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お金は物差し。

たとえば粘着コロコロクリーナーが売り場で複数あって安い物を選んだら、そちらにはカットラインがついていなくて斜めにビリビリになって使いづらく「高い方を買えばよかった」と落ち込んだり、安さにつられて買った食品用ラップが薄くて破れやすくうまく引き出せず斜めに切れて何周も無駄にしたり。
何かの値段にはそれなりの事情があるとは想像できるものの、謎は多い。なぜその値段なのか。本当はどの程度が妥当なのか、自分はどの値段の何を選ぶべきなのか。今回はそんなことに思いをめぐらせてみた話を。

1. 480円の服と11,800円の服。

近所の古着チェーン店では表に98円、280円の衣類がハンガーラックに吊るされ、店内には480円、780円、980円の商品がアイテムや色ごとに展示され、いつも閉店時間まで様々な世代の男女で結構賑わっている。
私も時どき部屋着に出来そうな480円のTシャツやワンピースなどを買うけれど、店内の価格探訪も楽しい。

たまに意外なデザイナーズブランドの商品が無造作に紛れていたりして、だけどそれには480円の札がついている一方で、ユニクロの定番商品に780円がつけられていて、「へぇ、定価はこっちの方が圧倒的に高いはずなのにユニクロ強いわ」などと学ばせてもらっている。

そんな私は、今年久しぶりに新品の洋服を(セールで)買った。
長いことファンで、だけどここ10年ほどはデザイン(シルエット)的に少しずつ自分の好みと距離ができたそのブランドからは会員向けメールが頻繁に届くのでたまにサイトを覗くものの、相変わらずいい値段するなぁ、形がちょっとなぁ、などと思ってすぐ閉じることが多い。たまに欲しいものがあっても、うーん、どうしようかなぁと思っているうちに売り切れている感じ。
ただこの夏はセール初日にオンラインショップを見に行って、「まぁ、このブラウスなら着るかなぁ」と、気に入ったのと妥協との混ぜこぜになった不思議なテンションで一枚買ってしまった。

私が数年前からうっすら探しているのはシンプルで着回しのきくギャザーブラウスなのだけど、半袖でも七分袖でもシンプルなものほど人気が高くてすぐに売り切れるか、残っていても値下がり率が低くて、例えば定価29,700円のものがセール価格でも22,000円程度にしかなっていなかったりする。
一方、ベースは似ているものの、少し変わったデザインの方は定価は同程度の値段なのにセール価格は11,800円まで下がっていて、私が買ったのは後者だった。なぜ、ややこしいデザインの方を買っちゃったのだろう。
衣類に人格があるとは思わないが、その値下げされすぎたブラウスへの判官贔屓があったかもしれない。
近所の古着店でユニクロの定番品が高い(同じユニクロでもデザイナーコラボの服は安め)ように、シンプルなデザインは誰にでも着やすいのですぐ売れて、少しクセのあるものは着る人を選ぶ=売れ残るから値下がりするのだなぁ。
セールでまた一つ世の中を知った。

2. 3,000円の歌舞伎と10,000円のブロードウェイ・ミュージカル。

話は変わって、先日はじめて新橋演舞場で歌舞伎を見て、そのお席(3階B席)の料金が3,000円だった。

その前日、ブロードウェイ・ミュージカル「ウエストサイドストーリー 」のB席(最安の席)に1万円を使っていて、同行の姉はその公演を観るためだけに新幹線で遠征してきていたので、翌日は出来るだけ安くて涼しい空間でゆっくり楽しめるエンタメをプレゼントしたいと思って、チケット掲示板(行けなくなった人から定価で譲渡してもらえる)で探して見つけたのが『新作歌舞伎 刀剣乱舞』だった。
私たちの好きなミュージカルの演目でもそれぞれ活躍されていた尾上松也さん、尾上右近さんが出演されるというだけで決めたものの、刀剣乱舞が何かもよく知らず。けれど初心者でも何かしら派手で華やかなショーのような感じで楽しめそうな演目だろうと思って臨み、結果、公演中は全身で舞台を楽しみ、幕間に新橋演舞場の全階をぶらついたり、終演後に徒歩数分の歌舞伎座ビルにも見学に行ったり、大満足の時間を過ごせた。
「3,000円で3時間半近くこんなに楽しめるなんてすごいお得!何これ最高〜」

