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アーク父ちゃんのお別れ会で担当飼育員が語ったこと

 大阪市天王寺動物園の最後のコアラ「アーク父ちゃん」(おす、12歳)が10月10日、繁殖目的でイギリスの動物園ロングリートサファリパークへと旅立った。天王寺動物園は30年間続いたコアラ飼育に幕を閉じ、大阪にコアラはいなくなった。9月28日、ユーカリの木々が生い茂るコアラ舎前でアークの「お別れ会」が開かれ、約600人が参加した。そこで担当飼育員が語ったこととは。涙は隠せなかった。

●飼育担当者としての思いを伝えたい

  コアラのイベントガイドはおそらく今日が最後になりますので、僕自身の、飼育担当者としての思いを言わさせてもらって、お別れ会とさせてもらいたいと思います。

   まずはじめに、これだけのお客さまに来ていただいて、本当にありがとうございます。アーク自身も、これだけたくさんの人に見送ってもらえて、喜んでいると僕は思います。

●えさ代3000万円報道 アークは何を思ったか

   アークがイギリスに行くことがプレス発表されてから、テレビや新聞などでたくさん報道していただきました。そのたびに、コアラのえさ代のことが報道されました。アーク1頭で3000万円以上という値段が出ています。アーク自身が、そのことをどういうふうに感じているのかなと、僕自身ずっと思っていました。

 天王寺動物園には30年前の1989年にコアラ館ができて、コアラが導入され、たくさんのコアラが過ごしてきました。私がコアラの担当をさせてもらったのは8、9年前になります。当時は5頭のコアラがいました。頭数が徐々に減り、アーク1頭だけがいる状態になりました。

 コアラは新鮮なユーカリしか食べません。ユーカリは大阪府の河南町、和泉市、和歌山市、鹿児島県の4箇所で栽培してもらって確保しています。各地から入荷して、新鮮なえさをコアラにあたえています。気温の低い冬は、あたかかい鹿児島から届けてもらいます。輸送費、農家さんにお支払いするお金、もろもろ費用がかかってしまいます。

 でも、1頭に3000万円と報道され、ものすごく高額だといわれました。しかし、コアラがもっといたとき、5000万はかかっていました。1頭だけになると「3000万円は高い」といわれますが、これまでの経緯も報道の方達に説明してもらいたかったなというのが、僕の正直な気持ちです。

●コアラ飼育の歴史は30年

 天王寺動物園では、コアラを飼育して30年になります。僕がコアラを担当することになったときの5頭の中にアークがいました。タラオという子どものコアラもいました。その子はものすごく偏食で、自分ではなかなかえさを食べない、神経質で繊細なコアラでした。毎日ハンドフィーディングと言って、 えさを飼育員がちぎって、食べさせていましたが、病気で死んでしまいました(*タラオは2013年に3歳で天国へ)。

 そのとき、アークは同じ南方系のコアラがいる淡路島の淡路ファームパークに繁殖目的で貸し出しました。BL(ビーエル=ブリーディングローン)と言います。そこで「そら」と「だいち」という2頭の子どもが生まれました。アークはこの2頭の子を持ったことから、アーク父ちゃんという名前で呼ばれるようになりました。

●元気だったアークの子「そら」が香港で死亡

 アークが淡路に行っている間、天王寺動物園にいたのは、ミク、クミ、アルンで、日本のコアラの高齢個体のナンバー1、2、3でした。高齢で自分でえさを食べられなくなり、1日に4時間から5時間、ハンドフィーディングをしていました。ミクは23歳8ヶ月まで生きました。日本のコアラの最高齢には4ヶ月届きませんでしたが、大往生してくれたことには頭が上がらなかったというか、ものすごく嬉しかったです。クミも大往生し、最後のアルンがまだいるころに、アークとそらが天王寺動物園に戻ってきてくれました。アルンは、ほっとしたのかわからないのですが、まもなく亡くなってしまいました。

