見出し画像

【連載小説】 美しき愛の掟  第1章

登場人物  佐川トシオ  画家志望の青年。
      高森アミ   謎の家出少女。


彼女との出会いは突然やってきた。
その日僕は同僚に誘われて梅田のキャバクラを訪れた。
キャバクラに行くのは初めてなので不安と期待が入り混じった何とも言えない心持ちだ。
「自分、キャバクラは初めてか?」
僕がそうやと答えると同僚の菊池は含み笑いを浮かべて僕の背中を押した。
「可愛い子がようけおるから女の子と適当に話して酒飲んどったらええねん。」
「僕、酒飲めんけどええの?」
「ほな、ノンアルでも飲んどけ。」
「女と付き合うた事ないけど話できるんかなぁ?」
菊池はめんどくさいなと言いたげな表情で僕を見据えて言った。
「お前なぁ、こういう場所で少しでも女慣れしとけ。今日は俺が奢ったるから最後まで付き合え。」
結局は何だかよくわからない理由で僕は菊池に無理やり引っ張られる格好で入店した。

「いらっしゃいませー。何名様でしょうか?」
「二人や。ルナちゃん指名したいんやけど。あとは誰でもええで。」
「では、奥の3番テーブルへご案内します。どうぞー。」
いかにも軽薄そうな茶髪の店員の案内で僕と菊池は3番テーブルに赴いた。
僕らがソファーに腰掛けるとすぐさま菊池が指名したルナと名乗る女が現れた。
「いらっしゃーい。アキオさん、いつもご指名ありがとうね。」
場末の地下アイドルくずれのような品のないルナの容姿は正直言うと僕の好みではないが、菊池はお気に入りのようである。菊池は本命のルナが隣に座ってすこぶる上機嫌だ。
ところが僕はルナの後ろからやや遠慮がちに現れたもう一人の女の容姿に思わず息を飲んで見入ってしまった。
「はじめまして。私・・・アリサと申します。よろしくお願いします。」
セミロングの黒髪にあどけなさの残る童顔、加えて華奢で細身な体型に似合わぬ豊かな胸元、何よりも地味で垢抜けないが処女のような雰囲気を漂わせて恥じらいのある佇まいに僕の心臓は鷲掴みにされてしまった。
派手な容姿のルナと比較するとアリサはやや見劣りするかもしれないが、それでもアリサの容姿には聖母マリアのような神々しさが感じられた。
画家志望の僕は無性にアリサをモデルにして描きたくなった。
「なんや、お前アリサちゃんがタイプなんか?」
菊池に冷やかされながらも僕はアリサの容姿に釘付けになっていた。
「こちらのお兄さん初めてですか?よかったらアリサちゃんとゆっくりお話しして下さいね。」
ルナに勧められたアリサは、もじもじしながら僕の隣に座った。僕は緊張してすっかり舞い上がってしまった。
「はじめまして。お名前なんて仰るんですか?」
「あ・・・、僕はトシオ、佐川トシオです。よ、よろしく。」
「ドリンク、何にします?」
「え?あ、あの、ノンアルコールのビールで・・・。」
「お酒ダメなんですか?」
「あ、はい。僕、飲めないです。」
「じゃあ、私はチューハイレモン頂いていいですか?」
「あ・・・どうぞ。」
最前からの僕とアリサのぎこちないやり取りに菊池が面白がって茶々を入れてきた。
「佐川、緊張しすぎや。もっとリラックスせえ。アリサちゃんを口説けんぞ。」
僕は恥ずかしくて黙り込んでしまった。アリサは相変わらずもじもじしている。
待ちきれくなったルナはアキオに目配せして場を仕切っていた。
「さ、飲みましょう。乾杯~!」
僕は緊張と恥ずかしさを隠せないまま無理やり全員と乾杯した。
「トシオさんはアキオさんとお友達なん?」
「同僚やで。こいつ女に縁がないから連れてきたったんよ。」
「あら、そうなん?トシオさんモテそうやけどなぁ。ねえ、アリサちゃん。」
僕は今までモテた事など一度もない。ルナが社交辞令で言うてるのは自分でも理解している。
「え、ええ。トシオさんて優しそうで素敵ですよ。」
「お、佐川、イケるで。頑張れよ~。」
菊池に冷かされつつノンアルで赤面している僕は何とかアリサと仲良くなりたい、そう思いながら勇気を振り絞ってアリサに話掛けた。
「あ、アリサちゃんは何歳?どこに住んでるん?」
アリサもぽっと頬を赤らめながらつぶらな瞳を僕に向けて答えてくれた。
「20歳です。十三で友達と一緒に住んでます。トシオさんは?」
「あ、僕は22歳。三国で一人暮らし。近所やね。」
「トシオさん、お仕事は何をされてるんですか?」
「配送センターでバイトしてるよ。でもほんまは画家になりたくて自宅で絵描いてる。」
「そうなんですか~。私も絵は好きですよ。トシオさんが描いた絵を観たいな~。」
徐々に緊張も解けてきたのかアリサとの会話は思いのほか弾んだ。何より絵を好きだと言ってくれたのが、社交辞令とは言え僕には嬉しかった。彼女を描きたい。どうしても彼女をモデルにして描きたい願望が膨れ上がって抑えきれなくなっていた。
ルナに自分の過去の武勇伝ばかり語っている菊池はハイペースで水割りを飲んでいたが、ついにはルナに促がされて新しいボトルをあけていた。菊池のような客はこの手の店ではいいカモなんだろうなと思われた。ルナは適当に菊池をあしらっているように見える。
「なんや、佐川ええ雰囲気やん。来てよかったなぁ~。」
すっかり酩酊している菊池は僕をイジリまくっていたが、僕は既に菊池もルナも眼中になかったので気にせずアリサを真正面から見据えていた。
「アリサちゃん、よかったら連絡先交換しようよ。」
アリサもまんざらでもない様子でポケットからスマホを出してきた。僕も自分のスマホを取り出してLINEのQRコードの画面を出してアリサのスマホにかざし、互いの連絡先を交換した。
絵を描く事が好きで密かに画家を目指している僕は自宅でひたすら絵ばかり描いて過ごしている。主に雑誌に載っている女優やアイドルをモデルにして描いているが、やはり実物の女性を描きたいとの欲求が湧き上がり日々悶々としていた矢先にアリサと出会った。
僕が理想とするモデル像に見事に当てはまっているアリサの容姿に、僕は知らず知らずのうちに夢中になっていた。

