マリみてSS「もう少しだけ」

お題:松平瞳子(2023/04/19)

何事にも匙加減というものがあって。
その一線を少しだけ超えてしまうというのは。
いけないことなのであって。
「…あの、お姉さま」
「なに、瞳子?」
例えばこのように。
日差しが照る夏の日に。
冷房なんてない薔薇の館で。
「いい加減、離れてもらえませんか?」
いくら夏服になったからって。
後ろから抱きつかれては。
「ええ〜?折角姉妹になったんだからさ〜」
仕事にならなくて仕方がないのだ。
「これくらいのスキンシップくらいはさせてもらわないと〜」
全く、この人は。
大好きなお姉さま祥子さまが卒業なさった途端に。
「暑苦しいです。鬱陶しいです」
私は立ち上がって、その絡みついてくる身体を振りほどく。
「仕事にならないです!」
そのまま私はビスケット扉に向かって歩き出す。
「瞳子〜どこ行くの〜?」
甘えてくる身体と、甘ったるい声を置いて、私は薔薇の館を出た。

「あ、瞳子」
すれ違ったのは、白薔薇さまと乃梨子だった。
「ごきげんよう、白薔薇さま、乃梨子」
「また不機嫌な顔して…さてはまた祐巳さまに絡まれたの?」
聡明な友は目ざとかった。
「ご明察よ。全く、私に甘えてないで祥子お姉さまに甘えればよろしいのに」
いくら大学に進学なされたといっても、それで今までの関係を解消するほど祥子お姉さまは薄情な方ではない。
いや、あの方は祐巳さまが心底大好きで仕方がないのだ。甘えさせてくれることだろう。
私が乃梨子にお姉さまの愚痴を言っていると、白薔薇さまがフフッと笑った。
「瞳子ちゃん、変わったわね」
「ああ、同感」
いい意味でよ、と二人で頷きあう白薔薇姉妹。
「ほんの少しでいいのよ、変わるのは」
「ほんの少し、ですか?」
「そう。その少しが大事なのよ」
少し、か。
最初は、祥子お姉さまが取られてしまったようで、少しだけ嫉妬して。
二人が仲違いしたのが、少しだけ気になって。
祐巳さまの心に、少しだけ触れて。
祥子お姉さまに、少しだけ煽られて。
私の過去を、少しだけ知ってもらって。
そう思えば、その「少しだけ」を踏み出すのに、随分と時間がかかった気がした。
思い返せば、その「少しだけ」を踏み出すのに、随分と勇気が要った気がした。
「ありうがとうございます、白薔薇さま」
私は頭を下げ、踵を返した。

「瞳子〜遅い〜」
薔薇の館に戻り着席すると、待ちきれないのかまたお姉さまは私に抱きついてきた。
私は無視して書類を広げた。
「あれ?今度は振り払わないんだね?」
「別に…」
この人の気持ちに応えるのに。
自分の気持ちに気付いたのに。
少しだけ時間がかかったのだから。
「少しだけ、我慢します」
私達が、こうしていられるのも。
もう少しだけだから。

あとがき
祐巳と瞳子のお話。
本編では姉妹になったときにはお互いに達観というか成熟していたので、初々しいイチャつきを書きたくて書いたという…
完全に僕得ですね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?