていうことだけで考えてて。その先のことは何も考えてなかったんですけど。あ、そっかと思って。それで、じゃあ、とりあえずやろうみたいな感じでやって。それが結構……なんだろうな。別に衣装的におもしろいことができたわけでは何もないんですけど。ごくごく普通に衣装の仕事をやったっていう感じで、終わったんですけど、そっからお仕事がちょっと増えましたね。だからきっと多分だめじゃなかったと思う。悪くはなかったんじゃないかなと思ってて。

――その……チーフと、サブ? アシスタントさんの、やることってちがうんですか?

 やることは、そうですね。違いますね。サブは基本的には人に合わせる仕事なので、チーフの人がやりたい衣装、スタイリングしたい衣装をどうにかして集める。

――あー、調達する係。

 そうですそうです。もちろんそれはチーフもやるんですけど。どうにかして集めるのと、その周りの雑務ですよね。いわゆるアシスタントポジションで。とても大事なものではあるんですけど。私はわりとその仕事長いことやってたので、あのー、普通にできるんですけど、なんか多分、もう、やになっちゃってたんでしょうね(笑)

――そうなんですね。

 うん、なんか人に合わせるのが、多分心のどっかで嫌になっちゃってて。全然人には恵まれてたと思うんですけど、ただ、もう、多分年齢的に……。

――やるならやっぱ自分のものでやりたいっていう?

 そうそう、多分そう思ってたんでしょうね。仕事は普通に楽しくやってたし、大変でも、人に恵まれてたので、全然楽しくやれてたんですけど。でも、終わった後に結構ダメージ来ちゃうことが多くて……。そう。いつもそうなんですけど。

――ああ、そうなんですね。

 今回はチーフだったんで、そういう負担は全然なかったんですけど。で、あそう、なんか話脱線して……何でしたっけ。あ、チーフとサブの違いでしたっけ。で、チーフポジションは、監督とか俳優部とダイレクトにやりとりをして、衣装を決めていくので、まさに自分がずっとやりたかったことなんですね。

――そうですよねえ。

 で、そっからどういうふうにして衣装を集めるか。どこに行ってもらって物を集めるかっていうのを決める。意思決定が、もちろん上なので、あるっていう感じですかね。

――なんか……結局すごいやりたかったことできたみたいな感じ、ですよね。辞めようとしたところから、大逆転じゃないですけど(笑)。

 そうですね、そうそう。なんか奇跡的にというか。誘ってくれた先輩の力はすごく大きくて。やっぱり、どっかで誰かに引き上げてもらわないと。この人信用して仕事を任せていいのかって、あの、周りの人は測れないから。直でついてる上司とかじゃないと、仕事ぶりだったり、人となりみたいなのは、わからないから。その人が引き上げてくれるかどうかってのは結構命運を握っていて。その先輩がスケジュール的に受けられなかったその映画を、振ってもらったっていうのも、全部。大きいですかね。なんかそれまでは自分のこと仕事が全然できないと思ってたので(笑)


――ええ、そうなんですか?

 はい。全然、自分に自信がなくて。自分に自信を持つみたいなことを考えたこともあまりなかったんですけど。あ、そっか、だめじゃないんだみたいな、周りからの反応でやっと、わかる感じだったので。チーフやった作品も、一緒にやった助監督の人から、及川さんにやってもらって本当によかったっていうことを言ってもらえたりとか、その人が監督に「いや、及川さん本当に手放しちゃだめですよ」みたいなことを、すごい、すごい推してくれたんですよ。

――へえー。すごい。すごい! なかなか言われないそんなこと。

 はあ、ほんとですか?! みたいな(笑)。自分では本当に、なんか自覚があったとか、いい手応えがあったとかは全くなかったので、あ、そんなにですか? みたいな。ありがとうございます、チャンスをいただけるなら何だって、何でも頑張りますみたいな感じだったので。それがホラー映画だったんですけど。そっからまた別のホラーのお話をいただいて。で、きっかけになってくれた先輩のお仕事も手伝いつつ、自分の作品で今年3本ホラー映画、とドラマをやって、なんかホラーの人みたいになって(笑)。

――あはは(笑)なるほど。

 そう、ホラー映画は全然見たりとか、やったりとか、それまでしたことなかったんですけど。なぜかホラーの人になってますね。

――うふふふ、そっかー。欲がなくなったみたいな話は、私は結構共感するところがあって。なんかわかんないけど、コロナで、私もすごい欲なくなったんですよ。その、前バンドやってたときに、めっちゃ売れたかったんですよ(笑)そのバンドで。

