マリみてSS「特別なただの一日」

お題:文化祭(2022/11/02)

胸の鼓動。
発汗。
喉の乾き。
分かっている。
これは、緊張だ。
リリアンに受験したときだって、緊張はしたけれど、これほどではない。
緊張は、期待の裏返し。
そりゃあそうだ。
山百合会の看板には、お姉さまや、顔も知らないこれまでの薔薇さま方の名前を背負っているのだから。
「蓉子も緊張するんだ」
「お姉さま…」
今は、一番会いたくて、一番会いたくないような、そんなお姉さまの顔。
「ま、なるようにしかならないし」
私は思った。
この人でも緊張なんてするのか、と。
「お姉さまは、緊張なさらないんですか?」
単純な疑問なのか。
それとも、緊張しているのは自分だけではないと思いたかったのか。
はたまた、なにか言葉をかけていただけないか期待したのか。
自分は今、どんな顔をしているだろうか。
疑問に思った顔?
なにかにでも縋りたい顔?
目を点にしたお姉さまは、伸びをしたあとに言った。
「蓉子は、もう少し肩の力を抜けるようになればいいわね」
「はあ…」
お姉さまは少し背伸びをすると、私の頭を撫でた。
「本番前に、カレーでも食べちゃうような、そんな気持ちでいればいいのよ」
「カレー、ですか」
そういえば、桜組は毎年桜亭と名乗って、飲食をやっている。いつかはカレー屋もやるかもれない。
「そう。それくらい肝が座った子が、私は好きね」
そんな子が山百合会に来てくれたら、なんて。
なるほど。入るとしたら、聖か祥子の妹になる。それくらいの子の方が、石頭な祥子の妹にはぴったりだろう。
「いい?蓉子…」
お姉さまは微笑んだ。
「今日は、特別な、ただの一日なのよ」
「特別な、ただの一日…」
特別な、と、ただの一日は、相反する言葉。
「そう。特別だけどね、所詮はただの一日よ。ありのままでいなさい」
「ありのまま…」
「私達は、あなた達に完璧なんて求めてない。そりゃあ、完璧な方がいいけれど、ありのままを含めてのあなた達なのよ」
365日のうちの、ただの一日でしかない。
今日という日だけが特別なんじゃなくて、毎日が特別で、毎日がただの一日なんだとお姉さまは言った。
「蓉子なら、失敗して紅薔薇さまに恥をかかせる訳にはいかない、なんて思ってるんでしょうけど、私達はそんなの望んでいないわ」
劇の開演時間が迫る。
お姉さまは後ろを向いた。
「ま、蓉子が失敗なんてするわけないと思っているけどね」
この人には、本当に敵わない。
そんなこと言われたら、失敗なんてできようはずもない。
「当然ですわ、お姉さま」
紅薔薇さまの名にかけて。
無様な紅薔薇のつぼみではいられない。
「行きましょう、蓉子」
ステージ裏には、他の薔薇さまやつぼみが集まっていた。
まもなく、幕が上がる。
そう、今日は。
特別な、ただの一日。

あとがき
マリみて本編での文化祭は「シンデレラ」と「とりかえばや物語」でしたが、今回は「シンデレラ」の前日譚というか、そこに繋がる話を考えてみました。
まだ初々しい蓉子さまを表現できたらな、と思って書きました。


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