 アークとそらだけで、飼育していく状況になりましたが、そらは香港のオーシャンパークにBL目的で貸し出されることになりました。そらは当時3歳でした。僕が飼育に携わったのは数ヶ月しかなかった状況で、淡路ファームパークさんからどういうものを食べるのかなど、詳しいことを聞いて育てていました。僕もそらといっしょに香港に行きました。そらはえさをよく食べてくれて、偏食もなかったので、飼育しやすいコアラでした。

 しかし、そらが香港に行って1年ほどたってから、体調が悪くなったと連絡がありました。香港の飼育員に電話で細かい飼育の技術を伝えて、「なんとか頑張ってくれ」と伝えていましたが、亡くなってしまいました。僕自身もショックで、落ち込みました。

●コアラはコアラらしくプロジェクト

 そらが香港に行く前の段階で、天王寺動物園のコアラチームでは、「コアラはコアラらしくプロジェクト」を始めました。それまで高齢個体3頭を育ててきました。若いアークとそらには、屋外の貴重なユーカリの大木を利用して、コアラらしくのびのびとしたところでいきいきと過ごしてもらおうと、話し合いました。

 ユーカリに自由に登ったり降りたりして、休んで、えさを食べるという野生本来の姿を見てもらうという展示手法でした。コアラが野生本来の姿で過ごしてもらえることについて、天王寺動物園で働いている人たちは、日本一、いや世界一だと言ってもらえると思っています。ユーカリの大木の中でいきいきと過ごす環境は、アークにとって、一番ベストな状況でした。この展示場自身も、立派な財産と思っています

●「悔しくて悲しい」「出会いに感謝」

 アークは、天王寺動物園から離れて、はるばる遠いイギリスへと旅立ちます。僕自身も切ないですし、コアラ飼育というのは、30年やってきたんですけれど、僕自身は8、9年しか携われなかったんですけど、コアラ飼育に幕を閉じるのは、こういう結末は、悔しくて悲しいのが正直な気持ちです。

 でも、コアラと携われて、感謝したいこともたくさんあります。たくさんの人たちとのつながりがありました。ユーカリのえさの担当をしてもらった方々、和泉市、河南町、和歌山市、鹿児島の農家さんたち、コアラを飼育している7園館の飼育員などの方々、コアラの写真を撮ったり貼ったりしてくれたズーフレンズ(ボランティア)の方々、応援してくださったお客様、これまでの30年間コアラの飼育に貢献し継承していただいた先輩方、たくさんの方の思いのバトンを引き継ぎ、30年間の・・・・・、幕を閉じることになりました。本当に今まで、ありがとうございました。

  前回、そらのことで悔しい思いをしました。今回はアークがイギリスの状況になじめるように、僕自身すぐ帰って来ずに、アークが落ち着ける状況になってから帰って来ます。


●「1日でも長く生き続けて」

 最後に、本当にこれだけのたくさんの方々に見守られて、アークは幸せだと僕は思っています。今回はBL、繁殖目的でイギリスに行きますが、アークに声をかけたいのは、「絶対子孫を残してくれ」というよりかは、「1日でも長く生き続けてほしい」ということです。死んでしまったら終わりです。アークは今年12月で13歳になります。あと10年で、ミクが死んだ23歳になります。

 イギリスで長生きして、できれば子孫を残して、アークの子どもをイギリスの地で増やしてほしいと思っています。アークが安定するまで見守ってきます。このような機会をいただきまして、どうもありがとうございました。私からの挨拶とさせていただきます。

【ハピズーより】
・担当飼育員が語ったことを文字として読みやすくするため、事実関係が変わらないように一部を編集した

・天王寺動物園にはピーク時に9頭のコアラがいた。南方系のコアラの飼育園が少なく繁殖が難しいこと、高額なえさ代のことなどから、大阪市は2015年の「コレクション計画」でコアラの飼育から撤退することを決めた。同園では昨年、ゾウも死亡していなくなった

・アークは、2006年12月15日 メルボルン動物園生まれ。2008年6月24日天王寺動物園に来園。2011年11月9日から2015年12月16日までブリーディングローン契約により、淡路ファームパーク・イングランドの丘へ出園。2019年10月10日にイギリスへ出園

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