happawaka

東京の飲食店で働いた後、地元山梨に帰って桃と葡萄の栽培を勉強中。東京生活のラスト2年半…

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東京の飲食店で働いた後、地元山梨に帰って桃と葡萄の栽培を勉強中。東京生活のラスト2年半はひとりでちいさなお店を。楽しかったな。地元を閉鎖された文化のない場所だとどこか思っていた自分を高速で猛省しています。山梨いいとこ。

マガジン

  • みじかい小説、のようなもの

    みじかい、小説のようなもの。

  • 山梨の日々

    最近になって山梨の魅力に目覚め、行きたいところでパンクしそうなので、行けたところをまとめます。

  • 東京、その他

    20数年過ごした東京の大好きなスポット。または旅の記録。

最近の記事

バカで嘘みたい。

虫の知らせ、なのか。 ふ と、夜中に目が覚めて、あの人元気かな?って思った。 若い若い頃、なぜか彼の持っていたクーラーボックスのなかの缶チューハイを分けてくれていたひと。 いつもそこにいて、いつもわらっていたひと。 骨折したっていうのに、渋谷のサイクロンの長い階段を黒い革ジャンに松葉杖で降りてきたひと。 下北沢の251でモッシュの挙句にステージに押し出されたときに、来い来いとジェスチャーしてくれたひと。  わたしが失恋したとき、なぜか自分のステージのSEでわたしの好き

    • 美しいこと

      忘れもしない。 その日は、北海道に初雪が降って、 彼が、新千歳空港まで迎えに来ると言ってくれていたのを断って、 わたしは列車で小樽へ向かっていた。 初めての北海道。 進行方向、窓際の席に座り、吹雪の向こうに低い山を眺めながら、 わたしはもうすっかり悲しい気持ちになっていた。 突然、山がひらけて海が見えた。 舞う雪の合間に飛ぶ無数のカモメが目に入った瞬間、 なみだがあとからあとからこぼれた。 これじゃあヘタな演歌の風景じゃないか。わたしは必死に客観にしがみついて拭っ

      • sun.days.food

        同窓会で再会した高校の同級生と、「呑める店」チョイスで初めてのsun.days.food。 私たちの席以外満席。 みんな楽しそうにワインを飲んで、とってもあかるい。期待しちゃう。 タコのサラダ。 タコは、生の野菜を傷めつけることのないギリギリの温度。ふっくら火を通してあって、キリリとしたドレッシング。 辛い白ワイン飲みたい、、(ハンドルキーパーのため自粛) 気がついたらこんなに食べてた。牛すじのねぎ焼き。カウンターの向こうに鉄板がある。なんてアクティブで楽しい店なん

        • インディペンデイス デイが頭に入ってこない夜に。

          ふと思い出すのは、広い歩道を始発前に手を繋いで歩いた日のこと。 あの時、君はわたしに怒っていた気がして、それがなんだか嬉しかった。 でも、指の平は優しかった。 きっと、全部勘違いで、 そもそも欲しがることを辞めたわたしは今、いちばん安らかなんだけど。 ひかりが欲しかった頃を持って良かったと思う。 でも、台風が来てとばされちゃえ、バカ。と、 いまでもそんなふうに思うのは君だけなんだよなと思う。 最後に、訳もなく好きになったひと、は君でいいと思っているんだ。

        バカで嘘みたい。

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        記事

          幕開け

          吉祥寺の井の頭口を降りてすぐ。狭い入り口から階段を上がってフロアを一周すると、だいたい台に向かう彼をみつけることができる。 その空間は、みっちりと音に満たされている。 体に触るか、まわりこんで視界に入るかしない限り、彼に気づいてもらう方法はない。 あの頃、わたしは躊躇なく、当たり前に彼の趣味の邪魔をしていた。 そして、彼も、 「待ってて、もうちょい」と目配せして、勝っていようと負けていようと、 それを中断し、一緒に店を出るのだった。 彼は静かな男だった。 一緒にいて、

          もう、二度と会わないのかもしれない

          もう、「男友達」と呼べる人は彼しかいないのだ。 鮨屋のカウンターで、ビールを飲んでいる。 ほとんど下戸のわたしは、この人と一緒のときだけ瓶ビールの相伴に預かることにしている。 呑むことよりも、注ぎ合うことが重要。 彼は最近独立して、ひとりで仕事をするようになり、精神的にも時間的にも、余裕ができてきたと言った。 そういえば、ガリガリゲッソリした雰囲気はなくなっている。少し体重も増えたのかな。 仕事場への移動も車になったので、 飲みに行く回数も減って、全くひとに会っていな

          もう、二度と会わないのかもしれない

          いまもサンゼンと。1

          「あれ、日本初のラブホテルなんだよ」 と彼は、川の向こうの建物を指差した。頂上にはみどりのレーザー光線。 スーパーの袋の持ち手のもう一方を持って。 わたしは、その発言になんてこたえたのか覚えていない。 彼はわたしの友達の幼馴染で、 ほとんどわたしの一目惚れだった。 その日は仕事が早上がりだったので、「飲みに行こうよ」、とメールをしたら、「結婚式続きで金欠」と返信がきた。 いつものわたしなら、そこでしょぼくれて終わるのだが、 関係は煮詰まるどころか薄まるばかり

