ホチキス
息子からの電話は、いつも突然で
「どこかに行こう」
というお誘いなんかでは決してなく
「今から行く」
だけである。
用件を言わないのは昔からで、この母も
「来たらわかる」
と鷹揚というかなんというか。
昨日も着信がありいきなり
「ファスナーある?」
賢母(ウソ)の私はたちどころに
「ズボンのファスナーに不具合が起きて、苦慮している」
その姿も想像して笑った。
営業マンがお客さんと対峙するのに、チャックが開いていると何かと問題が多い。が、私はこういう時ヤケクソになり、
「チャックくらいなんです ! むしろ印象が強くなり、のちのちの営業成績にプラスになるかもしれない」
いくら何でも言わないがw。
息子はすぐ来た。想像通りであった。こりゃ閉まらないな。
ズボンを検分するがやたらにきちんと仕立ててある。
内心
「チッ・・・めんどくせ」
と思ったが
「ちょっと時間かかるけど、任せなさい!!」
と引き受けた。
新しいの買いなさいとは言わぬ。息子は「修理依頼」してきたのであるからね。
とはいえ、ズボンのチャック部分を解体しながら
「どうして私はこういう面倒なことを引き受けてしまうのだろうか」
と思わずにはいられない。が、カアチャンならなんとかしてくれると頼られるのも実は嬉しい。
ニヤリとなりつつ、この母は
「このズボン履いて、走り回ってるんだな」
という温かい気持ちではなく、
「よりによってこの部分かよ、忙しく走り回りつつトイレに行き、ハネもついているであろうズボンよ」
息子は小さいときに、トイレでわざわざ飛ばしっこをしてあちこちに飛沫を散らすのが常であった。
解体しながら、
「ぶら下がりのを買ったにしては随分丁寧な縫製だ」
と感心するが、それだからこそ手間なのだ。
布を傷つけないように気を使う。
老眼などと言ってられないのである。
解体がうまくいき、そそくさとファスナーを買いに行く。
14センチのがあってよかったが、ファスナーを取りかえるのは簡単ではないのだ。
チクチクと手縫いで進める。思いのほか早く直った。さすが私、と自画自賛する。
黒で14センチのファスナーはこれしかなくて、社会の窓のチャックのつまみに金のボールとは、なんだかわざとらしい気がするが考えすぎである。
洗ってアイロンかけて渡してやることにする。
そういえば、
「すそ上げできる?」
なんて失礼なことを言っていたが
「んなもの、すぐですがな」
と答えると
「ジーパンなんだ、じゃ今度持ってくる」
夫は私の手仕事を横で見ながら、
「オレはチャック開いてることが多い」
とあっけらかんと言う。
最近はツナギで仕事しているのでさすがにそれはないが、上下別の作業着だと確かにチャックが開いていることが多い。
「この時期、危険だわよ」
と言うのだが、私がチクチクやっていると
「そんな面倒なことしないで、ホチキスで止めればすぐ終わる」
と、のたまう。
すそ上げもなんでも
「ホチキス」
でやっていたという夫の過去の憐れ・・・・。
これだから、私の手仕事は需要が尽きないのである。
ええい、何でも持ってきやがれ!!!
この件続きがあります。
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