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BORN TO BE 野良猫ブルース   第5話 『傷だらけの野良』


淡い初恋消えた日は雨がしとしと降っていた。傘もささずに淀川で一匹見つめて泣いていた。

雨に濡れながらたたずむ猫がいる。傘の花が咲く土曜の昼下がり。

小ぬか雨降る御堂筋。心変わりな夜の雨。ミーさん、ミーさんはどこや?
ミーさんをたずねてわては歩く。

悲しけりゃここでお泣きよ。涙ふくハンカチもあるで。
ねーマスター、作ったってよ。涙忘れるチュールを。

飲ませてください。もう少し。今夜は帰らへん、帰りたないねん。
誰が待つ云うねん、あの部屋で。そやねん誰もおれへんわ、今では。

はあ~。わての初恋は実ることなく、あっけなく終わりました。
最前からすこぶる肌寒い氷雨が降ってます。
わての脳内では失恋を題材にした昭和の歌謡曲が虚しく流れてます。

わてはいつの間にか、先だってお世話になったご婦人宅を訪ねていた。「あ…突然ゴメン。ちょっと遊びに来たんよ。」
「兄さん、まいどだす。今日はミー姉さんは一緒やないんですね?」
アンドレはいつもの様子と違うわてを見て何かを察したようやった。
「兄さん、腹減ってますやろ?奥さんに云うてご飯もろうてきますわ。」
そう云うとアンドレは母屋に向かった。しばらくするとご婦人が食事の並んだトレーを手にアンドレと共にわての元へおいでなすった。
「こんにちは。濡れるからこっちおいで。ぎょうさん食べや~」
わてはご婦人に導かれてイナバ物置の中へ移動しました。
物置内は殆ど物品を置いてないので広々としていました。
「兄さん、さ、食べまひょ。」
「おおきに。いただきますわ。」
しかし本日のわてにいつもの食欲はございません。
失恋のショックは自分が思うてる以上にメンタルを傷だらけにしているようだす。
云うなれば今のわては、傷だらけの野良だす。

「兄さん、大好物のチュールが残ってますやん。どないしはったんでっか?」
わては辛抱たまらんくなり、アンドレの前でさめざめと泣いてもうた。
「兄さん、もしかしたらミー姉さんにフラれたんだすか?」
「ああ…ぐすっぐすっ…そやねん。わて、勇気出してミーさんに告ったんやけどな…あかんかった…ミーさんな、他に好きな猫おんねん。ぐすっ…」
今日のわてはアンドレ以上にヘタレやった。
「女々しくて女々しくて女々しくて、辛いよ。」
あまりに女々しいわてを目の当たりにした元祖ヘタレのアンドレもさすがに引いていた。業を煮やしたアンドレは、わてに「喝!」を入れよった。
「兄さん、シャキっとしなはれ。喝ですわ!メス猫は世間になんぼでもおります。ミー姉さんだけがメス猫やおまへん。いつまでもめそめそしとる今の兄さんは見とうないです。むっちゃダサいっすよ。」
アンドレの叱咤激励と喝にハッと目が覚めた。その通りや。いつまでめそめそしてんねん、情けない。ボン、シャキっとせんかい、われ。
わては気持ちを入れ替えて前を向いて歩いていこうと決めた。
「アンドレ、おおきに。わて目ぇ覚めましたわ。」
「そうだす。それでこそボン兄さんだす。どうか本来のおっとこ前のボン兄さんに戻っておくんなはれ。僕をフルボッコした時のようにワイルドでカッコええボン兄さんに戻っておくんなはれ。たのんます。」

一念発起したわては、これからは硬派に生きようと決めた。
メスがなんぼのもんじゃい、わてはオスじゃ!
ワイルドでいこう!Born To Be Wildじゃ!
鍛えて鍛えて鍛え抜いて暑苦しい濃いいオスになるんじゃ!
この日を境にわては以下に記載する過酷な特訓を己に課した。
名付けて『猫の穴 地獄の特訓』!

