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バラ好きの視点から読み解くさよならローズガーデン第5回~その病は星となって

ごきげんよう、はねおかです。
5回目となる今回は黒星病についてです。

さて、あなたは風邪をひいたことがありますか?
この質問をあなたの周りの人へ聞いてみれば、大半の方は「ある」と答えるのではないでしょうか。

黒星病もまた、バラの罹る病気の中では非常にポピュラーな病気です。そう、ヒトで言うところの風邪のように―
黒星病、うどんこ病は、バラを育てたことがある人ならば一度は経験したことでしょう。僕も経験しました。

黒星病はバラ科の植物に多く見られますが、その正体はDiplocarpon rosae(ディプロカルポン・ロザエ)という菌です。

黒星病に感染したバラの葉

普段は土の中や枯れ葉に潜み、雨が降った時などの水の跳ね返りなどで葉に付着し、風などで増殖していきます。

対策は、薬剤散布が効果的です。

化学農薬。ボトルの使い勝手が良かったので長く使っています。

とはいえ、一種類の農薬だけでは抗体を持ってしまった菌が増殖してしまうので、数種類の農薬を使い分けるのがいいでしょう。

ヒトのバラの歴史が古いものがありますが、病害虫被害についての歴史はそこまで明らかにされていません。

旧約聖書にはこのような記述があります。

「穂ひとつの茎に出で来る。その後にまたいじけ萎びて」

創世記41章2-24節

国に飢饉あるかもしくは疫病、枯死、朽腐、蝥賊、稲虫あるか

列王記上8章37節

枯死殻と朽腐穂とをもて汝らを撃なやませり。また汝らの衆多の園と葡萄園と無花果樹とオリーブとはイナゴこれを食へり

亜麼士書4章9節

この頃からヒトは病害虫による作物被害に悩まされていたことが分かります。
当時は病害という概念がなかったため、天罰であったとされていました。それらを神頼みという形で人々は忌避していました。

古代ギリシャの時代になると、作物の病気を研究する学者が現れます。植物の病気を記述した最初の人物は、古代ギリシャのクライムデスと言われています。彼はイチジク、ブドウ、オリーブの病気を研究していたそうです。またアリストテレスの弟子のテオフラスタスは天候と作物の病気の発生のしやすさを研究したとされています。

1637年には種子を消毒する技術が開発されました。イギリスのブリストル海岸で貨物船が難破し、船に積まれていたコムギ種子が海水に浸かってしまいました。しかたがないのでその種子を播いたら、なんと黒穂病がほとんど発生しませんでした。この発見がきっかけとなり、海洋浸漬による種子消毒法が開発され、硫酸銅水溶液による消毒法が登場するまでのおよそ107年にわたって利用されていました。

19世紀以降微生物が植物病の原因であることが次々と報告されました。
1861年菌類が、アイルランドの大飢饉を引き起こしたジャガイモ疫病の原因だと証明されました。
1878年細菌がナシ火傷病の原因だと報告されました。
1935年ウイルスが初めて人類の前にその姿を現しました。タバコに感染するウイルスです。1967年植物の形を変える病原細菌ファイトプラズマが初めて発見されました。1971年ウイルスより小さい病原体、ウイロイドが初めて発見されました。

当然ですが、微生物を肉眼で見ることはできません。
それを観察するには顕微鏡の存在が不可欠です。

顕微鏡が発明されたのは16世紀中頃のヨーロッパです。
発明者については様々な説がありますが、最も有名なのはオランダのガラス磨き職人のヤンセン父子で、1590年に2個の凸レンズを両端に取り付けた顕微鏡を作りました。1600年代に入ると顕微鏡は生物学に利用され、微生物や細胞など数々の発見に寄与しました。イギリスのロバート・フックが作製した顕微鏡は、現在の光学顕微鏡の原型とも言うべき対物レンズと接眼レンズを組み合わせた「複式顕微鏡」、オランダのアントニー・レーフェンフックが作製した顕微鏡は1個のレンズを使用する「単式顕微鏡」でした。

1800年代に入ると顕微鏡は急速に進歩し始めました。ドイツのカールツァイス社のアッベが「顕微鏡像生成理論」などを発表しレンズ設計を大きく進歩させたことや、ガラス材料の改良や色消レンズ群の完成、液浸系レンズなどの発明によって、1000倍を超える高倍率の顕微鏡製造が可能になりました。医学分野では化学染色法や「暗視野顕微鏡」などの発明がなされました。

発見の一方で対策もまたなされました。

1851年、フランスのグリソンにより石灰硫黄合剤が製造されたと言われています。これは明治の初期に日本に紹介され、1907年に果樹のカイガラムシ(バラにも付着しますよ!)防除試験が行われました。
また、フランスのボルドー大学教授であるピエール・ミヤルデは1885年に硫酸銅と石灰と水の混合物(ボルドー液)がブドウのべと病に効果があることを偶然発見しました。

話を黒星病に戻しましょう。
一般的には黒点病と呼びますが、ここでは作中に倣って黒星病に統一します。

感染した葉は黒星病の名の通り葉に黒い斑点が発生します。その後、葉は黄色くなり落葉します。
落葉したことにより葉が少なくなった株は光合成が出来なくなり、最終的に弱って枯死してしまいます。
落葉した葉からも菌が感染するため、根絶するには落ちた葉も残らず駆除することが必要になります。

話をさよならローズガーデンに戻すとしましょう。

作中では黒星病は様々な意味を持ちます。
一つは文字通りバラの病として。
そして、もう一つはアリスと華子の恋心の暗喩として。

エドワードは華子にこう言いました。
「お前は黒星病の薔薇…お前の存在が彼女の大事にしているものを蝕むのだ。ならば僕は予め疫を摘むことで家と彼女を守る。これこそが『彼女の為』だ。と―

黒星病の対策は、観察と正しい対策が必要です。
対策としては、暖かく湿った環境を好むため、株間を空ける、余計な枝は切り落とし風通しを良くしておくことなどが挙げられます。

実はこの黒星病、感染してから7時間以内に葉が乾燥すると感染しないとも言われています。
また、29度以上の温度でも感染が止まるとされています。

つまり、バラを照らす太陽―光こそが、この黒星病の対抗策と言えるのです。

自らの華子への恋心に気付いたアリスは華子の好きなところを「太陽のような心」と言っています。

中世の頃、フランスでムギに黒さび病が蔓延し、農家はこれを庭のセイヨウメギが原因だと経験則からか知っていましたが、科学者たちはバカにし相手にしませんでした。しかし民衆の声に後押しされセイヨウメギの除去をする法令が可決されます。これは、世界初の植物病害防除の法令です。
後に、セイヨウメギが黒さび病の宿主だと科学的に明らかにされました。

正しいことを知った時、正しい行動をする―

アリスと華子がとった行動も、正しい選択だったと、胸を張って言えるときがきっと来るでしょう。

参考文献
Diplocarpon rosae:Wikipedia
歴史に残る植物の病気2:公益財団法人 園芸植物育種研究所
印西市立印旛医科器械歴史資料館
いまさら聞けない黒星病(黒点病)の症状と原因。効果的な対策や治療法は:マイナビ農業
日本の農薬産業技術史(2):独立行政法人 国立科学博物館

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