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娘の結婚まで・・・お誘い

私は気に入った店ができると、浮気することはない。

田舎に引っ越してからは、近隣に美味しい店が少なく、全国展開のチェーン店にも行きたくない。
普段は外食もしなくなったのであるが、行きたい店がないのも理由の一つである。

そんな中、前に住んでいた街の、お気に入りのひとつの店が閉店した。20年を区切りに、レストランを閉じたのだ。

ちょっと美味しいものを食べに行こうか・・・と考える時、
「〇〇〇はどう?」
と聞くと、子供たちはたいそう喜んだものだった。多国籍料理を出すところである。
会社で所属していた係の人たちとは、私的にも仲良しだったので、子供も交え、その店で夕飯を食べたこともある。

そのあとウチに流れてきて、夜遅くまでお喋りをしたり、客人たちが子供たちとゲームで盛り上がったり、金曜の夜は結構そういう事があった。

誰かが転勤の時もそこで送別会をした。

もともと造り酒屋なので、美味しいお酒も飲めるところだ。

      


この感じのいい、気取りの要らない店はいつもにぎわっていた。しかし折からの
「人手不足」
が致命的で、とうとう閉めることにしたそうだ。私はそのニュースを目にし「ああ・・・これで何軒目だろう」
熱が引かないベッドで嘆いた。嘆きつつ娘にメールした。

「〇〇〇閉店だってよ・・・・」

この体調では行きたくても行く気にならぬ。最後に行ったのは一年前で、その時食べた中華がゆが美味しく、

「この体調だから、あの中華がゆで元気を出したい」

と悶々としつつ、諦めていた。

木曜日の夜に娘からメールが来た。

「土曜日行こうよ」
「デートじゃないの?」
「休みが合わないからいいの」
「病み上がりだから電車で行く」

思いかげなく話が決まった。5月最後の土曜日。気温は真夏日の予報。
電車に乗るのも久しぶりである。
各駅停車は4両編成で、初夏の景色の中をトコトンと北に向かった。
久々の電車内は混んでいた。が、スマホを見ている人は驚くほど少ない。

向かいに座ったオッサンは、落ち着きなくスマホを見ては爪を噛み、女子高生が乗ってくると上から下まで舐めるように見ている。
「気持ち悪い奴だ」

直感的に嫌な感じなので、
「盗撮なんかするんじゃねーぞ」
と私はじっとしながらニラミを利かせる。

ヤツはこちらを一瞥もしないのが好都合であったが、若い人でもスマホを見ていない中で、
「みっともねーぞ、オッサン」
とイライラの気を送る。

果たしてオッサンは終点に着くまでじっとして座っていることが出来ず、始終もぞもぞで、
「モッサン」
と命名した。

変なオッサンをはからずも監視し続けていた私も変だとは思うが。

駅を出ると娘が迎えに来ていた。面倒がなくて実にありがたい。立場が逆転していて、つくづくと時の流れを感じる。
5月には珍しいほど暑くなるという予報だったが、湿度がなく、北の街は風が心地よい。

「や」
「ども」

と、オッサンのような挨拶をして車に乗り込んだ。
まっすぐ店に行く。待っている人が大勢いる。案内板には
「ただいま満席です・待ち時間2時間」

( ̄▽ ̄;)

娘が予約をしていたのですんなり入ったが、そうでなければ諦めるところだった。娘の知人がここで働いていて、姿を見るやすっ飛んできてくれた。
今後の彼女の身の振り方も気になるのだが
「閉店告知した途端、毎日毎日満員御礼で、予約電話は炎上状態みたいになるし、毎日毎日限界まで忙しくて、ああ、あと何日で終わるとスタッフでその日を楽しみにしてるんです」

なんて明るく笑っていた。次は某所で働くというから、それもまた良かったと心から労いたい。

ディナーだと娘は美味しいビール片手にあれこれ頼むのだが、ランチは軽めのメニューである。私は、ここのグリーンカレーと中華がゆが大好きで、この日は体調のこともありおかゆにした。娘はガパオライスである。
それでもメニューを見ていて
「ここのこのトマトパスタソースは、どうやっても真似できない」
と、それも追加する娘。

「私この頃小食で・・・」
「大丈夫」
「そっか」
ニコニコと頼む。

「内緒ですけど、ドリンクバーどんどん使ってくださいね」
と先ほどの彼女が娘に耳打ちする。
「いえいえ、ちゃんと会計につけてください」
「いいのいいの、いっぱい飲んで行ってください」