①大阪府下全域を猛ダッシュで毎日疾走せよ。
②国道43号線をダッシュで横断せよ。車に轢かれぬ為の瞬発力を養う訓練。場合により阪神高速環状線でも訓練を行う。
③淀川及び神崎川及び大阪湾を猫かきで泳ぐ。猫と云えども水中戦は想定すべき。
④週一で六甲山を登れ。脚力強化とマイナスイオンを吸収する為。
⑤スズメやハトなどの鳥類を片っ端からジャンピングキャッチして喰らう。
⑥イタチやヌートリア、カピパラなどの中型哺乳類を積極的に捕食せよ。
⑦当然、ヘビ、トカゲ、カエルなどの爬虫類、両生類も捕食せよ。
⑧イノシシや大型犬、警察犬などの強敵が現れてもビビッてはならぬ。嚙み殺して喰うてまえ!
⑨己を猫と思うな。豹か虎か獅子やと自覚せよ。

かくして『猫の穴 地獄の特訓』は満を持してスタートした。

ー1年後ー

わては生後1年を過ぎて、自分で云うのもなんやけどすっかり身体がデカくなりました。
食生活に於いても、良質なタンパク質が豊富な鳥類、哺乳類、爬虫類を生きたまま捕食しているので、見違えるほどに細身のマッチョな体型に変貌しました。
加えて常に獲物を追い求めている故、精悍で野性的な顔立ちになりました。
最近では周囲の野良猫仲間から『ワイルドな1才』と呼ばれています。
しかし相変わらず童貞のままだす。
わてはミーさんにフラれて以降、メスと関わる事がトラウマになってます。
わてはメスからモテるようになりました。普通にそこらへんを歩いていても、見ず知らずのメスから唐突に声を掛けられる事が多々あります。
「あのぉ~、良かったらうちと交尾せえへん?」
「はあ?なんであんたと?」
「だってぇ~ボン君、むっちゃカッコええんやもん。」
わてはミーさん以上の美形のメスとは未だ遭遇してまへん。
それに誘われてもフラれるんちゃうかと思うたら積極的にいかれへんだす。
仲間からは羨ましがられ、もったいないなぁと常々云われます。
しかしこればかりはわて自身が気持ちの上で折り合いつけんと、どないもでけへんだす。

肉体改造に成功したわては腕力もそれなりに発達した物と思われますが、基本的には平和主義をモットーとしてますので、無益で無駄な争いはハナっからするつもりは微塵もございまへん。
しかし例外として、理解不能で空前絶後な狂人が一般市民に実害を及ぼす場合、及び弱者救済を要する場合は上記の限りではございませぬ。全身全霊を込めて武力行使もいとわぬ所存だす。
先だってアンドレとの抗争時にお見せしましたが、わては怒りが頂点に達した場合、俗に云われる精神状態が著しくキレた場合及び過剰なアドレナリンが分泌された場合のみ、わては戦闘モードのネコイダ―に覚醒します。こうなると手がつけられまへん。わて自身も何をやらかしてまうか予測不能です。ご了承下さい。

