何を今更・・・3

スタスタと店内に入った。平日なので空いている。
息子が指示する。
「Yちゃんは好きなの選んできて、俺たちはこっち」

突然不安になり、息子の後を今度はスタスタではなく、ノコノコ付いていく我ら夫婦。今使っている携帯電話会社のブースに行く。

「いらっしゃいませ」

小太りで、目が大きい中年に差し掛かったような女性である。ギロリと見られたような気がしたのは、息子がさっき言っていた
「やめるなんて言うと、死ぬほど止められる」
が頭に残っているからである。窓口は、ブースごとに椅子がふたつしかないので、横の椅子も引っ張って座る。

「現在の契約の確認をしたいんですけど」
「かしこまりました」

電話番号、契約者名、誕生日など個人情報を聞かれ、証拠物も出す。後は息子が話をしてくれる。横で聞いていて、だんだん頭がぼーっとしてくる。何しろ、どちらも営業スタッフなのだ、しかも同じ通信会社の代理店となっている。息子の会社の本業は全く別業種なのだが、息子に隙は無いように見えるのは、それだけ我らが
「全く分かっていない」
からでもある。

確認の結果、やはり私の分は大した変わりはいのだが、夫のが前よりも高くなっている。夫が事情聴取されている。彼も何か恐れおののいているのか
「睨まれるので、なるべくネットにはつながないようにしてるんですが・・・」
なんて私の圧力を訴えるが、これは本筋と全く関係がない。

「ではそれで一回見積もり出していただけますか?」
「少々お待ちください」

ややあって提示された見積もりは、
「契約内容変更により、ほんの少しは今より安くなる、スマホに換えれば、コレコレこれだけの特典、値引き、ポイント、その他もろもろがナイスで、絶対にスマホに変えるのがお得で・・・」

息子は
「じゃ、何回も済みませんが、そのスマホに換えた場合、機種は高からず安からずで見積もりを出していただけますか?」
「かしこまりました」

出された見積もりは、さっきよりまた少し安くなって、どうのこうの・・・

「他社さんに変わられる場合、こちらの解約手数料と、他社さんでの新規の契約手数料など二重にかかることになりますので、ぜひ当社での変更、御継続をお勧めいたします」

このオバハンは、主たる契約者であるところのワタクシたちなど一瞥もせず、息子の方ばかり向いて喋るのだ。

「なんかだんだん顎が上がって来て、挑みかかって来てるぞ」
「なんか、目ん玉もさっきよりギロリと・・・」
「きっと、チッ、ビンボー人め、めんどくせって思ってるぞ」

自分でもそう思うものだから、相手に対してもこういう失礼な観察になってしまう。息子が立ち上がり、
「ありがとうございます、じゃ検討して、またお願いするときは来ますんで」
と有無を言わさず私たちを促す。
私たちは何も悪い事はしていないのだが
「すみません」
「どうも色々とお手数をおかけして・・・」
ペコペコする自分たちを小心者だとつくづく感じつつ、息子を追った。
声が漏れ聞こえない場所まで来ると息子が言う。
「な、ちょこっとずつ見せるんだよ、やり方が上手いだろう」
「どこもそうでしょ」
と、私。
「そりゃいい事しか言わないし、逆のことは悪く言うさ」
と、夫。
「いずれにしても、高い。他社に切り替えた方が良いよ、二人で相談してさ」

突然見放され、息子はYちゃんの契約ブースに行ってしまった。Yちゃんは誰の手も煩わせず、粛々と手続きを進めているのが見える。迷子の我らは、ボーっとなりつつ
「ウチはさ、ネットは〇〇だから、そうだ、あなたプレミアム会員でしょ、あっちで契約すれば何か良いかもしれない」
「ああ」
夫はもはや思考停止している。息子夫婦がすぐ来た。
「もう決まったの?」
「はい、予約番号手続きとか今データ移行とかしてもらってます」
Yちゃんはニコニコしている。私は息子に、
「これこれこうで、プロバイダがこうで」
と言うと終いまで聞かず
「だったら、あそこだな」
とまた先に立って行く。

Yちゃんは
「おかあさんたち、機種見てみませんか?」
ずらっと並んだスマホだが、どれが何かなどわかるはずもない。

「・・・あの・・・なるべく簡単なのを」
「PC得意なんだからすぐ慣れますよ」
「いや、最近老眼が・・・」
「大丈夫、大きくして見れますよ」
「壊したり・・・」
「防水のもあるし、あとはプロテクターとかいろいろありますから」

