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歩道橋から

職場のデスクの上に、ソール・ライターのポストカードを飾っている。雪の積もったモノトーンの世界に、道をゆく人の真っ赤な傘だけが咲いている写真だ。ライターが白黒写真からカラー写真へと移行した時期に撮影された一枚だったと思う。

ときたま、仕事の隙間になんとなくこの写真を一瞥して、拠点を変えることなくニューヨークの日常を撮り続けたライターのことを、私は、ほんのちらっとだけ考える。

高校生になって通い始めた英会話学校は、市の中心部のさらにど真ん中のビル群の中にあって、当時の私は、ビルからビルへ移るとき、間に掛けられた歩道橋から街並みを見下ろすのが好きだった。

春でも、夏でも、秋でも、冬でも。

私の頬を一瞬だけ掠めて、どこかへと消えていく風のゆくえを、ぼんやりと視線で追いかける。そこに何があるわけでもないのに、それは、くせのようなものだった。眼下では行き交う人がざわめいている。

ライターの写真を見ていると、そのことを思い出す。

私は何者なのだろうと途方に暮れながら、一方で、つづいていく道にあわい期待も抱いている、高校生の私。なりたいものなんかなかったけど、何者かにはなりたかった。日常に埋没するのをおそれて「トクベツ」になりたくて、でも、たしかに毎日はそのときしかない一瞬で、私は今だけを生きていた。特別だった高校生の私。代わり映えのしない日常のなかに、過去も未来も全部があった。たぶん。たぶん、たしかに、全部があった。

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