そんなわてについ先日、大阪府野良猫協会の専務理事からある重要なミッションが言い渡されました。
わては専務理事からの召集令状に従い、天満橋駅の路地裏に赴きました。
現地には専務理事以下総勢5匹の錚々たる大阪野良猫界の重鎮がわてを待ち構えておりました。専務理事は開口一番、単刀直入に本日の要件を切り出しました。
「急に呼び出してすまんな。話は他でもない。ボン君を大阪府野良猫協会所属の自警団の最高責任者に任命したいんよ。適任は君しかおらんのや。たのむで、しかし。」
「え、いきなりそないな事を云われましても…わてに務まりますやろか?」
これにはのっぴきならぬ裏事情があった。
折からの不景気に煽られる形で、ここ数年来野良猫界にも深刻な食料不足、資金繰りの悪化による失業猫の急増、伝染病の蔓延、少子高齢化といった致命的な社会不安が拡大していた。
そんな矢先、大阪府の野良猫界では忌まわしい事件が頻発していた。
通りすがりの一般の野良猫が何者かの犯行よる辻斬り、窃盗、暴行、強姦、子猫誘拐拉致などの犯罪被害に遭う事件が続発しているのだ。被害者の供述によると、加害者はおそらく兵庫県や京都府など近畿圏内の他府県から来阪してくる犯罪猫集団による犯行の可能性が高いとの事。犯罪猫集団は金品食料強奪、住居不法侵入、メスに対する強制交尾、マタタビ依存による薬物違法取引、子猫の臓器売買、違法動画配信、等々を主な活動目的としている模様。
対抗策として大阪府野良猫協会は治安の改善と犯罪撲滅を目的とした自警団を昨年度正式に立ち上げたのであった。発起猫は専務理事である。
「ボン君の評判は常々聞いとるで。君はかなり腕の立つ武闘派で、しかも若手猫に慕われているなかなかの猫格者らしいやないか。そこで君に総勢30匹の部下を統率する自警団の最高責任者を任せたい。同時に後進の育成にも尽力してもらいたい。兵庫や京都の野良連中から大阪の治安と平和を守ってもらいたい。もちろん報酬はなんぼでも弾むし、協力は惜しまんよ。」

突然のオファーに困惑しているわては、専務理事の背後に見知らぬ一匹の年頃のメス猫が佇んでいる事に気が付きました。
そのメスの顔を拝見してわては驚愕しました。
「ミーさんやないですか!?わての事覚えてますか?」
「え?うち、ミーとちゃいますよ……初めまして。ケイと申します。」
「なんや、ボン君はわしの娘を知っとるんか?」
ミーさんに瓜二つのそのメスは、専務理事の一人娘でケイと名乗っています。しかしケイはまるで生き写しのようにミーさんにそっくりだす。
「いえ、大変失礼致しました。ケイさん、はじめまして。ボンと申します。改めてよろしくお願い致します。ケイさんがわての知り合いにあまりにも似ていたもんでつい…とんだ猫違いをしてもうて申し訳ありまへんでした。」
「いやいや、かまへんで。ボン君、もし良かったらうちの娘を嫁にせえへんか?わしは喜んで君を婿養子に迎えるで。」
「いややわ、お父様。なに云うてるんですか。恥ずかしいわぁ…」
「ええやないか。ボン君は男前やし、お前もまんざらでもないやろ?」
ちょっ、ちょっと待ちなはれ。わては今、誰ともお付き合いしたいと思うてまへん。専務理事とおケイはん親子の方で勝手に盛り上ってますが正直困ります。
しかしおケイはんの容姿がミーさんとそっくりなんが、どないしても気になります。気になってしゃあないだす。

「で、ボン君、この件は引き受けてくれるんやな?」
専務理事は返事を急かしてきます。無理もないだす。昨今の犯罪件数が上昇の一途を辿っており、早急な対応が求められている現状はわても十分把握しとります。本件のオファーは誠に誇らしく野良猫冥利に尽きるんだすが、反面非常に危険を伴い、下手すると命に関わる重大案件であるのも紛れの無い事実だす。実に悩ましい限りだす。
「無論、君だけに重責を負わすのはあまりにリスクが高すぎると思うてる。そこでやな、ケイを君の秘書に就かせる。その為に今日ここへ連れてきたんや。娘は幼少期からわしが英才教育を施してきた。親バカかもしれんが間違いなく優秀な右腕となる筈や。どや、やってくれるか?」
「ボンさん、うちが全力でサポートします。一緒に頑張りましょう。」
専務理事もおケイはんもガチだす。後に引けない空気になってしまいました。わてはついに観念して本件を引き受ける事にしました。
「ボン君、おおきに。おおきに。ボン君ならやってくれると思うてたよ。ほんまに嬉しいわ。よっしゃ、ボン君の就任祝いや。さあ、飲め、飲め。食え、食え。」
わてらは炉端焼き店店主から提供して頂いた焼き魚と焼き鳥と日本酒で宴会を始めました。傍らで店主が腕を組んでにんまりと微笑みながら、わてら野良猫集団の宴会を眺めております。


fin



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