マリみてSS「Impulse」

お題:島津由乃(2023/01/11)

「由乃は、菜々を応援していたね」
先刻かけられた言葉がこだまする。
「それでいいんだよ」
先刻かけられた言葉が残っている。
先刻行われた令ちゃんと菜々の手合わせは、勝敗もなく終わった。
引き上げた令ちゃんについていくことも、身支度を終え帰る菜々のどちらにもついていけなかった私は一人、剣道場に佇んでいた。
この手合わせは、菜々から言い出したことだ。帰り際の心底満足そうな表情は、きっと何かを得たのだろうと思った。
この手合わせを終わらせたのは令ちゃんだった。迷いのなかった瞳は、何かを見据えているかのようだった。
じゃあ、私は―?
私は手合わせの日を心底恐れていた。
何かが変わってしまうのではないか、と。
だが、終わってみたらどうだろう。
何かを得たのだろうか。
何かが分かったのだろうか。
何かが変わったのだろうか。
「変わらないよ」
心のコップに貯めきれなくなった思いは、ひとつ溢れてしまうと止めようがなかった。
「分からないよ」
かつて祐巳さんには、令ちゃんがくれたロザリオをあげてもいいくらいの妹を選ばないと、と言った。
でも、そんなのは選べない。
菜々は素敵な女の子だ。だからって選ぶの?
現状他に候補はいない。だからって選ぶの?
令ちゃんと手を離したくない。そんなことで決められるの?
江利子さまとの勝負の期限は迫っている。そんな決め方でいいの?
いつも由乃を支えてくれた手が離れた今、由乃は自由なはずだった。
それなのに。
「決められないよ」
糸が切れた操り人形のように。私は床にへたり込む。
静かに、頬を涙が伝う。
私って、こんなにも優柔不断だったんだ。
令ちゃんの手を離したくなくて。
菜々のことがこんなにも好きで。
どちらかなんて選べない。

「らしくないわね」
そう聞こえた気がした。
はっとして周りを見回しても、誰もいなかった。
その声は、令ちゃんにも、江利子さまにも、菜々のようにも聞こえた。
「私らしさ、か…」
自嘲気味にそう呟いて立ち上がる。
令ちゃんの手を離したくないなら、離さなければいいじゃないか。
菜々をそんなに好きなら、妹にすればいいじゃないか。
江利子さまの勝負から逃げたくないのなら、逃げなければいいじゃないか。
服の上から、胸元のロザリオを握りしめた。
そうだ。逃げていたんだ。
令ちゃんの想いからも。
菜々への気持ちからも。
江利子さまとの勝負からも。
でも、もう逃げない。
上等じゃない。
覚悟はできた。
いつも突き進むのが私、島津由乃なんだから。

あとがき
impulse。翻訳すると色々な意味を持つ単語なのですが、その中でも「(心の)衝動」「一時の感情」「鼓舞」という意味が心に刺さりまして書いたSSです。
AliAのimpulseという曲があって、これは僕がよくネット麻雀を打つときに流している曲で、歌詞がこれから新たな歩みをしようとしている由乃さんにダブったので参考にしました。


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