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相手は鏡、の思考を超えて

すごく意地悪な人がいて
それについて考えた時

よく相手は鏡だという考えがありますが

そこにモヤモヤしていました。

なんだか足りない
違う何かを感じました。


生きていると色々なステージがあって
プロセスを踏んでいきます。


例えば
傷つけられて
トラウマになって
その後怒りが込み上げる
同じような相手にでくわして
その人に怒りを向ける
気づき、許し

などです。

最初の段階で現れた意地悪な人は鏡なのか
それは違うと思います。

これを解釈するなら
学びのためのイベントと
わたしは思っています。

そして、その後現れる意地悪な人も色々で

再体験して思い出すためのイベント
それに気がついて
超えれる時になって出てくるイベント、

許しのために現れるイベント、

他にも自分の中を見せてくれるためのイベント

色々色々あると思います。


鏡だから、自分に意地悪な心があったのかな
自分はいじめられるに等しい存在だと思っているから
なのかな

なんてよく思っていましたが

ずっとがありました。


今わたしが知り得ていない先も
もちろんあると思います。

それはの方向へ向かうためのもの。


やっぱり苦しいです。

過程では何度も倒れたり
泣いたりします。

それはその先がないと思うから
ただ絶望していたのかもしれません。

苦しみや痛みは悪いもの、避けたいと思うから
他に意識を向けるのだと思います。

まっすぐに、
深呼吸して。

リラックス、安心は全ての鍵。
自分の中に答えは全てあります。

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