          いまもサンゼンと。1

          ほかにはなんにもなかった。

          当時、わたしの年代のひとは、みんなライブハウスもクラブも行っていたんだと思う。今は娯楽が細分化していて、住み分けされているのかもしれない。 というか、わたしが夜遊びを卒業した後、規制があったこともきっと影響している。 田舎から出てきたての頃に、たまたま知り合いについていったら遊び場が広がっていた。 恐いと想像していた夜遊び場で、ほんとうに怖い思いをしたことがない。(それは運が良かったんだね、と後から言われた) 薬や植物の類にも遭遇したことがない。 ただ、そこは暗く

          ほかにはなんにもなかった。

          洒落というにはかなしすぎるけれど

          彼は、わたしのお店に来るとき、必ず小さなプレゼントを持ってきた。 お店といっても、商店街の果てにある、カウンター8席とソファ席ひとつのちいさなBARだ。 バーと呼ぶには、灯りが煌々とついている。わたしがつくるとき、料理の顔がわからないから、という理由で。 男女比は6:4くらいか。 看板のない路面店に入ってくるのは、近所に住む常連さんばかりで、 お客さん同士もとても仲が良かった。 店員はいつもわたしひとり。 大晦日にはみんなでテレビを見てすごし、近所の小さな神社に初

          洒落というにはかなしすぎるけれど

          setsu (酒折)

          意地を張って、かわないでいた、d&d travel yamanashi の一文にあった、 パン屋の「アデムク亭」がとても気になって、 調べてみると、どうやら、アデムク亭の店主は、もう1店舗の準備をしているようだった。 しばらく待っていると、 山梨学院大学近くの、光と風マーケットコート内にできたようだった。 インスタグラムの投稿で、ここの酵母をみたことがある。 生き物にみえた。 パン好きの友人と共に足を伸ばす。 うちよりも、白い南アルプスがよーくみえて、富士山が山にかく

          setsu (酒折)

          なさけないおじさんになってないで。

          それは毎日ではなかったけど、 少なくとも、彼はジャンプの発売日には、必ず、うちのマンションの一階にあるセブンイレブンでそれを買って4階まで階段を登って来ていたように記憶している。 いや、週に3日4日は来ていたのではないか。 イメージとしては、ゴジラの襲来だ。(みたことないけれど)あの、あまりに有名な出囃子を聴くことがあると、(わたしはラジオを聴くので、ラジオを聴かないひとよりはその機会は多いんじゃないかと。)わたしは彼を思い出す。 当たり前のように夕飯どきにやってきて

          なさけないおじさんになってないで。

          吹雪の夜 東京

          みんなわたしの気持ちを知っていたんだなと、後から思った。 その頃、おんなじメンバーで、井の頭線のちいさな駅を降りてすぐの地下にあるお店に毎日のように集まって、 なにか始めようと話し合っていた。 ここから、電車だと大回りしなくちゃいけないわたしの家に帰るのに、直線で結ぶと近かったから、わたしはよくいいやと終電を逃し、タクシーで帰っていた。 中心メンバーのひとりである彼は、その日はいなくて、そろそろ閉店ってくらいに、ベロベロ、を絵に描いたような様子で階段を降りて来た。

          吹雪の夜 東京

          幻のよる

          きっかけは、おきまりのようにSNSだった。 SNSってやつは、一体どうやってこの細い糸をみつけるのだろうか、度々こわくなる。 15年は会っていなくて、いまや共通の友人のひとりもいないわたしたちが、また繋がる必要なんてなんにもなかったはずなのだが。 とにかく彼は生きているようだった。 彼が大学の卒業のタイミングにひとりでタイに旅立ち、なんか知らん川のほとりで京都の女の子と出会い恋に落ちて帰ってきた。 電話でお別れを承知したのに、 夜11時に彼が毎日電話をくれる、というルー

          幻のよる

          忘れていたのに

          同じ職場で、いつもニコニコ気遣ってくれる人が、何か書類を束ねているときに、たまたま正面にいたわたしは、その開いた眉間と長い睫毛が目に入って、愕然とした。 似ているのだ。 だから、自然と目で追ってしまっていたのだ、わたしは。 それだけで背中が冷えていく。 いまでも、思い出すとただれたような灼けついた気持ちになる。 何人かのひとを好きになったけれど、こんな気持ちになるのは初めてかもしれない。 彼に会わなくなってほぼ一年くらいは、わたしは紙クズのような気持ちで生き続けていた。

          忘れていたのに

          これで最後、というつもりだった。

          ワインを飲むと決めていたわたしは、乾杯のビールを飲み切れずに差し出すと、「いいんすか、」と躊躇もなく口をつける彼を横目で確かめながら、 わたしも彼のような人間だったなと思出す。 それ、ひとくちちょうだいとお酒や料理をもらったり、歩くときは、肘に手を絡ませたり、男友達と会うと嬉しくて、酔ったりあまつさえ泣いたりした。彼らが女性にフラれたりすると肩を抱きなぐさめたりもしていた。 わたしは鈍重なブスだったので、 彼らがわたしを好きと言うことはなかった。 ただ、それだけの

          これで最後、というつもりだった。

          二川伊料理 NODO(大津町)

          ずっと噂をきいていたのだけれど、月初に次の月の予約をとるシステムで、いつもいっぱい。友人が会いに来てくれることになったので、ふと、出来心で電話してみたら、滑り込めたとても嬉しい。 歴史を感じる門構えの下の白い暖簾をくぐると、そこはさっぱりと気持ちよく整えられた古い建物。光が差し込んでとても優しい。 予約の際に、今回選んだのは、メインのお料理がつく2500円のコース。 友人は白ワインをわたしは葡萄ジュースをオーダーして、お料理を待つ。 キッチンに男性ふたり、ホールに女性

          二川伊料理 NODO(大津町)