 うんうんうん、そりゃそうですよね。うん。

――もうなんか、自分が嫌なこと我慢してでも、売れてやるみたいな。

 はい、わかります。

――そのためにめっちゃ……とにかく、今は我慢するしかないみたいな。でもなんか、それが全部無意味なんじゃないかみたいな……思えたんですよね。コロナのときに。こんな我慢してるけど、これでコロナで死んだら終わりじゃんみたいな(笑)思ったんですよ。

 ああー、たしかに。たしかに。

――未来がなくなったみたいな感じ。全部、これから先……どうなっちゃうんだろうみたいな感じで、なんかこの瞬間が今楽しくないと、意味ないじゃんみたいになっちゃったんですよ。そういう意味で、そこの欲がなくなったというか。ま、逆に欲張りになったとも言えるかもしれないんですけど。

 うんうんうん、1回ゼロになって、みたいな。

――そうですそうです。このままだと、もう見えない利益のためにずっと我慢してるみたいな。なんかすごい、欲だけ、欲の状態だけが続いてって、満たされないなと思ったんですよね。……っていうのが私の共感だったんですけど、多分違うポイントかもしれないじゃないですか。だから、どういうふうにその欲が消えていったのかなというのが気になりました。

 行ってる間に出会った人が、今まで付き合ってきた人たちと全然違ったからっていうのも……あるかもしれない。単純にイギリスなんで、みんな言葉が違いますし、社会的な立場とかも全然違ったりするんですけど、もっとなんか、イギリスにいた人たちの方が、素直……わかりやすいというか。日本の人の方が割と、いろいろ複雑な仕組みでできてんだなっていうのは、思いましたね。

――へえー! なるほど。例えば?

 例えば、なんだろう。私あの、スーパーとかコンビニに行って、挨拶されるの意味わかんなかったんですよ最初。レジでちっちゃいものを買って、パンとかガムとか買って、そのときに、みんな必ずありがとうっていう。当たり前に。で、それに始まるんですけど……おはよう、こんにちは、ありがとうみたいな、基本的な挨拶を絶対に欠かさない。で、そっから始まる会話みたいなのも、それがあることによって格段にスムーズになったり、余計なことを考える……壁がなくなるというか。うん。わりと素直でいられるというか。で、怒るとか感情を表出することに何のためらいもない人が多くて。それは堪え性がないとかそういうことじゃないんですけど。愛情表現も、怒りの表現も、全部含めて素直に表現する人が多くて。戦わなきゃいけないときは戦うし、おかしいと思ったことは声をあげるし、そこに知性が必要なときには、もう、自分の語彙力フル装備でこう、戦うし……みたいな、イギリス人の気質もあったりして。私はそれはすごく好きだったんですね。だから人としては、私は言葉のレベルは全然ネイティブには足りないし、なかなか思ったようにうまくなんないなーとか思ってたんですけど、イギリスの土地とか、人とかっていうのは、すごくすきでしたね。あとはなんか意外と綺麗じゃなかったんですよ、ロンドンが。ロンドンの街があんまり綺麗じゃなくて。そこも、ちっちゃい頃によく行き来をしていた、うちの母の実家の町にすごく似てたので。


――それはどこですか?

 それはあの、中国なんですよ。

――ああ、そうなんですね。

 うちは母親が中国人で。小さい頃よく、中国と日本を行き来してたんですね。で、そんときの風景と結構似ていて。ちゃんと整備はされてるんですけど綺麗すぎないみたいなところが、なんか、やっぱり懐かしさも相まってすごく落ち着く。何もかもがこう、素直に動いているというか。日本も清潔で住みやすいんですけど、日本にはなかった……良さだなと思って、私はイギリスがすごいすきになって。で、ロンドンの人たちと一緒にいると、何か自分のマインドもちょっと変わってくるというか。結構複雑でいろんなことを考えてたのが、わりとシンプルになっていったような感覚があって。私自身の性格も、結構、いいことも無駄なことも全部含めてめちゃめちゃ考え込む性格だったのが、少しずつほぐれてって。なんだろう、考えるけどもうちょっとシンプルに、感覚的な言い方なんですけど、なんかイギリスにいたときの自分が割とナイスなやつだったんじゃないかなみたいな(笑)

――なるほど! へえー。

 今と比べて……そうかなって思いますね。いろんな人と出会っていくことによって、使う言語も違う。日本人と話すときは日本語、普段の生活とかは英語、あともう一つ中国語で話すっていう機会もわりと多くて。最初に勤めてた職場がチャイニーズレストランで、英語よりは中国語の方がまだできたので、そこに勤めてたんですけど。こう、3つの言語をいろいろまぜてしゃべってるうちに、なんか言語ってちょっと性格みたいなところもあると思ってるんですけど。それぞれの言語によって。なんか明るい言語のやつと、暗い言語のやつと、っていう。

