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ふりだしへ戻って、また進む。

物件探しは、どこか取引先やお仕事との縁探しに似ている。

自分がいいなぁと思ってアプローチしたり、どうしてもその会社、案件に関わりたいと願って働きかけても、先方には見向きもされず、ろくに返事すらもらえないこともあれば、思いもよらぬ方面から自分の持ち味を評価してる人(会社)に出会い、長年仕事で付き合うパートナーになったり。

今から十五年ほど前、大きめのコンペで仕事を獲得したことがあり、その時の担当者とは後に友人関係になり、ずいぶん経ってから、当時他の審査員は他の候補者(技術的に優れて、クオリティも安定している)を推していたけれど、自分が「技術的にはともかく、こちらの作品の方がより深い味わいがあって、読む人に伝わると思う」と熱弁して説得したという話を彼女から聞かされて、「はぁ、私ってほぼ落選するところだったんだなぁ。彼女がなぜか私の作品を気に入って上司を説得しなければ、こんな経験はできなかったのかぁ。あと、私ってやはり下手なのね」としみじみ、ぎょっとしたものでした。

その時に限らず、色々な経験を通して自分の残念さやパッとしない点については重々承知しているし、そんな中でたまに、上記のコンペのように身丈に合わないラッキーを享受する「何かの間違い」のような出来事に恵まれることもあるんだなと思い知る時、いつも、

捨てる神あれば拾う神あり

だなぁ、と思うのです。

捨てる神が大勢いたとしても、拾う神もどこかに必ずいるんだなぁ、と。たった一人、拾う神に出会えたら、オセロみたいに気持ちが一発逆転するような爽快さがあるよなぁって。

さて、そんな、「捨てる神の方が圧倒的に多い世界に生きている私」の、物件探しの話です。

以前今後の生活について、すごろくに例えて「1コマ進む。」、「2コマ進む。」、「3コマ進む。」、「一回休む。」という順に4回語ったことがありました。

要約すると、親の介護などの関係で数年実家に暮らしていた私が両親を見送り、一通りの手続きなども終えつつあるので、新天地で何か新しいこと(面白いこと)を始めようと計画した、というものでした(フリーランスなので、どこに住んでいても仕事に支障はないため)。

今まで家でデザインやイラストの仕事をしていて一番気になっていたのは〈いつも長時間座りっぱなし〉という点と、ペンタブレットで作業することによる〈右手指の血行障害〉でした。他にも眼精疲労、自律神経の乱れなど、色々ありまして。

そこで、「どうせ引っ越すなら店舗付き物件を借りて、たまにやって来るお客さんの相手をしながら立ったり座ったりする機会を持ちつつ仕事をしよう」と思い立ち、一連の記事の最後で「物件探しが始まったら、また続きを書きます〜」てなことを、のほほんとのたまっていました。

あれから三ヶ月。

物件探し(普通の住居ではなく、店舗付き物件の賃貸)は、想像していたより難しかった。

候補地は、西と東の数県にわたって4カ所。温泉&好きな小説や漫画の舞台&お気に入りの巨木またはお寺、神社がある&何度か旅して馴染みがあるところなどで、果たして1カ所の一軒に絞れるだろうか、なんて心配していたくらいです。

まず関東で気になっていた物件を見ておこうと仲介業者さんにメールで内覧希望を申し込んでみたところ、

「ご希望の物件にご案内する前に、まずお電話でお話ししておきたいことがあります」と言われ、

ああ、いわゆる瑕疵物件かと覚悟して、それでも一度見るだけでも…と思ったら、想像とは違った。

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獣臭(ケモノシュウ)がひどくて、おそらくニオイは取れないだろうと思います。猫屋敷にでもなっていたのか、理由は定かではありませんが…」

担当の方は「それでも内覧されますか?」ではなく、「他の物件を私の方で探してみて、明日か明後日にご連絡しますね」と仰ったものの、その後電話もメールもなかった。

もう一軒、別の仲介業者さんを通じて隣町の物件は見学できたものの、老朽化が激しく「どうでしょう…かなり状態が悪いので難しいと思いますが…」と、担当の方は諦めムード。

それでも、元理容室だったというレトロで可愛らしい白壁の店舗部分に惹かれ、長年放置されていて傷みが激しい住宅部分の、せめて一室だけでも改修工事をして最低限住めるようにできないものか、あるいは別に寝泊まりする部屋を借りて店部分だけを使えないか、「リフォーム業者さんなどご紹介いただけませんか」「家賃を下げてもらって部分的に利用するのは可能でしょうか…」などと問いかけるも、担当の方は「さぁ、私どもでは何も…。費用がかさむので大変ではないですか…」と恐縮するばかり。

ケモノ臭の方は見ることすら叶わなかったが、できるなら見てみたかったし、もう一軒の昭和感ただよう理髪店物件には私自身、十分魅力を感じたし、映画ロケ地のようなその界隈に立つレトロ物件の波ガラスや小窓にもときめいた。そこで暮らせば何か創作にも良い刺激になるのではなかろうかと思った。

けれども、業者さんには契約させようという気がなさそうで、老朽化はともかくまったく掃除されていない様子から、オーナーさん自身が建物を大事にしていないのは明らかだった。「相続直後に取り壊せないという事情から賃貸の募集を出し、誰も希望者がないのでやむなく取り壊すしかない、というストーリーを周囲に説得するために入居募集記事を出しているのかもしれない」とまで想像してしまった。私が娘なら時間と手間をかけてお金も少しずつかけて、良さを残しつつ住めるように直して行くんだけどなぁ。でも人にはそれぞれ事情があるしなぁ、と数日間は執着したものの断念。