「トシオさん、アリサちゃんといい雰囲気のところゴメンなさいね。アキオさんちょっと飲み過ぎたみたいなんで連れて帰ってくれる?」
唐突にルナから声を掛けられ振り返ると泥酔した菊池がソファにだらしなく寝そべっていた。
「おい、菊池、帰るで。」
体をゆすって起きるように促しても菊池は返事もしない。こいつは困ったなと思いつつもほっとく訳にいかないので、しかたなく菊池の肩を担いで無理矢理連れて帰る事にした。
「すいません。こんな醜態晒しちゃって申し訳ないです。」
「いいえ、トシオさんと一緒で良かった。この人いつもこんなんです。大して強くもないのにね。」
いや、しかしルナもボトルキープさせる為に飲ませてたやん、と思わずツッこみたくなった。僕が菊池を担いでいる傍らでアリサも菊池を運び出すのを手伝ってくれた。
「トシオさん、連絡しますね。またお会いしましょうね。」
「うん、ありがとう。また会おうね。」
僕は会計を済ませてどうにかこうにか泥酔の菊池を連れて帰った。
途中で嘔吐するわ路上に座り込むわで随分手を焼いたが、無理矢理タクシーに放り込んで運転手に相応の額を渡して菊池の自宅まで行ってもらうようにした。菊池の酒癖の悪さにはもう懲り懲りだ。
当初は菊池が奢ってくれる筈だったのになぜか僕が支払う事になり、尚且つ支払額を見て愕然とした。なんとかカード払いで済ませたがキャバクラには二度と行きたくないと思った。けどアリサには会いたい。僕は店外でなんとかアリサに会えないものかと思案していた。その後、アリサからLINEは来なかった。僕の方から何度かLINEするも既読にはなれど返信はなかった。