――ああー、なるほどなるほど。

 その3つを往復しているうちに、なんかだんだんちょっと見えてくるものが、変わってきたとかも、ありますね。多分今まで複雑に考えすぎてて、客観的な視点みたいなものをどっかで失ってたんだと思うんですけど。それはひとつの場所にいるから、気づかなかったっていうだけで。抜けないとわかんない。

――ちなみにご自身の中で、英語と中国語と日本語の性格はどんな感じなんですか? イメージというか。

 そうですね。性格的に一番暗いのは日本語ですかね。

――あー、そうなんですね。やっぱり考えすぎてしまうことにつながるような性格?

 ネガティブ、ポジティブで言うんだったら、多分日本語が一番ネガティブなんじゃないかなと思います。で、中国語は多分一番ポジティブなんですよ、その3つの中では。なんかアメリカの人がしゃべる英語に近いというか。基本はあんまりマイナスなことを言わない。まあ、どんなに状況が悪くても、ギリギリまでそれを隠すみたいなそういう、しょうもないところあったりするんですけど(笑)。基本あんまりマイナスなことを言わないし、なんか嫌なことがあったときに、前向きな力……励ます力みたいなのがすごく強い言葉だと思ってて。あと漢字がある分、1センテンスあたりの情報量が多分一番多いんですよね。かなり多いから、ワンフレーズで的確に伝えられるというか。より伝えたいこと。っていう、なんかパワーもあったりとかする言語だなと思っていて。漢字文化プラス、文法なのかなって……なんか英語と日本語の良いとこ取りみたいなところが、中国語はあるかなと思ってます。

――へーおもしろいですね。

 しゃべってて、なんか、そう思いましたね。で英語は、私が直で接してたのはイギリス英語なんですけど、ちょうどその中間というか、中国語のそのポジティブさとか、明るさとかもありつつ、ただ、少し遠まわしな婉曲表現が多いのがイギリス英語だと思っているので、伝わり方はちょっとソフトだったりとかするのでまあちょっと優しい。あとはちょっと理屈っぽいところもあるので、皮肉を言いたいときにはもう最高の言語なんです(笑)。

――あはは(笑)。

 それが私イギリス英語を好きな理由なんですけど。そういう感性で話すんだイギリス英語、いいなみたいな。

――ある意味ユーモアがあるというか、そういうことですよね。

 そうそう。紳士的な顔の裏になんか、とんでもない皮肉家の顔を隠し持ってるところが私はすきですね。もっとやれって思うんですけど。イギリスの議会とかの、切り抜き動画を聞いてるのとかすきです。ちょっと訳がないとわかんないところもありますけど。……っていうのをなんか往復してるうちに、どんどん自分がちょっとフラットになっていくような感じが……ありました。うん。


――たしかに。環境でみたいな話もありますけど、使う言葉で……性格じゃないけど、自分の居方(いかた)が変わるみたいなのって、めっちゃわかります。私、地元が青森なので、方言があるんですけどすごい。やっぱその時と、こっちでしゃべってるときは、全然、別の? 感覚です。

 別人格になりますよね。

――ありますよね。

 私も小学校まで岩手に住んでたので。

――あー! そうなんですね。

 ゴリゴリの東北弁をしゃべってたのでわかります。

――言語いっぱい持ってますね(笑)。おもしろいですね。

 かなりなんかこう、抽象的な話になってるんですけど……伝わるかな。

――大丈夫です、ありがとうございます。いっぱい聞きたいポイントまだあるけど。

 全然なんでも。

――飲み物、すいません、飲んでくださいね。そっかじゃあ……あれですね。んーと、19歳の時のやつも聞きたいけど、どうしよう(笑)。2つターニングポイントがあって、どっちにフォーカスしていこうかなっていう。うーん……あっ、イギリスに行こうって思ったきっかけは聞いてないな。

 ああ! んーと……留学したかったっていうのがまずひとつ。英語圏が良かったのがもうひとつ。で、英語圏だったらアメリカかイギリスが挙がってくると思うんですけど、イギリスの方が合いそうな気がしたっていうことと、イギリス映画が好きだったっていう。どこの国の映画っていうのを意識せずに観てたんですけど、なんかこう、すきだなって思えるのが、イギリス映画の歴史ものが多くて。私イギリス映画がすきなんだなと思って。

