『夢日記』 2019/02/16 21:11 (age 20)

 バニラアイスクリームで冷えてしまった舌を、キスであたためる。
 それにも飽きた。
 再びスプーンでアイスをすくい、口元へ運ぶ。急速な温度の変化で痺れた私の舌先は、ゆっくりと唇をなぞっていく。MOW バニラ、乳化剤・香料不使用。一昨年だっただろうか、東京都写真美術館で開催された「センチメンタルな旅」展に足を運んで以来、こればかり味わっている。
 荒木経惟と、今は亡きその妻・荒木陽子の新婚旅行。その旅路で二人が乗っていた新幹線の窓際に、MOW バニラが写っていた。昔のパッケージって、やっぱりこんなに庶民的だったんだな。そんなことを考えながら、次の作品へと視線を移したとき、ふいに涙がこぼれた。その水滴は唐突だった。


 最近、私はとある人物の日々の記録にお金を払い、それを定期的に読んでいる。需要と供給の美しい姿。便利な時代になったものだ。
 しかし、そんな私は日記を書くことが苦手。明日にはいなくなっている今日という私が行った事柄、浮かんだ一瞬の感情、或いは誰かの行動を記録することに、一種の恐怖を感じてしまう。毎朝ベッドで目覚めるたび、知らない自分に出会う。私の自己同一性は希薄で、今日は昨日の続き・明日は今日の続きといった極めて単純な事実を認識するのにも、抵抗がある。その原因はわからないし、離人症すれすれのこの感覚を、むしろ物珍しさあまりに面白がっている部分もあるだろう。サルトル『嘔吐』は人生のバイブル。
 だから、今までnoteに投稿してきたテクストはすべて虚偽に基づいている。こっそりと誰にも見せることがない、ピーターラビットの鍵付き日記帳にだって、私は具体的かつ詳細な日々を書き付けることを行ったことがない。そして、恐らくこれからもそうだろう。

 それでも、今日だけは練習として日記を書いてみようと思った。

 私の名前は××××。東京都渋谷区恵比寿出身、現在は東京都港区某所に住居している。大学2年生。アルバイトは3つ。習い事は3つ。所属しているサークル・部活は4つで、現在は代表と副部長を務めている。院受験予定の文学好き。これを書きながら聴いているのは欅坂46「二人セゾン」、私がとても大好きな曲。次のトラックは東京事変「修羅場」。朝食はトマトとオニオンのタルティーヌ、海外輸入したビタミンCグミサプリ3粒。最近はスマートドラッグに興味を持っている。習い事の地唄舞をして、帰宅して昼食はフェットチーネとカプレーゼ。トマトを愛している。メゾンカイザーのクロワッサンが大好きで、大学のお昼はいつもそれを購入していた。あとは、同じくメゾンカイザーで購入可能な南フランス産・棒付きキャラメルキャンディー。それをなめながら、コクトーの全集を読むのが好きだ。白玉クリームあんみつが大好きで、上野で美術館巡りをしたら、絶対にみはしで食べる。今ではもうお決まりのコースだ。大量にストックがあるシトロン・フレーバーのペリエを飲んで、そうしたら今度はココアを作って飲む。健康のことを考えて、白砂糖ではなく三温糖をココアに加えたりする。ココアを飲みながら読書をして、TOEIC対策に英単語を確認し、dマガジンで雑誌『エル・ジャポン』『たまごクラブ』『フィガロジャポン』『ひよこクラブ』『ねこのきもち』『いぬのきもち』『エル・グルメ』を読む。Twitterでいくつかツイートし、長年のフォロワーにリプライを送る。noteのタイムラインを確認し、興味深い記事を読み、スキを押す。そうだ、書き忘れていた。今つけている香水は、DiorのDiorissimo。母親が若い頃から愛用し、ヘビーローテーションを重ねてきたこの香水の匂いには、まだ慣れない。もっと安っぽい、薬局でも購入可能な練り香水の若々しさが恋しくなる。柔らかな甘さを手首に塗りこむ。体温により立ち上る香りを楽しみながら、私はうとうとと本を床に落とす。iPhone7が振動する。目を閉じる。腰掛けた椅子で、お昼寝する。

 目を開ける。

 君が、微笑んでいた。

 私の落としてしまった本を拾い上げて、君は静かにテーブルに置く。
「雪が降っていたよ」
そう、と頷く。キッチンへ向かい、冷蔵庫の2段目を引っ張って、アイスクリームを持ってくる。
 寝起きの体はいつもあたたかくて、のぼせる感じがする。お風呂上がりみたいで、とにかく冷たさを求めている。
「孤独は全部自己責任なんだよね、他者に原因をなすりつけるなよ、っていうね」
 舌が冷え切って、うまく呂律が回らない。
「それ、誰に対して?」
「もちろん、自分に対してだよ」

 海を見に行きたいな、冬の海ってどんななんだろう?
 もう少ししたら、小説が書ける気がするね。
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?