帰り道(ウラジオ日記36)

ウラジオストクに着く頃には夜がもう降りていた。お土産も買ったし、特にしたいこともない。飛行機までの時間をもて余しながら、町をふらつく。バッグの中には、お土産に買ったワインが二本入っていて肩が重い。受託手荷物ができないチケットだったから、ワインは飛行機に持ち込めずに没収されることになる。係員が乾杯してくれたらいい。

愛着の湧いた町を見るでもなく眺める。昨日目に焼き付けてしまったから、今更見ることはない。薄情な愛着。港町で過ごす退屈な夜。噴水通りは相変わらずきらきらとしていて、カップルが歩いている。スーパーでビールを買う。並んだ缶ビールの中に一つだけ日本語が大きくプリントされたものがある。「お米」と大きく書かれている。INSPIRED BY JAPANESE BREWMASTERS と小さくプリントされた安い缶ビールは、意外とおいしい。

そういえば大きい噴水のそばにいつも並んでいるお店があったなと、最後に入ってみる。閉店30分前だからか、すんなりと席に座れる。そこはグルジア料理店、ハルチョーをまた食べてみようと頼んでみる。こないだ食べたハルチョーより味が濃い。酒が進む味。こないだの方がおいしかったけれど。ハルチョーはお店によって、家庭によって、全然味が違うらしい。また食べてみたい。

お店の人にタクシーを呼んでもらう。行き先を告げると、店員がもう帰っちゃうのねと寂しそうな顔をする。調子いいな。悪い気はしない。このお店が人気なのは味というより店員に因るところが大きいのだろう。やたらにフレンドリーな店員が接客してくれる。店員同士も仲が良さそうだ。誰かが祝われている拍手が聞こえる。やがてタクシーが来る。店員とハイタッチして別れる。

タクシーは日本車だったから、画面にエンジン量が日本語で表示されている。車に詳しくないからよくわからない。SUZUKIだか、HONDAだか忘れたけれど、それを言ったら、運転手がいろいろと聞きたそうにしている。スマホを取り出すと、翻訳アプリをダウンロードして聞いてくる。日本だとこの車はいくらするんだと聞いているらしい。全然わからない。20年落ちの中古車。車屋の風景を思い出して、20万くらい?と適当に言ったら、そんなに安いのかと悲しそうな顔をする。200万円したらしい。日本の平均月収は?お前は車を持っているのか?なんで買わないんだ?何ヶ月も給料を貯めてこの型落ちを俺は買ったんだ、燃費も悪いんだ。と色々言われたが、免許もないし、車も好きじゃない僕には答える言葉がない。俺はロシア人だけど、日本人に似ていると言われるんだと言って、こっちを向く。確かに日本人っぽい顔つきをしている。車に詳しくないからさっきのはぜんぶ間違っていると思う、と言うと笑っている。少し悲しそうに。

空港に着くと、持ち合わせがなかったからATMで降ろしに行く。一緒に空港に入ると、下ろした金を渡す。いくらかまけてくれた。最後握手して別れる。また握手をした。この旅行中、毎日誰かと握手をした。みんな厚ぼったい手をしていた。

空港の売店で見てみると、マトリョーシカは市内よりもはるかに高い。ワインを郵送しようかとも思ったが、空港に郵便局はなかった。町の郵便局から出した絵葉書は日本に届くのだろうか。自分宛にも送ったから楽しみだ。

また韓国経由で帰る。旅行記ももう終わり。帰ってきたときには土産話なんて2,3個しかないと思っていたけれど、意外と書けるものだ。夜に打ち上がった花火や、シベリア鉄道の車窓の美しさで話を終えれば、きれいにしまっただろう。でも、こういう蛇足が、退屈が、無駄とも言える時間が、誰かに話すほどでもない時間が、旅行の一番の醍醐味だと思う。もの悲しい退屈を大事にしていたい。

終わるのも寂しいので、これから少し嘘を書こうと思う。ではまた。

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