――留学したいっていうのは、どういう理由で、というか。

 なんか……違う文化圏に触れたかったのと、言葉を覚えたかったのが一番大きい。あとは大学でデザインを勉強していたので、本場に行ってみたかった。本場に行かないとわかんないことがたくさんあるなと思って、学生時代から行きたかったんですけど。文献とか直に触れられるものの数が日本と桁違いだと思ったので。アメリカとかイギリスとか、欧米の方が。だから、それをちゃんと見に行きたかったとか触れたかったっていうのが一番ですかね。日本の美術大学、それこそ通ってたところでも、すごくおもしろい経験をたくさんできたし、行ったことを後悔することは何ひとつないんですけど、でも多分そこでまた欲が生まれたんでしょうね(笑)。いろんなところ行ってみたいとか、もっと、いろんなものに触れたいとか。

――たしかに。よく考えたら、洋服の……現場っていうんですかね。なんか、ルーツって、日本にはないですもんね。

 まあそうですね、たしかに。和服にシンパシーを感じたことは今まで一度もなかったので。家にもなかったし、じゃあルーツのある服なんですかって言われたら多分チャイナ服になっちゃうから(笑)。

――そうですよね。

 そうなんです。あんまり……自分のアイデンティティに日本を感じることもなかったし。ゴリゴリの日本人なんですけどね。そうそう。でもその留学に、海外に行きたいなっていうのはそういう理由ですね。単純にもっといろんなものを見たかったし、触れたかったみたいな。自分はコミュニケーション能力が高い方ではないんですけど、でもなんか……見たいな~みたいな、いろんなものを。

――おお……。言おうとしてたこと、すっ飛んじゃった……。

 全然。ゆっくり。

――イギリス……何聞こうとしてたんだっけ……ちょっと休憩していいですか(笑)。

 ああちょっと休憩(笑)。どうぞどうぞ。

――思い出しました、聞こうとしてたこと。留学したっていう話をお会いする前に、先に聞いてたんですけど。

 はいはい。

――その時はもうてっきり仕事関連の理由で、そのファッションというか、スタイリストとしての学びで行かれたのかなと思っていたので。そうじゃないんだなというのが結構……

 そうですね、なんか20代最後の自分探しみたいなところあります(笑)。

――そうなんですね。

 まあ自分探しじゃないですけど、なんか20代のうちに、やり残したことをやらなきゃって思って、やったことのひとつが……それだったみたいな。27ぐらいから多分みんな通ると思うんですけど、20代のうちにやり残したことやらなきゃと思って、いくつかあったんですけど、仕事の面とかでも。その中のひとつが留学で。留学っていうか海外に住むっていう。そうですね。


――……すごいですね。

 全然(笑)。なんか大なり小なりみんな思うことだと思うんで。

――やー。やっぱり20代後半って仕事が忙しかったりとか、結構上手くいき始めたりとか、そういうタイミングで一旦中断して……っていうことに結構びっくりしました。

 そうですね。私の場合はそのタイミングでちょっと仕事がいやになってたので。

――あーそうかそうか。

 これ私はあと何年やんなきゃいけないんだみたいな。なんかもういろんな複合的な原因が絡まって、もういやや! みたいな。になっちゃってましたね。で、ちょうどそのタイミングでドラマの、ちっちゃい連続ドラマのチーフスタイリストの話が来て。

――おお。

 で、なんとかやり終えたんですよ。1個望みが、チーフをやりたいっていうのが叶っちゃったので、なんかもういよいよ本当に望みがなくなっちゃって。別に今だったら、たしかにキャリア的には中断期間があるのってよくないのかもしれないけど、私の気持ち的には……や、いっかみたいな。

――すごいことですよ。1回仕事辞めて留学行くのってやっぱり。たまにいるけどそういう、話では聞きますけど、実際やるってなったらめっちゃ心配になっちゃう。自分だったら。

 心配……心配されましたね、あらゆる人から。ただ……気持ち変わらず(笑)。20代でやりたかったこと、やらなきゃと思って。行った結果、自分の中で思ってたことは規模の大小はもちろんあるんですけど、一応全部達成できたので。そういう面では後悔はないかもしれない。


――いろんなもの見たいとか、言葉を学びたいとか。

 あとはやってみてこういう、こんな感じなんだーとかこんなもんなんだーっていうのがわかったので、それもちょっと欲がなくなったひとつの理由かもしれない。ひと通り自分が思ったことは、やれたので。いろいろ紆余曲折あれど、ドラマとか衣装のチーフの仕事もできたし、海外にも行けたし。あと自分の中で、目指せトライリンガルみたいな目標がずっと昔からあって。3つしゃべれるようになりたいな、何に活きるのかわかんないけど、生涯学習みたいな感じで(笑)なりたいなーみたいなのも、ある程度の水準では叶ったし。そうですね。そこでやり残したことがなくなったのも、そう、多分、それもあると思います。

――でも、それで欲がなくなって、結果今めっちゃ仕事来てるじゃないですか(笑)。

 なんか、今年に関しては本当に、そう。

――これからどうしていこうとかは、あるんですか?