ただ、3階B席の私たちが座ったのは東側の手前で、花道はバッチリ見えるが舞台の4分の1ほど見切れるためどの場面でも「誰か喋っているけど姿は見えず」の状態が発生。ああ、なんとももどかしい…
ただ、それこそ、それでこそ3,000円だと、むしろ安堵した部分もあった。
こんなに安くて全て見渡せてしまったたらもう一生3,000円の席で良いことになってしまうから、もっとセンター寄りの席で見たいとか、役者さんに近づきたいとか、はっきり差をつけてもらうことで「自分の好みや身の程に合う席」を今後探る楽しみが確保されたような気がするのだ。

撮影が許されたカーテンコールの様子(手前の見切れ具合はこんな感じでした)。
普段の歌舞伎ではカーテンコールはないそうで貴重な光景だとか。

その前日のブロード・ウェイミュージカルも観るのは初めてで、私と姉は「ウエストサイド物語」(映画)を昔から実家でビデオで何度も見ていて楽曲とダンスが好きで、以前宝塚宙組版の「ウエストサイドストーリー」にも姉と観に行き、その後スピルバーグがリメイクした映画も見て、ついに今回本場のミュージカルが来日公演をするというので満を辞して観に行ったのだった。だけど3階B席(ほぼ最後列)で10,000円。

劇場では翌日の追加チケットも売っていて、S席限定の販売で、週末料金で16,000円ほどしていたので諦めたが、一度でも生で観ることができてよかった。ダンスと歌がとにかく素晴らしかった。セットも演者たちが動かすところがよくて。
しかし考えてみると、私の好きなブランドの欲しかったけど買えなかったブラウスの正規料金は約29,000円。ウエストサイドの舞台S席1回(16,000)とB席1回分(10,000)と歌舞伎B席1回分(3,000)の合計分に相当するのだけれど、それを比べたところで意味があるのかどうか。ブラウスがとても高いのか舞台がお得だったのか。金額の謎だ。

3. 宝塚歌劇 B席(二階)3,500円と温泉宿一泊2食1万?千円

一時期、「会」と呼ばれる宝塚の男役スターさんの私設ファンクラブに入っていたときには、取次いでいただいて8,800円のS席で観ることが多かったけれど、退団されてからは観る頻度も少なくなり、3,500円のB席で観ることが増えた。最近は気になる公演だけ当日のライブ配信を利用して観る程度で、その料金も3,500円(生配信を一回視聴できるのみ)だ。
以前、かなり前方のチケットが取れて姉に譲ったところ、タカラジェンヌさんを近くで見られる喜びより、前の席の人の頭で舞台の一部が見えないことへのストレスをより感じたらしく、私もいろんな席に座ってみた結果、どんな後方でも良いのでセンター(舞台に対して正面、中央)席が良いと結論が出て、それ以来5,500円のA席か3,500円のB席のセンターブロックがお気に入りだ。

宝塚やその他の舞台でいろんな座席を体験して「自分の好みと身の丈に合う席種や位置」を見つけたように、温泉宿にもある時自分は「この価格帯の宿」と決めた基準がある。
少し支障があるので金額は伏せるけれど、その価格帯で泊まると部屋のふすま や障子が破れていたり、設備が古かったり、多少気になる点はあるものの、おおよそ満足な一晩が過ごせる。それより安いと食事やその他で気になる点があったりするし、逆に自分にとってはお高めな宿に泊まった時にはお世話係の人が頻繁に訪れて、布団やお膳を上げ下げされたりすることで案外気疲れしたり、高いお金を払っても結局寝て起きたらあっという間にチェックアウトで結構なお金がふわっと消えてしまう気がするとか、あるいは高級ホテルに憧れて泊まった翌朝の廊下に掃除用具が置かれたバタついた光景を見て興醒めしたり、「こんなに出しているのに」と期待外れに思うことなどもあって、色々な経験から、高くはないけど激安でもない「自分の好みと身の丈価格」を見出したのだった。

テレビの旅番組で豪華な離れの宿泊施設が紹介されるのを見るたび、「あんな広い部屋で静かに一泊するより、よそのグループと食堂で会ったり、小さな売店を覗いたり文豪かもしくはサスペンスの撮影で俳優さんが立ち寄った逸話が紹介されているコーナーを眺めたり、マッサージ機や木のパズルが置いてあるような施設がいいなぁ私は」とつい思ってしまう。