大盤振る舞いであった。

次々に料理が来る。
「もうこの味は食べられなくなるのか」
と、しみじみする。
娘とは3週間ぶりである。ぽつりぽつりと、連休初めの彼と娘の来訪時の話になる。

「あの時はとにかくテンパってて、失礼ばっかりしたと思うけど記憶もないのよ」
「全然大丈夫だよ。どれもこれも美味しかったって喜んでたし」
「ならば良かった」

あれやこれやととりとめもない話が続く。何でもないようなことだが、端々に、色々に気持ちが重なっているのが分かる。

「あのあと津軽を旅したんだけど、日本海側の民宿で、とっても良くしてもらって」
「そうなの」
「帰りに宿のご主人が、『若い人にはどうかと思うけどすぐ食べられるから良かったら帰ったら食べて』って、ワラビとボンナ持たせてくれて」

娘の口から
「ボンナ」
が出てくるとは!!

ボンナとはこの辺り呼び方であり、正式には「ヨブスマソウ」という山菜である。

「帰ってから、お浸しだの、ナムルだの、あえ物、汁物とかで全部頂いた、美味しかったよ」
「それはそれは。ボンナは天ぷらも美味しいよ」
「天ぷらは修行が足りないから」

そうか、それでも粗末にすることなく、人の気持ちもありがたくいただいたか。娘が整えた食卓で、一緒に喜んで食べてくれる優しいカレが出来たことが何よりである。

2人ともシャイで、夫の
「なんて呼び合ってるの?」
という問いに顔を見合わせつつ、とうとう二人とも照れて言わなかった。
が、私は食後のコーヒーを出した時に、ふとしたはずみで彼が
「M」
と、何とも言えない優しい声で呼んでいたのを聞いている。

呼んだことも返事したことも、二人とも意識していなかったはずだ。あの呼び方を聞き、私は心底ほっとしたのを覚えている。

「それにしてもさ・・・、もうこうしてアンタと2人で遊んだりは出来ないよね」
「何言ってんの、何も変わらないでしょ」
「いやいや、アンタたちはお互いがお互いをまず優先して大事にすることだよ」
「ふふん」

娘はまた照れた。

美味しい料理と、美味しいコーヒーでこの店ともお別れの時間が来た。楽しい時間は次々遠のいていく。それでも、また何か産まれたりする。思い出は心に残る。

「お腹いっぱいだね」
と言い合う娘と私。駅ビルに向かう。

夫への土産物はいつもキエモノである。アレコレ詳しい娘のアドバイスで、いろいろ買い込み、さてどうしようとなったとき

「ちょっと気になる店があって」
「え、また食べるの?」
「おやつの時間だよ」

・・・・(;^ω^)。

娘に連れていかれたのは少しばかり南下した隣町のカフェである。
「県産品に拘って作られているガレットとクレープが美味しいんだって」

途中、車は田んぼが広がる場所を走る。娘が運転しながら言う。

「見てよ、気持ちいいよね。昔から大好きなんだ、田んぼに水が張ってて、晴れてて、まだ小さい苗がそれでも緑色で、水鏡に残雪の山まで映ってる」

娘にそういう風情、侘び寂びがあるとは知らず、そういえば去年も一昨年も言っていたなと思い出す。梅雨入り前の北国は、どれだけ気温が上がっても、とにかく風が軽くてさわやかなのである。

おやつの時間という事なので、それぞれ甘いほうのクレープを頼み、娘はアイスコーヒー、私はアイスティーを頼み、それぞれシェアし合い、話は尽きないのであった。結局ランチも、カフェもご馳走になった。

「母の日過ぎたけどね」

ありがたいことであった。

10連休はとおしではなく、
「5日休んで、5日働き、また5日休んだ」
そうだ。

「後半の休みで京都に行ってきたよ」
「二人で行ったの?アンタ、京都好きだね、何回目?」
「京都は一人旅だよ。でももう京都も東京もいいわ」
「なんで」
「どこもガイジンさんばっかりなんだもの、ホテルでさえ」
「ああ、確かにね」
「ここが一番いいよ、狭いけど適当に街だし、水も美味しいし、中国語もハングルもまず聞かないもの」

いやいや、カレがいるからでしょ


そうは思ったが、いくら私でもそれは野暮という事ぐらいわかるから何も言わなかったぞ(笑)。

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