マリみてSS「Tell Your World」

お題:藤堂志摩子(2023/01/18)

「泣くのはいい傾向かもしれないね」
お姉さまの言葉が志摩子の頭に残っていた。
これが静さまの望んだ展開かどうかはわからない。
ただ、もう孤独はなかった。
お姉さまが受け止めてくれたから。
人前で泣いたのなんて、いつ以来だろうか。
そんな記憶が浮かばないほどに、私は感情を殺していたのだろうか。
片付けを終え、二人並んで薔薇の館を後にする。
ふと、同じ日を過ごしている友のことを思い出した。
祐巳さんは、祥子さまと二人で新たな関係に挑戦している。
由乃さんは、令さまにはなんでも打ち明けている。
じゃあ、私は―?
祥子さまには。
令さまには。
来年がある。
今、私の少し前を歩くお姉さまには。
来年はない。
あと一ヶ月で。
私はこの人と離れなければならないのだ。
今までは気にならなかったこの事実が。
いや―知っていて目を背けていた事実が。
私の心に重くのしかかってきた。

(全部自分で背負い込むと、潰れちゃうよ)
(でも、もう一歩が踏み出せないんです)

もし。
二人のように。
あと一歩を踏み出すことが出来たなら。
世界は変わるかもしれなくて。
それは、とても恐ろしくて。
ほんの少しだけ、期待してしまう。
あの時。
桜の樹の下で、ロザリオを受け取ったときのように。
あと一歩を踏み出すことが出来たなら。

「お姉さま」
少し前を歩くお姉さまのコートの裾を掴んで立ち止まった。
つられてお姉さまも立ち止まる。
あと一歩。
世界を変える、あと一歩を。
踏み出せたなら。

お姉さまは、まるで狐に摘まれたように驚いた顔をして。
私は途端に恥ずかしくなって、顔を伏せた。
私が伝えたい言葉。
私が届けたい言葉。
それは、伝えなければ、届かない。
だから、一歩を踏み出す。

「教えてください、お姉さまのことを」
所詮二人は鏡だから。
私達はお互いを知りすぎていて。
私達はお互いを知らなすぎていた。
私のこの言葉に。
お姉さまは髪をくしゃくしゃと掻いた。
「ああ言っちゃったからなあ…」
そう言うと、お姉さまは志摩子の体を抱き寄せて笑って言った。
「お望み通り、朝までお付き合いしましょうか。志摩子」

あとがき
Tell Your World。直訳すると「あなたの世界を教えて」という意味です。
ファースト  デート  トライアングルの本編では、「お望みなら朝まででも付き合うけど?」と問いかけた聖さまに「そうしない方がお互いのためだから」と断ったことへの対比として、あえて乗っかってもらった世界を書いてみました。


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