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マリみてSS「Special Occasion」

お題:休日(2023/05/03)

―リリアンの生徒はいつでもどこでもリリアンらしくあれ
曰く、マリア様がみていらっしゃるから。
ああ、今日ほどこの言葉が骨身に染みたことはない。
願わくば、時を戻したい。
もし、こうなることが分かっていたのなら。
少し外に出るだけだからと、決まらないヘアスタイルのまま出かけたりしなかったのに。適当に見繕った服のまま出かけたりしなかったのに。
少し喉が渇いたからと、たまたま入った喫茶店。
「相席でよろしければ」という店員さんに、少し涼むだけだからと了承し、席に案内された私の前にいたのは。
「ロ…紅薔薇さま…?」
そこにいらっしゃったのは、紅薔薇さまこと水野蓉子さまだった。
「あら、リリアンの子?」
紅薔薇さまは読んでいた小説から顔を私に向けた。
リリアンの制服でない紅薔薇さまは、制服のそれよりも大人びて見えた。
見間違うものか。
なんせ、私は、水野蓉子さまの隠れファンなのだ。
紅薔薇さまは完全に動揺している私に「座ったら」と優しく声をかけてくれた。
おずおずと座る私は、完全に挙動不審で。
なんでこんな日に限って。
今日はただの休日であるはずだったのに。
恥ずかしさと、緊張とで、私は顔を上げられずにいた。
そんな私を見て、紅薔薇さまは、クスッと微笑んだ。
「あなたを見てると…祐巳ちゃん、いえ、紅薔薇のつぼみの妹を思い出しちゃうわね」
水野蓉子さまの妹、小笠原祥子さまの妹となった福沢祐巳さんは、一応同級生ではあるけれど、失礼ながらその存在はよく知らなかった。
「別にあなたを取って食おうってわけじゃないんだから」
固くなる必要なんてないわ、と。
とはいえ、そう言われて、憧れの水野蓉子さまを前にして、平常心ではいられないわけで。
「…そんなに、私って固く見られるのかしら?」
ため息がちにそう呟く紅薔薇さま。
「そんなことないです!」
私は、思わず声を出してしまった。
「えっと、そうじゃなくて…むしろ、かっこいい、です」
「かっこいい?」
「ええ。自立した女性、って感じで」
頭脳明晰。容姿端麗。優れたリーダーシップ。水野蓉子さまは、私達リリアン生の憧れだ。
「…紅薔薇さまは、どうしてここへ?」
「リリアンかわら版で見たのよ。コーヒーが美味しいお店だ、ってね」
「紅薔薇さま、リリアンかわら版、お読みになられるんですね」
「そりゃあ私だって読むわよ」
意外だった。紅薔薇さまにも、失礼ながら、そんな俗っぽい一面もあったなんて。
「私はね、思うのよ」
カップを一口啜った紅薔薇さまが、独り言のように呟く。
「もし他の生徒が、私達山百合会になにか敷居を感じているなら、それを取り去りたいの」
「…えっ?」
「同じ学び舎の生徒なんだから、そんなの気にしなくていいのに、ってね」
その後、私が注文をすると、紅薔薇さまは「同じものを」と言った。
「最初ね、『相席で』なんて言われて、変な男でも来たら帰るつもりだったんだけど、同じリリアンの生徒だと分かったら安心しちゃって」
そう言うと、紅薔薇さまはカップの中身を飲み干した。
「もう一杯くらい、付き合ってくれるかしら?」
「はい、喜んで」
私は笑って言った。
私達は、とりとめのない話をした。
それはまるで、姉妹のようで。
私は、たまたま持っていた学生手帳に、サインをお願いした。
名前しか書けないわよ、と苦笑いした紅薔薇さまは、スラスラとサインペンで名前を記入してくれた。
小一時間くらいお話しただろうか。
そうして私達は別れた。
この時間は。
特別な時間になったのだ。

あとがき
スペシャルオケージョン。「特別な日」といった感じでしょうか。
一般生徒と交流したがっていた蓉子さまを、一般生徒目線から書いてみました。
でもまあ、突然蓉子さまと相席になったら、驚きますね(笑)

スペシャル  オケージョン
分類:ハイブリッド・ティー・ローズ
作出:Gereth Fryer(英)

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