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#129 タコ山さんとの「まどマギトーク!」

話は、ロックスターの住む町、氷雨街のロマンス酒場で進行する。
氷雨街は、東京にあって、昔ながらの情緒ある街並みと、郊外の車社会の境界に存在する。関東の魔都といえば鎌倉だが、この町も氷雨というメタファーが示すとおり、事象の境界線が曖昧ですべてを曖昧にする。
ロックとも言えるし、ただの魔境とも言える。

ロマンス酒場は、古民家を改装した居酒屋で、狭いくせに、吹き抜けの3階建てで、常に80年代歌謡曲が流れる。提供される料理は安く、すべてがうまい。知らないうちに少し寿命を奪われている代償ではないかと思わされる。
和製ホテルカリフォルニア。
わたしは黒ポッピーをこんなにうまく飲める店を他に知らない。
 
昔の話だ。わたしは、そのロマンス酒場に、タコ山さんといた。
「魔法少女まどかマギカ」の劇場版、『[新編]叛逆の物語』について語るためだ。

かなりの衝撃作だった。
観た者は、その衝撃のあまり、リピーターとなり、もう一度映画館に足を運ぶか、同士を招集し、ともに語らずにはいられないという。

と、ここで、「魔法少女まどかマギカ」について説明したほうがいいかもしれない。わたしは、アニメどころか、テレビもめったに観ない。あまりオタク気質もなくて、自分は萌え系の絵柄のアニメなど、決してはまらない人間だと思っていた。
しかし、ある宅飲みで、大の大人3人(♂)から、ネットワークビジネスの展開のごとく、まどかマギカの素晴らしさについて説明を受けたのだ。わたしが、そのアニメは観ていないし、これからも観るつもりもないと告げると、3人の男は鬼の形相になった。

わたしは、まったく乗り気ではなかった。
だが、大の大人3人が、鬼のような形相で言うのだから、さすがに何かがあるのではないかとも感じていた。大の大人3人が、アニメについて鬼のような形相で言うのだから。大の大人3人が、まるで鬼のような。ぷぷ。
そして、鬼のひとりが最後に言った台詞が、わたしを行動に移させた。
「全12話だから、すぐ観れますよ。それに、面白くなかったら、すぐに止めればいいんですから」

それもそうだ。それなら、めんどくさくない。
とりあえず、DVDを2枚借りて、第4話まで観ることにした。
第1話から2話。ああ、こういう感じね……。ちょっときついかな。でも、絵はきれいだし、もう少し観てみるか。
第3話。くわぁ、まじで。おお。

わたしも鬼の一員になりました。
鬼は、まだ人間だったころのタコ山さんにこう伝えた。「とにかく、第3話まで観てくれ。それでつまらなかったら、かかった費用をぜんぶ負担するから」
「ふーん……」
結果、タコ山さんは、ワルプルギス級の鬼となる!
その後、まどマギをオマージュした10万文字越えの大作を書き上げてしまったほどだ。

そうして、まどマギトークのためのロマンス酒場につながるのだった。

わたしはそのロマンス酒場に、タコ山さんといる。
最初の3人の鬼は消えている。その辺、魔界を感じざるを得ない。彼らは本当に存在したのだろうか……。
そして、問題はロマンス酒場、魔法少女トークをするには誤算があった。ロマンス酒場は、先に述べたとおり狭い。その晩は、すでに客が何組も入っていて、テーブル席は埋まっていた。
入店時、店員に「カウンターでもいいですか」と訊かれ、断る理由も見つからなかったので了承した。ロックスターたちはカウンターのいちばん奥に陣取った。

乾杯!
さて、魔法少……、と切り出そうとするが、異様な圧迫感を感じ、口の動きを止める。
至近距離、第三者の存在感。
となりに他の客がいたわけではない。カウンターの向かい側、厨房だ。われわれと向かい合う形で、店員のひげ面のおっちゃんが焼き物をしている。距離も近いし、向こうは立ち仕事なので、角度的にも圧迫感がある。どうやら、そのポジションがおっちゃんの定位置なようで、厨房が狭いこともあり、足場が完全に固定されてしまっている。

きつい! たぶん、おっちゃんは9割9分の確率で「魔法少女まどかマギカ」を観たことがない。大の大人の我々が、こんな場所で、「魔法少女、魔法少女」と連呼してしまっていいものだろうか。言いようのない決まりの悪さを感じた。

思案した結果、わたしは、魔法少女をMSという呼称で呼ぶことを提案した。とりあえず我々は「MS、MS」と、ぎこちなくもトークを開始した。

しばらくして、まどか、ほむほむ、などの呼称も気になりはじめた。まどマギとはばれないかもしれないが、萌えアニメのキャラクターだと勘づかれてしまう可能性がある。いい年してなに話してんだ、こいつら、という、おっちゃんの心の声が今にも聞こえてきそうだ。

いっぽうでは、そこまで深く考えてしまうのは、わたしの自意識過剰の気もした。だんだん、こう思えてくる。店員が、客の会話にいちいち聞き耳を立てているものだろうか? おっちゃんは焼き物に集中していて、現在、聴覚など吹き飛んでいるように感じる。

気持ちが緩んだところ、おっちゃんはよく透る声で、わたしたちのとなりのとなりの客の会話に、ナチュラルにコメントを飛ばした。
ぜんぜん聞いとるやないか! しかも、隙あらば、客の会話に干渉したがるキャラクターらしい。
このインキュベーターが!

こうなったら、世界のルールを書き換えてやるんだから!
ロックスターたちは、魔法少女=MSのルールに加え、まどか、ほむほむ、その他の魔法少女たちを、Mさん、Hさんなど、イニシャルで呼ぶことにした。
「ぼく、Hさん(ほむらさん)がMさん(マミさん)苦手だっての、よくわかるわー」
大人が酒を飲みながら本気で語る魔法少女トークは、みごと、上司や同僚の陰口を叩いているらしき、違和感のない様へと変化を遂げたのだった。
……と、ぼくたち思ってる。

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