4. 3,000円程のモノ、コト、あれこれ

・スタバのカード、クッキーギフト
人から何かのお礼でいただくことが多いのがスタバの額面3,000円のカード。
一方、自分が人様に差し上げるスタバを含む金券は2,000円分くらいなので、いただくたびに私は恐縮してしまう。
昔、二千円札が登場した時、「ああこれで、ちょっとしたお礼やお気持ち代として三千円ではなく二千円で済ませられるわぁ」と安堵していたのに、世の中では普及せず、沖縄以外では今やほとんど流通していない。
そして近頃、ファッション雑誌などで「人気の手土産」としてよく登場しているのが可愛いデザインの箱や缶入りのクッキーの詰め合わせギフト。
家で仕事をする身にとって、またコーヒー好きにとって、クッキーの詰め合わせはとてもありがたくて、いただいたものを気に入って検索すると、3,000〜4,000円が相場のようだ。
これも私が人様に差し上げる場合には、アンリシャルパンティエのクッキー詰め合わせ「プティ・タ・プティ」の最小Sボックス(1,296円税込)かMボックス(2,160円税込)を選ぶことが多いので、やはり人様のギフト価格と自分のギフト価格には千円の差があるように思う。たかが千円、されど千円。すみませんて感じです。

・フラワーギフト、ギフトカタログ
これは、歌舞伎や宝塚歌劇の3,000円台でのコスパ・満足感とは逆の印象になる代表格かもしれない。
人様に花を送る時、たとえばお悔やみのお花、お祝いのお花、どちらにしても3,000円のものは見た目的に小さく、どこか寂しい気がする。
店頭で持ち帰る同額のお花より遠方に届ける場合はそれなりにアレコレ差し引かれるのは当然なので、3,000円のイメージのアレンジメントを希望する場合には、実際には4,000円以上出す必要があるような気がいつもする。
ギフトカタログも最安の3,000円コースを特に自分が送る側になったときに「どうかなぁ、この中で欲しいと思ってもらえる物あるかな」と少し心配になる。でも送料や手数料がかかるのだから、もの自体が3,000円に見えなくて当然なのだ。

・エコバッグ
私は鞄は「軽いこと」が最優先なので、どうしても3,000〜4,000円台のエコバッグやトートバッグなどを買ったり手にとってみることが多い。
好きなのは、一見革に見えるけど合皮(軽い)のトートバッグなどで、この前いつものように、3,000円くらいだろうと手にとったものが16,000円くらいしていて、「物価、どうなってんの」と混乱してしまった。
もしかすると作業工程やデザイン料を考えると高い値段の方が正常なのかもしれないし、自分が手作りして売るならその値段をつけるかもしれない。けれどそんな時はひとまず「ここはきっとある程度高めのお店なのだな」と自分を納得させて終わることにしている。それが百貨店ならともかく、商業ビルのテナントには安い店とこだわりの店が混在していて、値札を見るまではどちらか(安いか高めか)分からないことが多いのだ。

近所の古着店で480円の服を買い慣れると、新品なのに1,900〜4,000円あたりで売っている綺麗な縫製の衣類を見ると、「どうなってこの価格になってるのか。ちゃんと労働者に対価は支払われているのか」ととても心配になる。ユニクロだけでなく、生活雑貨や家具、衣類も売っている最近店舗が目立つ人気店の安さにも謎がいっぱいだ。
一方、個人経営の輸入雑貨店で色鮮やかなワンピースが展示されていて、「わぁ素敵、外国の映画に出てくる中年女性がこういうの着てるよね」と値札を見たら76,000円と表示があってギョッとしたり(その販売価格は縫製者やデザイナーや流通関係に支払われる対価から考えると適正なのかもしれないが)。物の値段の差が大きすぎて、安いものは安すぎる気がするし、高いものは高すぎる気がするのだけど、もしかするとその中間の値段にしたら何も売れないのかもしれない。

・仕事で手にするロイヤリティ(使用料)

ここまで、3,000〜4,000円という金額のモノやコトについて書いてきたけれど、自分の仕事でも、その額は無縁ではない。

たとえば雑貨などのキービジュアルデザイン(イラスト)を納品して、その報酬とは別に、いくつかのアイテムに展開する場合や、後になってから別の企画で一部だけ再利用するなどの場合に、著作権を持っている私に使用料が支払われる(不労所得分)のだけれど、その最小単位が3,000円である場合が最近多い。

