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僕が人間嫌いになった理由

仕事や集団行動ができないので怒られる。

怒りや陰口など、人間の悪い面や怖い面ばかり見るようになるので嫌いになるのだ。

上手くいくビジョンが見えない。成功体験が無いからだ。

変な所はあるんだろうが、どこが変かは分からない。
だけど嫌われている、鼻つまみ者になっているのは確かだ。中途半端に客観視は出来るので。
原因がハッキリ分かっていれば、隠したり誤魔化したり、そもそも逃げたりできるが、どこがどう悪く見えているのかが自覚できないので、自分の意思と感性を全く信じられなくなる。
「この行動は周りから見たら非常識なのか!?」
となって、人を回避するようになる。

職につけても、ちょっとした事で居づらくなって転々とする。

ネガティブの予測変換が起こるのだ。
「あ〜…ここでもダメな奴だと思われてるんだろうな」
という自動思考になり、折れる。しかしこの分析は我ながら結構当たっているとは思う。

偏見だが、言語面で気付かれない軽度知的障害者は、自分を客観視する能力が他の知的障害者より高いと思う。一応、会話のキャッチボールはできるためだ。会話はある程度自分のことを客観視していないとできないと思うので。…いや、もしかしたら失礼な事を言っていたのかもしれない。

先ほど書いたが、もう自分の感覚を信じれていないため、意思も行動も間違っているものだと思っている。ただひとつ確信していることは、自分は普通でないこと。おそらく間違った人生を歩んでいること。

そうなると厭世思考になる。

やることなすこと上手くいかない。

これが自分にとって自信がある分野ならば怒られてもバカにされてもさげすまれても行動意欲や自尊心は揺るがない。努力でなんとかできると思えるからだ。それは過去の成功体験などに裏付けされたものだとは思うが、仕事に関してはそれがない。
なので当然行動意欲も自尊心もゴリゴリ削られていく。頑張ってもできないという予想を一度でもしてしまうと、自信が一気になくなる。
事実できないし。

この世界は、人は、環境は、自分に味方をしてくれない。心が休まらない。

不本意ではあるが、消去法で楽な家にいる。
ここなら誰にも否定されないし、メッキが剥がれて出来損ないだと徐々にバレていくことに怯える心理的な負担もない。


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