マリみてSS「かつて神童だったあなたへ」

お題:フリー(2022/12/28)

世の中は自分を中心に回っているわけではない。
だから、世の中のあらゆるものが私にとって面白くないのも。
だから、熊男が私をクリスマスも、元旦も私呼ばないのも。
全部仕方のないことなのだ。
あの人には娘さんもいるし。
そこに自分から行きたいと言い出せないのも。
そんな私の気持ちを察することができないほど不器用なあの人の性格も。
知っていて。
分かっていて。
不貞腐れている。
だから、今年は恒例のハワイだってキャンセルしたのに。
今日はもう一月二日。
ハワイに行っていたら、楽しく過ごせていたのだろうか。
そう考えていたら、自分が今家にいるのがバカバカしくなってきた。
ふと視界の端に、机の上に置いてあったお守りが目に入る。
去年の始業式、靴箱に入れてあったお守りだ。
誰がくれたのかは分からずじまいだったのが、江利子の志望した学部には全て合格できたのだから、普段は神頼みなんてしないのだが、きっとご利益があったのだろう。
令にも買ってあげましょう。
口実を得た江利子は「門限までには戻る」とだけ家族に言い残して家を出た。

大学を適当に決めたこと自体には後悔はなかった。
ただ、そこにも自分の居場所はないように思えた。
思えば小さい頃、世の中の全ては輝いて見えたはずなのに。
リリアンの幼稚舎にいたときに、聖と取っ組み合いのけんかをしたことを思い出した。
聖、か…
彼女は今、何をしているだろうか。
そして、蓉子。
私にはできなかった、努力ができる人。
そういえば、クラスにもそんな人がいたっけ。
確か、名前は―
バスのアナウンスが、神社の最寄りに到着したことを告げる。
正午も過ぎた時間では、初詣の参拝客も少ない。
そんな人達に紛れて、江利子もバスを降りた。

あの江利子が初詣なんて。
聖ならそう笑っただろうか。
あの江利子が神頼みだなんてね。
蓉子ならそう呆れただろうか。
私達三人は、それぞれ自分のために別々の道を選んだのに。
どうして今になって思い出すのだろうか。
山百合会にいたときは、ずっと一緒にいた。
揃ってリリアンの女子大に進学することだってできたかもしれない。
いや、ないだろう。
先延ばしにしたところで、別れはいつか訪れる。
私達にはあの時がその時だっただけだ。
視界が滲むのは、今並ぶこのお焚き上げの煙が目にしみているだけだ。
コートの裾で拭い、一つ深呼吸をする。
令へのお守りはもう買った。
誰がくれたか分からないこのお守りを供養して帰ろう。
その時だ。
「えっ!?」
後ろから声がした。
聞いたことのあるような声。
「あら」
思い出した。
クラスの誰よりも勉学への努力をしてきた人。
私ができなかったことができる人。
「まあ、克美さんに会えるなんて」
それは私の「あの人」こと、内藤克美さんだった。
不覚にも、興奮した私は新年の挨拶も忘れて一方的に自分の話をしてしまった。
誰がくれたか分からないお守りに勝手に御利益を感じて買いに来たこと。
適当に決めたものの以外に忙しい大学の課題こと。
一方的に付き合っている熊男のこと。
その仲を裂かんとしている親兄弟のこと。
克美さんは困惑していたものの、私の愚痴に付き合ってくれた。
克美さんは克美さんで、ここ最近は妹のことが分からないと言っていた。
努力の人も、悩むものなのだ。
私は今、確かにいきいきしている。
十五分ほど話しただろうか。
私は人と会う約束があるなどと言い訳をして克美さんと別れた。
このまま二人でリリアンの思い出話をするのも悪くなかった。
でも、それじゃダメなんだ。
私は初めて思えた。
頑張ってみよう、って。
努力してみよう、って。

あの時。
小さな手で生涯唯一の掴み合いのけんかをしたあなたへ。
生まれて初めて努力の人に敗北し嫉妬したあなたへ。
つまらなそうな顔でいたあなたへ。
昔は、世界のすべてを掴めると思っていた。
それは今からだって、遅くはないはずなのだ。

あとがき
フリーお題ということで、お正月も近かったので「枯れ木に芽吹き」を江利子さま視点で書いてみました。
あの出会いは克美さんにとって良い意味で衝撃的な出会いだったと思うのですが、江利子さまにとってもプラスになったらいいな、と思いました。

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