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娘の結婚まで これからどうなる

彼という人は、隣県の国立大出身で、娘に言わせると
「理数系。桁なんか関係なく、見積もりもパッと計算する」

なるほど・・・ ウチにはいないタイプだ。
娘と私は理数馬鹿である。まったくもって、そっち方面が機能していないのだ。

「数学で零点取ったことがある」
と母子で喋っているのを、彼はどんな気持ちで聴いていただろうか。

仕事は大変だそうだが
「結構、ズルい人とかもいるんだけど、そういうところが全くない、まじめで誠実」
と敬愛の目を向けていた。

いつもは折り目正しい夫が、テンパって結婚について語るうちに、なぜか前の結婚での苦渋生活を思い出し、カミングアウトし、泣きそうになっていた。

彼と娘は困惑し黙っていた。沈黙はオソロシイので
「まあまあまあ、色々あって今があるという事で、ね」
と我ながら可もなく不可もないことを言っていると自覚する。

食事、お茶と進み、ややあって夫が
「そろそろ帰った方がいいよ」
と言った。
「母と娘は久しぶりに会ったから話も弾むけど、疲れただろう? 初めてのところで緊張して」

確かに彼は背筋は伸ばしたままだった。名残惜しく思う私は、娘離れが出来ていないのだと自覚する。
2人はいついつ、と具体的に腹案はないそうだ。確かに大人同士。
娘は仕事にも慣れ、資格も取り、彼に言わせると
「職場にはなくてはならない人です」
と言うから、まだ働くのだろう。
とはいえ、社内恋愛で結婚後も同じ職場というのはどうなのだろうか。
そういう事情も考えつつ、
「自然に成り行きで」
なのだそうだ。

大体、もうとっくに
「彼の実家にもお邪魔したよ、優しいおかあさんだったよ」
だそうで・・・。

私の出る幕はない。出る気もない。

娘の彼

B型
理系
長身細身
猫好き(実家に3匹飼っている)
誠実
30代前半
次男

彼らを見送った後、どっかりと椅子に腰かけて私は言った。

「彼は、娘に色気を感じることがあるのだろうか・・・」


娘はあくまでも娘のままであった。娘たちが帰ってしまうと、途端に憑き物が落ちたようになった。前後のことも吹っ飛んでしまっている。

娘たちは
「今夜は予定があって、明日以降は青森を旅する」
なんて言っていた。
楽しそうで結構だが、私たちは犬猫は来るし、娘たちは来るし、どこにも行っていないのになんだか気疲れして意気が上がらぬ。

「ご飯食べる? 煮物も茶わん蒸しもあるから、テキトーに食べてよ」
なんて夫を粗末にする始末。
メールが何通も来ていた。

「おかあさん、大丈夫ですか?」

嫁のYちゃんが旅先から姑のバタバタを案じてのことで、ありがたい話だ。

翌日午後。
息子から
「もう少ししたら行く」
と連絡が来た。

やれやれ、無事に帰って来たか。
今回息子夫婦はそれぞれが
「かねてよりファンで」
という対象のゆかりの地をわざわざ回ったのである。

ニコニコと帰ってきた。普段なら犬猫の話を記事にするのだが、そういえば犬猫たちはどうしていただろう。
一番気がかりだったツナも馴染んで、私たちの膝に来たり、家内を探検したりしていたようだが、あまり覚えていない。
Yちゃんの姿を見たら飛びついていくだろうと思っていたが、とろは無視し、ツナは後ずさりして隣の部屋に逃げてしまった。

「フン!! という気分なんだろうな」

とは夫の感想である。

とろはここで産まれ、母も馴染みのチビスケもいるが、ツナにしたら数日前の夜にいきなり連れてこられ、やっと慣れたと思ったら飼い主が現われ、当惑というのが私にもよくわかる。それでもほどなくYちゃんに抱かれると、小さく震えていたのが可愛かった。

息子夫婦は温泉に入りながら、夜は道の駅で仮眠し、近畿から山陰まで回ってきた。
ふたりとも満願成就したそうで、生活のリズムは大乱れに乱れても、息子など目を輝かせて行きも帰りもずっと運転したそうだ。

それは良かった。話を聞きながらそう思うが、わが身に置き換え
「若いねぇ…」
と嘆息も出るというものだ。

Yちゃんは娘たちのことよりも、私のことが相当心配だったそうで、
「昨日は朝から、Rに 今日だね、とか、昼頃は、そろそろ来たかなとか言ったんですけど、この人ときたら、あー、だの、うー、だのばっかりで・・・」

息子は娘の彼とはとっくに会っていたし、この母の混乱の様など織り込み済みなので特段の興味もなかったのだろう。夫と私とでああだこうだと
「報告」
した。

「とにかく、Mはいつも通りなもんだから、アレでいいのかとそればっかり心配で。彼は落ち着いて誠実な感じで、なんか申し訳なくて」

と言うと
「おかあさんらしい感想ですね」
と笑われた。

若夫婦は、遅い昼ご飯を食べてきたばかりだったが
「山菜食べる?」
と聞くと二人とも力強くうなずいたので、昨日と同じものを同じように出してやると、パクパク食べていた。

「きのうはこれに、ご飯と汁とデザートだったんだけど・・・」
「よそでは絶対食べられないご馳走ですよ」
Yちゃんに言われホッとする。

その後、娘の彼の手土産のバウムクーヘン(私の好物である)を、少し早いですが・・・と、Yちゃんからもらった母の日のプレゼントの美味しいコーヒーとともにいただきながらお喋りをし、
「やっとなんか日常が戻って来たよ」
となった。

「今日はゆっくり寝なさいよ、あとはゆっくりできるんでしょ」
「この人は明日、会社の人と釣りです」
「Yちゃんも一緒に行くの?」
「留守番です」
「とにかく疲れ取るんだよ」

息子夫婦は瞼も重くなったようで、夕方には帰って行った。

翌朝。

いい天気である。早起きしたが、おはぎはいないし、ツナもとろもいない。ささみとチビスケも日常が戻り、私の傍でのびのびと寝ていた。
夫が気が抜けた顔をしている。

嵐は全てを持ち去るわけでも、散らかし残すわけでもないのだ。

Yちゃんの顔が浮かんだ。

「今日は留守番で予定もないと言ってたよね・・・ Yちゃん連れてちょこっとドライブしながら、しばらく肉っ気のない食事だったから、昼はジンギスカンでもどう?」
と夫を巻き込む。

「二人で行ってこい」

夫とて一人になりたい時間もあるだろう。
いそいそとメールをした。


おはよう。

昨夜は眠れましたか?


もしかしたらの話ですが、まったく予定がなくて、気力があって、その気があったらちょっとドライブしませんか。

〇〇のパン屋さんと、昼は、ウチでジンギスカンなどいかが?

面倒とか疲れてたら無理しないで断っていいからね、一応お尋ねまで。


これまでも彼女を誘って断られたことがない。休日を、旦那抜きでも姑宅で過ごしてくれる、可愛い嫁である。

Yちゃんから
「すぐ行きます♪」
と返事が来た。
私は元気になった。


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