不思議なことに、自分が人様にギフトを選ぶ時には3,000円より2,000円以内に抑えようとするケチ精神が働くくせに、自分がお仕事で「いただく」立場になったときには3,000円という金額は「非常に少なく」感じるものだ。
(と同時に私の生活はそうしたことの積み重ねで成立しているので3,000円に心から感謝している)
同様に、自分が払う立場になると16,000円の座席や27,000円のブラウスはとても大きな額に思えるけれど、その額で何かの仕事を受注することを想像すると「わぁ、それだと厳しいな」となる。
しかし人間の暮らしには生活費や社会保険料、税金というものがのしかかってくるし、日々細々消えていくお金のほとんどが目に見えにくいもので構成されているのだから、娯楽費と同等の金額で仕事をしていてはダメなのだ、そりゃそうだ。
これまで座席や温泉旅館の価格帯を自分自身で見つけてきたように、これからは自分の仕事にふさわしい金額とお客様の満足、その兼ね合いの位置をもっと探って、精進したい。

5.円が結ぶ縁がある

おわりに。

最近、宝物を手に入れた。

2020年、当時住み始めた街のガイドブックを作ろうと思い立って、制作費をクラウドファンディングで広く求めることにした時のこと。
支援金のコース2,000円、3,000円、5,000円、10,000円と用意した中、1万円を出してくださった方の中に一人、見知らぬお名前の方を見つけて、どなただろうと思ったら、兄がSNSで「妹がこういうことをしています」と投稿したのを見て、私の「お願い文」を読んで賛同してくれたという元同級生の方らしかった。
その方は仏画(曼陀羅)を制作するなどされている長谷川智彩(チサイ)さん。
いつか作品を見たいと思いながら、その後感染症の蔓延などがあり、なかなかそんな機会がないまま年月が過ぎ、その後私は関東に越してきて(長谷川さんも関東在住)一年近く経ち、今年の2月ごろ、ようやく百貨店で展示会をされると兄から聞いて足を運んだのだった。

彼女は曼陀羅とは別に、仏画や仏像の衣を表現するための技法「截金」を用いた漆器の工芸作品も制作されていて(その際の作家名は長谷川天幸さん)、お茶道具などの展示販売会だということだった。
それを知って事前に心に決めていたのは「支援していただいた1万円と同程度で、何か好きなものがあったら買おう」ということだった。
それでいざ売り場に着いてびっくり。桁が違った。ゼロがいっぱい。えっと…二百数十万円…?
最後に百貨店の方に記念写真を撮っていただいて、その下にほんの少し作品が映っていたのでご紹介(奥にとてつもない精密な総柄の作品群があったのだけど気後れして撮りそびれ)。

横浜高島屋で開催された長谷川天幸「截金工芸作品」より

画面の左のところで実演を少し見せていただけて、金箔を竹刀で細く切って、それをそっとつまみ上げ、漆器に筆でふのり(接着剤)をつけておいて貼り付けていく、と言葉にするとシンプルなのだけど、これが気の遠くなるような作業の繰り返しで。
展示作品の端に小さな額が並べてあり、その額を選ぶと後日、作品を入れて送っていただけるというので、思わず注文した。
その価格、14,000円也。
その額を頼んだ時に希望の絵柄を聞いてくださったので、「大きな桜の4分の1くらいがこの辺りにあって、周辺に花びらがいくつか舞っている感じで」と図々しく頼んで会場を後にして…数ヶ月経過。途中「文化財の修復の仕事があって制作が遅れています」との連絡があり、その後さらに待つこと数ヶ月。私のもとに、ようやく作品が届いたのだった。
それがこちら。この額、とっても小さくて桜の繊細さが如何なるものか伝わるでしょうか。私がイメージした通りの構図で、想像した以上の繊細さで仕上げていただいて感動。

あらためて、この世には値段でははかれないものがあると実感した。
毎日廊下を通るたび、出かけるために玄関に立つたびに、この額をちょっと見て「ほぉ…」とうっとりする。自分が誰かに助けて欲しかった時に、文章を読んで賛同して1万円を授けてくださった方。それは1万円の額面よりもっと大きな力になって背中を押してもらえた。その時の喜びや、他に助けてくださった方々の存在が蘇る。
額から取り出すと柄が端まで入っているそうで、見え方がまた異なるそうなので、何か今後良い仕事ができた時にでも、額から取り外して全体を見るのを楽しみに生きたいと思う。

*今回のヘッダー画像には今回話題に出したものの他に、自分が思いつく3,000円のアレコレ(美容院のトリートメント代、以前買っていた日焼け止め3,000円台と、今買っている無印の日焼け止め、最近よく見かける豪華なパフェ、など)を描きました。