マリみてSS「If I Fell」

お題:福沢祐巳(2023/01/04)

季節は秋。
リリアン女学園は、もっぱら来月に迫った学園祭の話題でもちきりだ。
「もし、もしもよ?」
休み時間。
祐巳の前の席にいる、桂さんが話しかけてきた。
もしも。
つまりは仮定の話であって。
If+主語+動詞の過去形…って、さっきの英語の授業が頭に残ってる。
「もし、祐巳さんにお姉さまがいたらよ?」
仮定の話だから。
だから、私にお姉さまがいないから成り立つ話なんだけど。
「どういう学園祭を過ごしたいか、ってことよ」
仮定の話だから、想像でしか話すことは出来ないのだけれど。
想像で話すというのは、想像できるから話せるのであって。
実際の姉も、リリアンでの姉もいない祐巳には、その想像すらできないわけで。
「私、お姉さまはいないからなあ…」
そう言って苦笑いをした程度では、桂さんは祐巳を離してはくれなかった。
「いなくても、想像くらいはするでしょう?」
「想像、ねえ…」
そりゃあ、してみたいことがないわけではないけれど。
顔がいいわけでもなく。
勉強ができるわけでもなく。
運動ができるわけでもない。
こんな自分を、誰が好きになってくれるだろうか。
「そんな弱気じゃダメよ、祐巳さん」
お姉さまをとっ捕まえる、くらいの気持ちでないと。
そう言って桂さんは、虫取り網を振り下ろすジェスチャーをした。
「カブトムシじゃないんだから…」
でも。
憧れがないわけでもない。
お昼休みに昼食を一緒にしたり。
たまの休みにデートをしてみたり。
夏休みに一緒に旅行に行ってみたり。
学園祭をいっしょに廻ってみたり。
「お姉さま、か」
「お、祐巳さんもその気になってきた?」
「相手がいないことには、私だけがその気になったって仕方がないわよ」
休み時間の終了を告げるチャイムが鳴る。
次の授業の準備だ。
祐巳と同じように準備にとりかかった桂さんが、ふと振り返った。
「祐巳さんには、劇的な出会いがあると思うのよね」
「なんで?」
「今まで平凡な生活だった分、きっと一気にくるわよ」
「悪かったわね、平凡な人生で」
そう言って二人で笑った。
「それこそ、祐巳さんが大ファンの、小笠原祥子さまとかね」
その名前に、祐巳の心臓は高鳴った。
小笠原祥子さま。
小笠原グループの孫娘にして、リリアン女学園を率いる薔薇さまのうち、紅薔薇さまのつぼみ。
全校生徒の憧れの的で。
祐巳の憧れの人。
祥子さまが、お姉さまだなんて。
「それこそ、想像だけの話じゃない」
自分の動揺を悟られないように、そう言って話を切り替えた。
次の授業は現代文。
あの先生は早く来ることで有名だから。
そう思って、頭を授業モードに切り替える。
じゃないと、祥子さまとの姉妹生活だなんて。
想像しただけで、恥ずかしくなってしまうから。

学園祭まで、あと一ヶ月。
福沢祐巳が小笠原祥子と出会うのは。
もう少し、先の話―

あとがき
イフ  アイ  フェル。直訳すると「もしも私が落ちたら」なのですが、ビートルズの曲名「If I Fell」の邦題が「恋に落ちたら」なのです。
このタイトルは同名のバラから拝借したのですが、この曲が由来でしょう。
IFなので、もしもの話ということで、Are you レディよりも前の話として考えました。

イフ  アイ  フェル
分類:シュラブローズ
作出:コマツガーデン

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?