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白いヴェールの花嫁

軽井沢野鳥の森には5月から6月にかけて、花嫁のヴェールのように白く薄い翅をはためかせ、ヒラヒラと舞うチョウたちが姿を現します。

年に一度、初夏に出現するウスバシロチョウです。
翅には鱗粉が少なく、陽にかざすと透けて見えるため、薄羽白蝶と名付けられました。白い見た目からは想像できませんが、アゲハチョウ科に分類されるため、ウスバアゲハとも呼ばれます。

ミツバウツギの花から吸蜜するウスバシロチョウ
翅に花の影が透けて映る

卵で越冬したウスバシロチョウは、早春に幼虫が孵化するとムラサキケマンなどを食べて成長します。そして落ち葉の下で繭を紡ぎ、蛹になります。チョウの仲間で繭を紡ぐ種類はとても珍しいそうです。そして5月中旬ごろから成虫が羽化して森を舞いはじめます。食草のムラサキケマンは有毒植物のため、ウスバシロチョウの体には毒が蓄積されているそうです。ヒラヒラとゆっくりした飛び方は、毒で身を守っているためなのでしょうか?

野鳥の森を舞うウスバシロチョウ
追いかけながら真下から広角レンズで日中シンクロ撮影
そんなことができるほどゆっくり飛ぶ

飛び交うウスバシロチョウを見ていると、時折追いかけ合う姿が見られます。オスが結婚相手を探しているのです。しかしメスはなかなか求愛に応じてくれません。葉の上に止まって翅を広げて止まったり、草の間に潜り込んでしまったり、するとオスは諦めて飛び去ってしまうようです。
メスは限られた寿命の中で、オスと交尾し、できるだけ多くの卵を産み残さなければなりません。交尾を済ませたメスは、もうオスにかまっている時間はないのでしょう。それでもオスは諦めずに、結婚相手を探します。運よく交尾を済ませていないメスと出会えれば、求愛を受け入れてくれるかもしれません。

オシダの葉の裏で交尾するウスバシロチョウ

交尾を終えたオスは、まだ安心できません。なぜなら昆虫は、卵が産み落とされる直前に受精が行われるからです。もし自分より後に交尾するオスがいたら、自分の精子は奥へと押し込められ、他のオスの精子が受精に使われてしまいます。
そこでウスバシロチョウのオスは、秘策を編み出しました。メスの腹端に分泌物で蓋をしてしまうのです。

交尾を済ませたメスのウスバシロチョウ
腹端に付いている白く三角形に見える部分が
オスの分泌物が固まってできた交尾嚢

ウスバシロチョウのメスを捕まえると、腹端に白い三角形の付属物を付けているものがいます。それがオスの分泌物が固まってできた交尾嚢。他のオスが交尾できないようにする「貞操帯」です。オスにとって自分の子孫を残すための競争は、それほどまでに厳しいことなのでしょう。

メスには交尾を済ませたあとに大仕事が待っています。卵を産み残さなければなりません。多くのチョウは幼虫が食べる植物に卵を産みつけますが、ウスバシロチョウの食草であるムラサキケマンは、もうすぐ枯れてしまいます。そこでメスは、ムラサキケマンが生えている場所の近くの地面に降り立ち、落ちている枯枝などに産卵するのです。産みつけられた粟粒ほどの小さな卵は、そのまま春まで眠りにつきます。

軽井沢も梅雨に入りました。雨が上がって日が差すと、森の中ではウスバシロチョウたちが葉の上で日光浴をはじめ、体が温まると舞いはじめます。
繭を紡ぎ、交尾嚢を下げて飛び、枯枝に産卵する。そんな変わった習性を持つウスバシロチョウが見られるのは、あと半月ほどです。
白く清楚な花嫁の姿をさがしに、野鳥の森を訪れてみませんか。

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