他にも、ネットで見て気になっていた物件の外観だけを見ようとバスに乗ると、車窓から見えたのは「テナント募集」「売家」の看板が貼られたシャッター、シャッター、またシャッターで、数年前に観光で何度か訪れた時にはその静けさを気に入っていたのに、町の半分近く、いや半分強が空き家で構成されているように見えた。にもかかわらず、その地域の仲介業者の方も私の物件探しにはほとんど関心なさそうで、対応自体は丁寧だけれども、「相談に乗りましょう、なんとか探しましょう」という人は皆無だった。

そんなこんなで関東では物件に出会えず。

番外編として、関東在住の友人から「自分の住まいの近所に空き店舗があり、そこオススメ」との情報をもらい、ネットでみたところ予算内で広さも設備も申し分ない。思わず身を乗り出したものの、冷静に考えてみれば、そこは新興住宅地。当初の考え(ある程度観光地で人通りがあり、自分がそこで何か調べ物をしたいと思ったり、その土地の歴史や文化に興味が持てること)からずれてしまうなぁ…と。それで関東の2県は候補から消えたのでした。

その数日後、本命の西の候補地へ。

ところが、以前から予定していた物件見学について仲介業者さんに連絡したところ「週末は定休日で案内できない。またの機会に」と言われ(「それなら月曜日、午前中に可能ならぜひ」と連絡したが、結局返事は来ず)たので、自力で外観だけを見に行ったら、新築物件だというそこは、家と言うより〈寝泊まりもできる倉庫〉。ドアがなくシャッターのみ、風呂がなくシャワー室のみ、ミニキッチンとトイレは有るけれど、設備の欄に「エアコン」がない。もしそうなら夏は「蒸し風呂状態」間違いなしだろう。

レトロで情緒ある街並みのそのエリアは、いつか住みたいなぁと思っていた静かで美しい観光地。なので、一軒だけで諦めるわけには行かず、他に気になっていた物件も見に行ってみたところ、どうも「ここじゃない」感があった。

その家は、軒先のライトにツバメ避け用の大きなトゲトゲがついていて、ちょうどツバメが飛び交う季節だったので「確かに糞の処理が大変(空き家だから)だろうなぁ」と頭では理解はしつつも、なんだか、そのトゲトゲが私に向かっているように見えたのかもしれない。

翌日、予定していた最後の候補地の県へ移動して、調べていた物件を外側だけこっそり見て、良さげなら近くの仲介業者さんに見学希望を伝えようと現地へ向かった。

すると、ネットではその時点でも入居者募集中だったその物件には足場が組まれ改装工事中で、店舗部分の窓からタピオカミルクティーの幟が見えた。ああ、なんだもう決まったのかとは思ったけれど、さほど残念ではなかった。数年ぶりに訪れたその町には大型ショッピングモールが出来ており、物件のすぐ前の通りの交通量が激増していたのだ。

空き店舗は、世の中にたくさんある。だけど「私の店舗付き住宅」は、どこにもなさそうだった。

一部を除く仲介業者の方の対応や、物件から透けて見えるオーナーさんの、それぞれの建物や町への思いの希薄さに直面して、どこへ行っても「自分はここに強いて移住する理由がない」と感じてしまった。

でもきっと、たまたま時期が合わずご縁がなかったのだ。仕事もそう。人付き合いも。すべてはタイミングとご縁なのだ。

そんな私が、東西の物件探し旅を終え、荷解きも終えないうちに思い立ったのは、本当に最後の候補地でした。引っ越しを考えはじめた時から、ふと頭をよぎり、何人かの友人からも「あそこは?私好きだけどなぁ」と挙がっていた人気の町で、おしゃれな雑貨店なども多い。だからこそ私には敷居が高いと思っていた。

今これを書いているのは、市の公的機関で空き家と借主を仲介する担当窓口の方に面会した二日後です。これまでの物件探しの窓口だった業者さんとは違って仲介手数料は発生せず、もともと町のことを考えて作られた部署の方なので、話をゆっくり聞いてもらえたのでした。

そこで自分がどんな物件を探し、どういうことをしたいのか説明したところ、それがお仕事とはいえ、思いがけず親身になって聞いてくれて、気になっている物件のオーナーさんの人柄やご事情も率直に教えてもらえて、その段階で、なんだかもう「よかった。めでたしめでたし」と心の声が喝采をあげていたのでした。

わずか10分ほどの面談で、まだ何も決まっていないのに、その町の窓口の方の笑顔や、オーナさんのお人柄が伝わるエピソードに心底安心したのです。条件面での交渉はこれからで、予算には正直言って合わないし、希望者は他にもいるだろうし、どうなるかは分からないのですが。

「一度お会いになってみたら」と、窓口の方に、大家さんと直接会うことを勧めてもらって、これからお手紙を書いて面会とお部屋の見学を希望するところです。

物件探しは、仕事や取引先(クライアント)との出会いを求める活動にも似ている。もしかすると恋にも似ている。捨てる神あれば、拾う神あり。この話がまとまるかどうかは未知ですが、その町を歩いていると、定食屋さんや野良猫まで、ウェルカムと言ってくれているような気がするのです。そんな能天気なノリでいいのか分からないけれど、移住先はその町にすると決めました。

続きはいずれ、また。

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