 これからは……そうですね。そうそれ最近ちょっと考えてて、もちろん継続して、どんどん映画とドラマの衣装を続けていきたいと思ってるんですけど、何のためにやるんだろうなーみたいなのは考えてて。ちょっとそこはまだはっきりしたものは出てないんですけど、でもなんか、良い映画を1個でも増やしたいなと思ってます。良い衣装の映画ってなるとちょっとね、すごく限定的になっちゃうので、難しいんですけど。なんか良い映画をひとつでも増やしたい。衣装の仕事やってて、監督とか俳優部とダイレクトに、衣装を通して会話をすることによって、見えてくるものがあって。「この人はここを気にするんだ」とか「この人はこういう映像を撮りたいんだ」とか「ここにフォーカスを当ててるんだ」みたいなのは、チーフをやるようになってダイレクトにわかるようになってきたので。私のやりたいなのか監督のやりたいなのか、俳優部のやりたいなのかを、適切に打ち返せる人になりたいな、みたいなのは思いますね。なんかその辺のやり取りがすごい、おもしろくて。

――うんうん。

 やっぱり映画を作るにあたって中核にいる人たちとのやり取りみたいなのが、めちゃくちゃおもしろいですね。こっちが考えてる衣装プランを言って、響くときもあれば響かないときもあって、響かないときに、じゃあこの人は何だったら響くんだろうみたいな。どういう視点で考えてるんだろう、みたいな……のを聞くのがすごい楽しいですね。だから、なんか衣装合わせの時とかにすごい、いっぱい質問しちゃうんですよ。自分がプレゼンしなきゃいけない立場なのに。どういう風にキャラクター考えてますかとか、私はこう思ってるんですけどもしかしてこうだったりしますか、みたいな。それが合ってても外れてても、おもしろいというか。サブでやってたときはひたすら人のサポートだったんで。そういう話をしてる場面も、あんまり多くなかったと思うんですけど。なんかこう、自分がちょっと衣装を通してインタビューしてるような気持ちになるので。最近はそれがすごいおもしろいですね。


――じゃあ、シンプル「楽しい」みたいなことで続けられる。

 そうですそうです。シンプルに、すごく楽しくなってきましたね。

――めっちゃいいですね。

 仕事始めて、ブランク抜いたら10年弱ぐらいになるんですけど、おもしろくて始めたはずなんですけど、やってて楽しいと思ったことが、ほとんどなくて。まあ……あんまりおもしろくない脚本の衣装とか(笑)。あとは、そもそも衣装に全然興味がない人たちの作品だったりとか。あとは昨今話題ですけど、パワハラセクハラみたいな……ことを耳にしたり目にしたり、それを感じ取ることがあったりとか。いろいろあってなんか、あんまり楽しいと思ったことがなかった。上の人たちが楽しそうにしてるのがちょっと意味がわからなかったんですよ。何もおもしろくなくない?! みたいな(笑)。

――結構きついとかつらいの方が、20代の頃は強かった。

 そうですね。でもなぜか、なぜかその1回心折れるまでは、なんとか形にしなきゃみたいな。こんなに大変な思いしてんのに、なんとか形にしないと、割に合わないじゃないですけど。

――あー、そうですよね、いままでやってきた、っていう。

 さっきおっしゃってたのとちょっと、つながるかなと思うんですけど。

――うんうん。何のために自分はこんな我慢してきたんだみたいな。

 そうそうそう。そうなんですよ。

――じゃあ欲がなくなったっていうのはこう、本当にさっき私が言ったのと同じように、逆に欲張りになったみたいなことでも、あるのかもしれない……ですよね。欲張りというか(笑)。

 うん、そう、一回全部なくなって、新しいのがこう入ってきたみたいな。なんかやりたいことを全部やりきった……のプラス、自分のなんか、性格っていうか感覚的な変化があって、1回全部ゼロになって……そう、また新しいものが入ってきたみたいな。そんな感じですかね。

――それで今、こう、純粋に楽しいみたいなのはめっちゃいいですね。

 そうですね。こんな楽しいって思うことになるとは思わなかったというか、そんな感じですね。

話 :及川英里子
文章:サトーカンナ
写真:服部健太郎

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