マリみてSS「Bit Per Day」

お題:手紙(2022/11/23)

いつの時代だろう、と思った。
深緑色をしたワンピースのセーラー服。
スカートは膝下丈で。
三つ折りの白ソックス。
茶色いローファー。
「これ…読んでください!」
女の子が差し出したのは、手紙だった。
バスの扉が開く音に重なるように声を出したその子は、そのまま走り去ってしまった。
(なんっだったんだろう…)
その子の事は知らないけれど、その子が着ていた制服の事は知っていた。
私立リリアン女学園。
明治の昔から存在する、歴史あるお嬢様学校。
(だからって、今の時代に手紙だなんて…)
ピンク色の可愛らしい封筒に、万年筆で書いたであろう達筆な名前が記されていた。
女の子から手紙もらったんだけど。そう私は友人に通話アプリでメッセージを送信した。
1100000000ビット毎秒第5世代移動通信システムで送信されたメッセージは、即座に既読になった。
返事出しなよ。そう返ってきた。
きっと歴史と伝統あるお嬢様学校にはスマートフォンの持ち込みなんて許されていないのだろう。
(返事、か)
既読スルーなんて文化も存在しない頃から続くこの通信手段でも、返信をしないわけにはいかないだろうから。
確か、文房具店があったはず―
私はバスを途中下車した。

チャイムの音とともに、自動ドアが開く。
文房具店なんて訪れたのは、いつ以来だろうか。
カーディガンのポケットに手を入れたまま、便箋の置いてあるコーナーへと歩みを進める。
あった。
色とりどりのレターセットが顔を並べていた。
(こんなの、今の時代に買う人なんているのかね?)
それでも、私は無視する気にはなれなかった。
手紙を差し出してくれたあの子の赤くなった顔。
緊張感マックスの裏返った声。
数枚はあるであろう便箋の重さ。
そこには、通話アプリでは感じることの出来ない、「気持ち」が込められていた。
(あの子も、こうやって悩みながら選んだのかな)
適当に選ぶことはできたけれど、なんだかそういう気持ちにはなれなくて。
私は、自分の好きな色である黄緑色のレターセットを手に取った。

家に帰ると、私は封筒を開けた。
ずっと前からバスの車内でお見かけして気になっていました。よろしければお手紙してください。
そんな旨の文面が、数百字にわたって綴られていた。
確か、リリアン女学園には、姉妹スール制度という、生徒間で親しくなる制度があるとか聞いたことがあった。
(まさか、私を…?)
不思議と、嫌な感じはしなかった。
普通の公立高校に通う私は、万年筆なんてものは持っていない。
ボールペンを手に取った。
スマートフォンは置いて。
承諾したこと。
簡単な自己紹介。
最後に、自分の名前を書いて。

翌朝、いつものバスにその子はいた。
「返事、書いたから」
その子は顔を赤らめて、大事そうに私の封筒を胸に当てた。
1100000000ビット毎秒第5世代移動通信システムのこの時代に。
16000ビット毎日第0世代移動通信システムの付き合いが始まるのだ。

あとがき
「手紙」がお題ということで。
今の御時世、手紙なんて書かないんじゃないか?という思いがありました。
なので、手紙を書かないキャラが手紙を書く話を思い浮かべました。
まだマリみて作中では手紙という手段は有り得たことと、スマホはおろかガラケーすら出てこない本編に対抗して、現代のお話にしようと。
Bit Per Dayは僕の造語(?)で、一日あたりの送信ビット数という意味で、普通そんなデータは誰も測らないし知らないでしょう。
日を跨ぐ手紙ならでは、ということで。
ちなみに第5世代移動通信システムの送信ビット数は、理論値なので、実際はもっと少ないですけどね。

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