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BORN TO BE 野良猫ブルース   第2話 『飾りじゃないのよチュールは』


わては師匠に教えてもろた十三を目指して、当てもなく闇雲にふらふらとさ迷い歩いていた。
しかし生後数週間で丸っきり世間知らずのわては、十三がどこにあるのか今だにわかっていない。ましてや自分が今現在どのような場所に存在しているのかでさえ、非常に不明瞭なのであった。
師匠曰く、大阪市内某所であるらしい事だけは認識している。
わては通りすがりの同族にそれとなく尋ねてみた。
「あ、あの……すんまへん。ちょいとよろしゅうおますか?」
「ん?なんや?どないした?」
わてが声を掛けた初老の白い猫は、穏やかな表情で対応してくれた。
「十三はどないして行ったらよろしいんでっしゃろ?」
白猫先輩は嫌な顔もせず丁寧に十三までの順路を伝授してくれた。
「あんた、まだ若いのに宿無しかい?苦労してるんやな…十三まで結構距離あるから歩いて行きよったら大変やで。せや、わいがもっとええとこ案内したるさかいついてきなはれ。」
わては白猫先輩に言われるがままに後をついて行った。ええとことは如何なる場所なんやろか?わては親切な白猫先輩のアドバイスに従う事とした。

すっかり夜も明けて空が明るくなってきた頃に、わてと白猫先輩は住宅街の路地をのそのそと歩いていた。
「ここらで待っとこうか。」
たどりついた場所は、わてが最初におった公園とは違う他所の公園やった。
最初の公園に比べて敷地面積は似たり寄ったりだが、やたらと人間が多い。
尤も最初の公園にいた時は既に日没後で周囲も暗かったので、公園内の人間も殆どおらんかったと思われる。
しばらく待っていると、わてらの前に中肉中背でジャージ姿の中年男が現れた。
「なんや、今日は友達も一緒かいな?まだ子供やん。」
男が手にしている皿に猫族が好みそうな魚肉か鶏肉を加工したと思われる食品が盛られていた。
白猫先輩はしきりに「にゃあにゃあ」と愛想を振りまいていた。
「おう、食べや。ちっこい子も食べや。」
わての頭を撫でまわしながら、男はわてにも食べるように勧めた。無論わては初めて飯にありつける事もあって遠慮なく貪りついた。
「ええ食べっぷりや。よっぽど腹減ってたんやな。」
んんん…美味い!ばり美味い!なんやこれ、病みつきになるわ…
「な、ええとこやろ。ここ来たらおっちゃんが飯くれんねん。」
「ほんまでんな。先輩、おおきに。せやけどこれ、めっちゃ美味いですやん。」
「あ、これな、チュール云うねん。最強やで。いっぺんチュール食うたら他のもん食われへんで。て、わいら野良猫はそない贅沢云うてられへんけどな。」
わてと白猫先輩は、見てる間に皿に盛られたチュールを平らげていた。
これだけでは物足りんと言いたげなリアクションをして見せると、おっちゃんはポケットから追加のチュールを取り出して皿にてんこ盛りに盛ってくれた。
「ええで、たんとお食べ。」
おっちゃんはその場にうんこ座りして、チュールを夢中で貪り食ってるわてらを目を細めて眺めていた。俗に云うデレデレ状態やった。
おっちゃんは余程我ら猫族に愛着を抱いてる物と思われる。先だっての横暴な中華料理店店主とは大違いであった。