息子が目で合図してきた。さっきと同じように座る。ショップの人は小顔の媚びない可愛らしいお姉さんである。息子がまた、これこれこうで、ちょっと見積もりを・・・と言うと、さささっと出してくる。

ギョッとした。さっきの半額以下である。
「これって一台のですか?」
「いえ、一台のがこちらの数字で、これが二台分合わせた目安です」

ちょっと・・・と、夫を肘でつつく。彼は私よりずっと若いのに、思考停止と老眼のためよく見えていないのだ。

「実はですね・・・・」
と、息子がこれまでの経緯とさっきの事の次第を率直に話している。私は驚きのあまり何も言えない。
夫は
「今は新しくする方が安くなるというのが、どうしても頭の中で切り替えできない」
なんて言っている。夫の気持ちが痛いほどわかる。
「スマホもいろいろあって、値段も全く違いますけど、結局何が違うんですか?」
「もちろん多機能なのもありますし、カメラの画素数や、ディスプレイの・・・・」

やっぱりわからなくなって付いていけないが、息子が言うには
「あのね、あとは処理能力なんだよ。ちょっと時間がかかるとか、そういう違いだよ」
「アンタのも遅いの?」
「俺らみたいにもともとのスマホから、格安に換えると、あ、やっぱり遅いなって思うことはあるけど、初めてスマホ使う人には全く気にならないと思うよ。それにスマホに換えても家ではパソコン使うんでしょ、スマホ使っても家のWi-Fi使うんだし、だったらデータ通信料も今までとそんなに変わらないでしょ」

お姉さんが頷く。

「あ、後ですね、この人(夫)は〇〇のプレミアム会員なんですが・・・」「月々、プレミアム会員費がかかっていませんか?」
「数百円程度ですが、毎月かかります」
「それが無料になります」
「え、そうなんですか」
「ほかに何か、〇〇〇〇カードはお持ちですか?」
「それもこの人が持っています」
「それであれば、ご契約されるとポイントが付きます」
「そういう手続きは・・・」
「契約時にこちらで全部行います」

私たちは新しいスマホ(並んでいた中で一番人気がなく安いの)を選んだ。

「こちらは人気がないと言いますけど、今年発売されたのが大幅リニューアルで物凄く性能が良くなっていますからこれからの売れ筋です。いい選択だと思います」
とお姉さんが励ましてくれる。
「今までの物の解約は、あっちのブースでするんですか?」
「いえ、データを移すための予約番号が必要になるので…〇〇〇社さんでしたら、こちらにお電話をしてください。最初音声ガイダンスが流れますので、それに従ってプッシュしていただき、あとはオペレーターに繋がりますので、話を聞いていただきます」
と、電話をかけろと番号を示される。
息子が耳打ちする。
「しつこいからな」
目が笑っている。

電話するとガイダンスが流れ、
「なお、サービス向上のためお客様との会話を録音させていただきます」
なんて言われる。私は緊張してしまい、音声ガイダンスにいちいち頷く自分を情けなくも自覚することになる。夫は席を立って、後ろでYちゃんと息子と談笑を始めた。一気に気が抜けたらしく、ホッとしたようなまだ訳が分からないようなことを言っているが、声が大きいのでガイダンスが聞こえない。

後を振り向いて
「ウルサイ」
と睨むと、サーっと下がって行ってしまった。

オペレーターに変わった。しつこかった。
4度も引き留められた。
4度も理由を聞かれた。

私は
「検討の結果です」
「いえ、しません」
を繰り返した。

オペレーターがキレ気味になるのが分かった。

「どうせ解約する客だけと、これ4回やれってマニュアルで決められてるんだよ、めんどくせーんだよ」

そんな気持ちが伝わって来た。それが分かるのは、私が逆の立場にいたことがあるからでもあり、だんだん可笑しくなってしまった。世の中、便利と引き換えに、わざわざ面倒な事を更に面倒にしていると改めて思う。

「あと、違約金は今月だからかからないけど、解約手数料が一台につきこれくらいかかるからな、あと、日割りはしないから今月分は全部請求行くからな、いいな」

言葉遣いは丁寧だったが、そういう風に聞こえるようなキレ気味の声で2度言われ
「ハイ」
と小さく返事をしてやっと解放された。

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