魔法劇場(ウラジオ日記37)

ウラジオストクにはいくつか劇場がある。演劇、オペラ、バレエ、サーカス、人形劇、劇場文化が町を彩っている。中でも感動したのは魔法劇場だ。日本語で書くとおかしな感じがするが、英語にすればマジックシアター。マジックの上演が日夜行われている劇場である。

マジックと言うとタネも仕掛けもあるものをイメージするが、それを翻訳した魔法という単語にはトリックの匂いはしない。魔術も奇術も手品も英語にしてしまえばマジック。ならば魔法と言う日本語の方が魅力的に思えるのは私だけだろうか。

大きな工場の裏、下水の匂いがほんのりと薫る暗い通りの奥に劇場はある。ひとりでは少し躊躇われる怪しい雰囲気。それでも人通りはあって、流れに沿って歩くと赤い幕の前にハットを被った売り子がチケットを売っている。一枚買うと、中に入る。通りから見るよりも中の方が広く、やわらかい椅子に座ると少しだけ軋む。

やがて劇場が暗くなると舞台上に登場したマジシャンにスポットライトが当たる。魔法も奇術もマジックなのに、使い手はウィッチかマジシャンと語彙を分けられているのは不思議だ。魔法使いか奇術師か。想像していたよりもずっと若いマジシャンは、恐らく子どもだ。中性的な顔立ちをしていて、少年か少女か判断しかねる。

何か喋っているが、ロシア語だからわからない。時々笑い声が上がる。目を凝らすと何かが暗がりを動いている。何だろうと思っていたら、舞台全体が明るくなる。それはトラだった。ウラジオストクの象徴であるらしいトラだ。サーカスでも見なかったのにここで見れるとは。トラはのろのろと舞台を歩き回っている。マジシャンが声をかけると、トラはぴたりと止まる。果たしてこれはマジックなのだろうか。あるいは調教か。それからまた声をかけると、トラが吠える。肉食の咆哮はやはりこわい。先祖の記憶が甦るのだろう。それからもう一度声をかけると、トラがまた吠える。少し違う風に聞こえる。もう一度、さっきよりも高い声で吠える。それから手を差し出すとお手をして、また吠える。どうやら犬の真似をしているらしい。そう言われてみればそんな気もするが、いずれにしろ肉食の彷徨、お手をしている様を見せられても、こわさが勝ってしまう。それで終わりみたいでトラが舞台から去っていく。ホームとでも言われたのだろう。

お客さんが引いたトランプを当てるマジックや、水晶玉が浮遊するマジック。見たことのあるのが続く、それでも雰囲気に中てられて、とてもそれらは魅惑的に見える。最後舞台に大男が立つ。それから舞台袖から箱が出てくる。箱と言っても四角い箱ではない。大きい丸の上に小さい丸を重ねたような形をしたその箱は、どうやらマトリョーシカを模しているらしい。真ん中に切れ目が入っているようで、上の丸が外されると男は中へと入る。球体から顔を出した男はどことなくかわいらしい。それは大男にぴったりのサイズをしていて、再び上の球体をはめるときれいに収まる。

マジシャンが剣を取ると、さっきの切れ目から真っ二つに切られる。剣に血はついていない。3、2、1、カウントダウンと共に切れ目から再び上の部分が外されると、中から小柄な女性が出てくる。拍手が起こる。そしてまた、女性が中くらいの箱に収まる。そして剣で真っ二つに切られる。3,2,1、カウウントダウンと共に切れ目から上の部分が外されると、今度は小人が出てくる。大男に小人、何か昔の見世物小屋のような雰囲気である。

小人が再び箱に収まる。今度はどうするのだろうと見ていたら、さっきの箱が二つ出てくる。小人の収まった箱が中くらいの箱に収められ、それが大きい箱に収められる。一度回転すると、また順番に中くらいの箱、小さい箱と取り出され、舞台に並べられる。カウントダウンと共に、箱が開くと、大男と女性と小人が箱から顔を出す。やっぱりその姿は少しかわいらしかった。

大きな拍手と共に公演は終了した。最後のマトリョーシカのマジックはどうやら名物のようだ。確かにロシアでしか見れそうにない。

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