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プラセボ探偵 光永理香

4 エスニックブーム

「タイ料理ブームは来ないよ」
男は笑いながら私を指差した。
「あんた、頭おかしいんじゃないの」
「バブル時代にエスニックの料理ブームが既にあったじゃん。今更タイ料理だけブームにはならないよ」
 私は表情をかえず答えてやった。
「トムヤムクン」
「マッサマンカレー」
「ガイヤーン」
「ガパオライス」
「カオマンガイ」
「パッタイ」
「ヤムウンセン」
「どれもタイではポピュラーな料理よ」
「あなた、ひとつでも食べたことあるの?」
「どんな料理かわかるの?」
男は黙ってしまった。
それでも思い出したかのように私に言い返した。
「あんたは食べた事あんのかよ」
私は自信持って答えた。
「食べた事ないわ!」
男は怒りを滲ませながらいう。
「じゃあ、なぜ今更タイ料理って言えるんだよ」
また自信満々に答えてやった。
「まずスパイスを使った辛い味わいよ」
「それなら以前のエスニックブームで需要は終わっているぞ」いつの間にか男は私の顔を見ながら話している。私も男を見据えて話し続ける。
「そして辛く無い料理もある所よ」
「あと、パクチーも注目されると思うの」
男は首をかしげて「パクチー?なんだそりゃ」
私は勝ち気なって反論した。
「絶対流行るわ!流行るに決まってる!」
男は我に帰って
「やれやれ、どっからその自信が出てくるのやら」
「まあ、あんたの話しは聞いてやったんでこれで満足だろ。じゃ俺も暇じゃないんで行くわ」
男は立ち上がって言う。
「じゃあな」
かぶせ気味に私が言う。
「あなた、米の横流ししてるでしょう」

 男の名前は、開 雅彦と言うらしい。
農水省の中では、苦情処理係みたいな仕事をしている。当然、私以外にも米騒動の文句を言いに来る人は沢山いたらしい。
 逆に米が余っていてどうしたら良いのか聞いてくる馬鹿正直な米農家もいたらしい。
自宅用にこっそり隠しておいた米を持て余したらしい。
 その米を元の流通にもどして差し上げますなんて
言って純粋な米農家を騙しては独自のルートで売り捌いているらしい。

 開 雅彦は一瞬動きが止まったように見えたが
またこちらへ向き直って嫌らしい笑みを見せた。
「なんだ、変な言いがかりはやめてくれよ」
「俺の職場で変なこと言うなよ」
私はたたみかける。
「証拠ならあるわよ」
「あなた職業がら知り合ったお米屋さんを窓口にしてお米を受け取っているでしょう」
「そのお米屋さん、私のレストランにもお米配達してくれているのよ」
 開は黙って聞いている。
「そのお米屋さんがあなたとのやり取りをテープに録っていたのよ、聞いてみる?」
「お米屋さんもうあなたの片棒をかつぐのはもう嫌だって」「それで私がヒトハダ脱いだわけよ」
 開はガクッと肩を落とした。
 そして壊れた。
「俺はただ余っている米を相場の価格で販売しただけだ!」「米を高く売るのが悪いなら日本全国犯罪者だらけだろ」

 私は開の言う事も一理あると感じていた。
日本人はどうにも自分さえ良ければそれで良いと言う所がある。
ボジョレーヌーボーを買い占めたり、ハワイやロスの土地を買い漁ってみたり、アメリカの象徴と言われるようなビルも買収している。
世界的には恥ずかしい限りだ。

 ただ開のやった事は許せないので罰は受けてもらう。公務員が仕事で得た情報を故意に悪用した場合は懲戒免職だ。それはお米屋さんのテープを開の職場に郵送する予定だ。これで開は終りだ。

 でもそれではタイの人々は救われない。

せめて今、日本にあるタイ米を全部日本人に食わせてやると思い込んだ。

 それで開を利用することにした。
もし上手くいったらテープを送るのを考え直してやるとか言って協力させる事にした。
 開にはアイドルの「M沢Rえ」と「G藤K美子」に共演させタイ米のCMをやらせろ、全部で12パターン一年間流し続けろと命令した。
 開のどこにそんなチカラがあったのか驚いたが、程なくして二人のCMは流れ始めた。
 私の思った通りCMは一年間大反響を呼んだ。
タイ米から火が付きタイカレーブームが起きた。
売れ残るはずだったタイ米はあっと言う間に完売した。

 だが本当の意味で日本人がタイの国を敬い本国へ赴き本場のタイ料理をいただく日はもう少しだけ先の話しのようだ。そうらしい。

 あっそうそう、開雅彦の職場にテープは送った。
私の一番明るい楽しそうな声を吹き込んで・・・
「職場の皆さ〜ん、開雅彦は競馬の安田記念でヤマニンゼファーの万馬券を当てていま〜す!おいしいタイ料理を奢って貰って下さ〜い!」

 ホッとしながらも崩れ落ちる開雅彦をよそに、ラジカセの周りは歓喜に包まれた。

つづく(4/52毎週日曜日20:00更新)


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