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【連載小説】恥知らず    第6話『水曜担当:チエ』


カーテン越しに差し込む朝日で目覚めた俺は、眠い目を擦りながらのそのそと食堂へ向った。隣で寝ていたはずのエツコは既にいなかった。                                                             クラシック音楽がBGMで流れている大理石で覆われた20畳の食堂では、バスローブ姿のエツコが日本経済新聞を読みながらレモンティーを飲んでくつろいでいた。                           「エツコ、おはよう。相変わらず早起きやな~」                          「おはよう、フユヒコちゃん。イビキかいて爆睡してたね。昨夜頑張り過ぎたかな(笑)」                                             「仰るとおり、昨夜はエツコに搾り取られて爆睡してもうたわ~(笑)」                                           俺はエツコの真正面に位置する椅子に腰かけて、咥えたマルボロに火を付けた。テーブルには豪華な洋風の朝食が並んでいた。                         「フユヒコちゃん、タバコはやめなあかんで。」                            タバコ嫌いなエツコにたしなめられたが、俺は気にせず吸い続けた。

「昨夜の話の続きなんやけど、フユヒコちゃんには2年間イギリス留学して欲しいねん。優秀な秘書になる為の勉強よ。」                                         はあ?何を言い出すかと思うたら…なんで俺が留学やねん…俺は訳わからんくなってむやみに頭皮を搔きむしっていた。だが待てよ、これほんまにイギリスで暮らすとなったら日替わりでブロンド女を抱けるやん…どうせ費用は全額エツコの負担やし、悪くないかもな…と下劣な妄想が脳内に沸き上がった。                                               「うん、前向きに検討するわ。」                                  「そう、ありがとう。今の仕事は辞めてもらうけど大丈夫?」                     「まぁ、なんとかなるんちゃう。」                                                        俺は目の前に並んだ朝食を頬張りながら無責任な返答でその場をやり過ごした。エツコは上機嫌で英国留学の資料を俺に提示して何やら事細かく説明を始めた。無論、俺は適当に聞き流していた。

朝食を食べ終えた俺は稲森邸を後にして、営業車で来ていたのでそのまま出勤した。                                         出社していの一番に毎日のルーティンになっているユミのお手製弁当の受け取りと、昨日直帰したので昨日分の弁当箱の返却を淡々とこなした。こうなると仕出し弁当のようである。                                      今日は月一の営業会議が行われるので、俺は第二会議室へと向かった。しかも東京本社と他の支社も交えてのオンライン会議だ。                                                         会議は問題なく進行していたが、俺の左隣に鎮座する波平もとい島袋係長は、最前から呑気に居眠りをこいて微妙に上半身を揺らしていやがる。      こんな使えないアホが俺の上司だと思うと、大いに情けなくなってきた。                                  上層部の連中に見られたら面倒なので、俺は左足で波平のふくらはぎにケリを入れたら「あうっっ」と間抜けな声を上げて、ビクっビクっと痙攣していた。波平は寝ぼけた顔を向けて「あわわ…」と何やら訴えてきたので、俺はアイコンタクトで「起きろ、アホ!」とメッセージを送ったら、ようやく状況を理解出来たようで素に戻って姿勢を正した。                          会議の度にいつもこのざまである。これではもはやどちらが上司かわからないではないか。嘆かわしい限りである。                                              諸君、上司が限りなく無能だと、部下は著しく苦労を強いられる。                 無能な上司を再教育するシステムの導入が組織として必要に迫られていると言っても過言ではないと思われる。この機会に是非とも諸君の貴重な意見及び提案をお聞きしたい。

退屈な会議が終わりやっとこさ解放された気分に浸っていた俺は、社員食堂へ向かう途中でユミに捕まった。                                        「お疲れ様。一緒にお弁当食べよ!」                                ユミは会議が終わるのを待ち構えていたようだ。                          「あれっ?フユヒコくん、何かいい匂いするね。昨夜何してたん?」           犬同様に嗅覚が発達しているユミの指摘に俺は激しく狼狽した。               エツコが使用している海外製のオーデコロンの香りが染みついてしまったようだ。ユミは微量な変化にも敏感なので要注意である。              「昨夜は高校ん時の先輩に誘われてキャバクラに行ったんよ。ハハハ!」「そうなんやぁ。何もやましい事ないよね?」                          「あたりまえやん!先輩がどうしても行きたい言うからしゃあなしに行っただけや。」                                            嫉妬深く疑り深いユミの尋問は弁当を食べ終わるまで続いた。