メガ盛りチュールを平らげて満腹になったわてらは、このまましれっと立ち去るんはさすがに申し訳ないので、しばらくおっちゃんの相手をする事とした。
白猫先輩は仰向けに寝っ転がって無防備にもおっちゃんに腹を触らせていた。おっちゃんは気色悪い程の満面の笑みを浮かべてわてら二匹の猫相手にしばらくの間わちゃわちゃと戯れていた。
「先輩、このおっちゃん、そない猫が好きなんやったらわてらを自宅で飼うてくれたらええんとちゃいますの?」
「猫を飼われへん人間もおんねん。賃貸住宅やと動物の飼育はあかんとかな、そういった事情を抱えている猫好き人間の為にわいら野良猫は飯食わせて貰う代償として相手したるねん。まあ、最近では宿無し猫を一定数雇い入れて猫好き人間の欲求を満たせる状況を商売にしとる「猫カフェ」なる施設があるわ。」
「へえ~、先輩よう知ってはりますなぁ。」
「あんちゃんまだ若いから知らん事まだまだあるやろけど、これから嫌でも色んな事を経験するわ。まあ、飯だけは食える時にしっかり食うときや。」
わてはその時ふと師匠から教育されたある一節を思い出した。
「それはそうと先輩は鼠や蛇や雀を食うた事ありまんの?」
白猫先輩はやや表情を歪めて、ふうとため息をつきながら語りだした。
「うん……わいも若い頃に多少食うた事あるけど、年老いたらさすがにしんどいねん。捕まえるんも結構体力いるからな…もうかれこれ3年位は、おっちゃんがくれる飯しか食うてないわ。あんちゃんは若いからおっちゃんの飯だけやったらすぐ腹減るよって、体力があるうちに野生の小動物も食うといた方がええんちゃうかな。」
先輩の助言は師匠に比べるといまいち胆力に乏しい物やった。もしかしたら先輩は運動神経とか身体能力がやや劣るタイプの個体なのかも知れへん。
わては前述したとおり、生後数週間のまだまだ赤子同然の若手の野良猫であるが故に今後の食生活を含んだ生計を如何様に立てていくべきかと思案していた。

「ほな、わいはぼちぼち行くで。達者で暮らせよ。」
白猫先輩は再び何処へと立ち去って行くようやった。
わては先輩に本日のお礼と自己紹介をしてなかった事を思いだし、先輩に深々と頭を下げてお別れの挨拶を交わした。
「先輩、今日は何から何までお世話になりましてほんまにありがとうございました。言うの遅れましたが、わては名をボンと申します。またどこかでお会いする機会がございましたら次はわてが何か美味しいもんごちそうさせて頂きますわ。」
「野良やのに名前あるんか?おもろいこと言うなぁ。まあ、お互い路頭に迷わんように生きていこうや。ほな、元気でな。」

白猫先輩と別れたわては、とりあえず今の自分には社会勉強が必要やと思うたので、同族、人間を問わず積極的にコミュニケーションを交わして貪欲に世間の事を学んでいこうと決めた。

わてのゆく道は、はてしなく遠い。なのになぜ歯を食いしばり、わてはゆくのか、そんなにしてまで。

君は何を今、見つめているの?若い悲しみに濡れた瞳で、逃げてゆく白い猫、それとも愛。君も今日からは、わてらの仲間。飛び出そう青空の下へ。

君とよくこの店に来たものさ。訳もなくチュールを食べ話したよ。野良猫でにぎやかなこの店の片隅で聞いていたボブ・ディラン。あの時の歌は聞こえない。猫の姿も変わったよ。時は流れた。あの頃は愛だとは知らないでサヨナラも言わないで別れたよ。わては。

あなたはもう忘れたかしら?赤い手ぬぐいマフラーにして二匹で行った横町の猫カフェ。一緒に出ようねって言ったのにいつもわてが待たされた。洗い髪が芯まで冷えて小さなチュールカタカタ鳴った。あなたはわての体を抱いて冷たいねって言ったのよ。若かったあの頃、何も怖くなかった。ただあなたのやさしさが怖かった。

鏡の中でチュールを食べながら、どんな嘘をついてやろうかと考えるあなたは気絶するほど悩ましい。ふり向きながらチュールをちょっとなめ、今日のわてはとても寂しいと目を伏せるあなたは、気絶するほど悩ましい。ああ、まただまされると思いながら、わてはどんどん堕ちて行く。うまく行く恋なんて恋じゃない。うまく行く恋なんて恋じゃない。

はたと気が付いた。わては生物学的に分類するとオスの猫である。地球上に生息する生物の宿命として、オス猫はメス猫と交配を行い子孫猫を残さねばならない。当然の事ながら、わてはメス猫との交配はおろかリアルにメス猫と遭遇した事すら未だ経験していない。人間で称されるところの童貞なのだ。わては今後やるべき事の優先順位を、メス猫との交配を一番に設定し直した。


fin


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