午後より適当に得意先を回っていつも通り退社後、本日のパートナー・水野チエの自宅に向かった。                                         エツコの亡き夫・稲森ケンイチの最初の嫁だったチエは、交際中の7名の中では最年長の38歳だ。                                        ケンイチが経営する会社の事務員だったチエは、19歳でケンイチに見初められて結婚した。しかしやり手のエツコに正妻の座を奪われて23歳で協議離婚。数年後に現在の夫である水野マサオと再婚。離婚時の慰謝料5億円を元手に立体駐車場のメンテナンスで起業、年商7億まで事業が拡大した現在は、社長夫人の専業主婦として悠々自適な生活を送っている。                夫・マサオが毎週水曜に横浜出張で不在なので、水曜担当で密会しているのだ。因みにマサオは、俺が日曜に担当しているヤリマン女子大生・大塚ミホとパパ活契約を結んで不定期に密会している。故に俺もチエとは半ばママ活同然の交際で、エツコには及ばないがかなりの額を貢がせているのだ。

板宿界隈に所在するチエの自宅兼事務所ビルに到着した俺は、裏口から来訪し5階の自宅に直通のエレベーターで赴いた。                        事務所は夜遅い時間も数名の従業員が残業している事があるので、必ず裏口からと決めているのだ。                                        リビングに赴くと、素人熟女物のAV女優といった風貌のチエが、豊満でだらしない身体をソファーに投げ出して、スナック菓子をつまみつつテレビのバラエティー番組を観ながら下品な笑い声を上げてまったりしていた。     「こんばんわぁ、待ってたよ~。お風呂入ろうねぇ。」                                  チエは俺を見るや否や、すくと立ち上がって部屋着を脱ぎ始めた。いつもの事で見慣れてる光景だが、やはり少々引いてしまう。                      「腹減ってるから何か食いたいよぉぉ。」                         お風呂プレイを好むチエはいつもメシより先に入浴を促すので、俺が空腹を訴えてもあっさり却下されてしまうのだ。                           「あかん、お風呂が先~。汗かいてるやろ?洗ったるわ~。」                  結局今日もメシは後回しである。

チエはマサオとの再婚前は今よりずっと細身で華奢な可愛らしい女だった。だがマサオと起ち上げた事業が軌道に乗って安定してきたあたりから、全面的に業務をマサオに押し付けて、自分は専業主婦と称して自堕落な日常を送るようになった。                                          以降、細身の体型は徐々に肥満度を増し醜悪な容姿へと変貌を遂げた為、マサオから営みを拒まれるようになった。                                                  欲求不満に耐えられなくなったチエは、マッチングアプリでセフレ探しに躍起になっていたところで俺と知り合ったのである。                                         更にチエは再婚したばかりの頃、風俗好きのマサオに毎晩のように調教されたおかげですっかりお風呂プレイにハマってしまい、マサオに相手にされなくなった今では俺がプレイの相手を務めるハメになった。                  水野邸の浴室はプレイ優先の設計施工がなされている為に無駄に面積が広く、浴槽はジェットバス完備、スケベ椅子、マット、ローション他ありとあらゆるプレイ用アイテムが充実しているので、一見するとソープランドのようである。                                               チエは早速俺をスケベ椅子に座らせて、泡まみれの身体を擦り付けてきた。毎日暇を持て余しているのであれば、福原のソープで就業したらよかろうと常々思うのだが、元来が怠け者の性分であるチエは最低限の労働意欲も持ち合わせていないようだ。エツコとは真逆である。                          「今でも思い出すとムカつくんやけどな、前の旦那を寝取ったあの女ほんま殺したろか思うねん。」                                    執念深いチエは今だにエツコを恨んでいた。                              「別にええやん。毎日家におって裕福な暮らしが出来てるんやから。」                    「いやいや、資産額は桁違いやで。ほんであの人死んだからあの女が資産全部独り占めしたやろ。末期癌ゆうけど多分あの女に殺されたんやと思うわ。あの女ならやりかねんわ。毎日ちょっとづつ毒盛られてたとかな…」               エツコに対するチエの恨みつらみはあまりにも根が深すぎる。故に俺がエツコとも交際しているなどとはさすがに口が裂けても言えない。                          「あんな貧乳のガリガリ女、どこがええねん!」                         いやいや、お前は太り過ぎや、とすかさず脳内でツッコミを入れといた。    旦那を寝取られた事よりも、稲森家の莫大な資産を奪われた事を悔やんでいるのは明白だった。斯様に女は欲深く計算高い生き物である。生物学的な観点から見ても、オスよりメスの方がより生命力が強く長命なのも納得がいくものだ。                                         そうして俺は長時間に渡りチエとのお風呂プレイを堪能したが、おかげで全身の皮膚がふやけてすっかりのぼせてしまった。


                   つづく

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