数週間後、僕は仕事が終わって途中のコンビニに立ち寄った。
そこで店内奥のカップ麺の陳列コーナーで品出しをしている店員を見て驚いた。その店員はアリサだった。まさかここで再会するとは思ってもいなかったので思わず声を掛けた。
「あ、あの、もしかしてアリサちゃん?」
振り返ったアリサの胸元には「高森」と書かれた名札が付いていた。アリサも僕に気付いて驚いていた。
「あら、トシオさん。偶然ですね。ここで会うなんて。」
「ほんまやね。仕事掛け持ち大変やね。」
「いえ、キャバは辞めました。」
「えっ?!マジで?」
「そう。やっぱ向いてないなと思って。今はここだけ。」
「何度かLINEしたけど返事ないから諦めかけてたところやったんよ。」
「ゴメンなさい。色々と忙しくって・・・」
「あ、あの・・・今日は仕事いつ終わる?」
「7時までよ。」
「この後なんか予定ある?」
「いえ、何もないけど・・・」
「もしよかったら一緒にごはん食べに行こうよ。」
「はい。私でよかったら。」
「ありがとう。ほな、表で待ってるよ。」

午後7時を5分程過ぎた頃にアリサが私服姿でコンビニから出て来た。ジーンズに白いセーターを着たアリサはキャバクラで見た時よりも更に幼く見えた。本当に20歳なのか?と思わずにはいられなかった。
「お待たせ~。」
「お疲れ様。どこか行きたい店ある?」
「そうやねぇ・・焼肉食べたいけどいい?」
「ええよ。安くて美味しい店知ってるけどそこでええかな?」
「はい。」
女性と二人きりで食事をするのは生まれて初めてなので、僕はすこぶる緊張している。キャバクラで初めてアリサを見た時は、アリサが絵のモデルになってくれたらいいなとの思いで連絡先を交換したが、今はそれ以上の感情が僕の胸の内に湧き上がってきている。
15歳で親に捨てられて人を信じる事も愛する事も出来なくなり、この年齢まで孤独に生きてきた僕にとって初めて経験する感情なのだ。
菊池を筆頭に男女を問わず職場の同僚らに誘われて食事や遊びに行く事はこれまでに何度かあったが、どこか気持ちが冷めている僕は心底楽しむ事が出来ないでいた。それよりも自宅で一人で好きな絵を描いて過ごしている方が落ち着くのだ。故に腹を割って話せる友人はおらず、ましてや異性と交際した経験もないので他人から見たらさぞかし寂しい人生を送っていると思われるかもしれないが、僕にとっては無駄に神経をすり減らして他人と関わるよりはずっと居心地が良いのだ。
そこまで自ら孤独を選んで他人との関わりを拒んで生きてきた僕が、なぜアリサに惹かれているのだろうか?あどけなさの裏側にそこはかとなく漂う翳りが謎めいていて好奇心をそそられているのかもしれない。

僕らはチェーン系列の2時間食べ放題の焼肉店に入店した。安さが売りのこの店は平日でも客は多い。15分程待ってようやくテーブル席に座れた。
僕はウーロン茶、アリサはチューハイレモンで乾杯した。
「アリサちゃんに会えて良かったよ。嬉しいよ。」
「あ、あのね・・トシオさん、アリサはキャバでの源氏名やねん。私は本名を高森アミって言います。改めてよろしくね。」
「そうなんや。アミちゃんか、うん、よろしく。」
「トシオさんってどんな絵描いてるん?」
「雑誌に載ってる女優を見て描いてる。ほんまは実物のモデルを見て描きたいんやけどモデルになってくれる人なんかおらんしね。」
「ああ、そうなんや・・・それやったら私をモデルにして。」
まさかアミからモデルを志願してくるとは、予想外の展開に驚きを隠せなかった。
「え!?ええの?アミちゃんがモデルになってくれるん?」
「うん。なんか面白そうやし・・・もしかしてヌード?」
僕は激しく動揺した。アミの口からそのような言葉が出るとは・・・しかし僕自身そのような下心は全くないと言えば嘘になるし、女性のヌードを描きたい願望も少なからずあるのは事実だった。けど僕はあからさまに正直な胸の内を白状する勇気も度胸もなく、しばらく考えた末に返答した。
「いや、ヌードやないで。ちゃんと衣服着てる女性の絵やで。」
そう言いながらも僕は赤面していた。アミに悟られたくなくて僕は目の前の肉をひたすら箸でつまんで意味もなく何度もひっくり返していた。
ふとアミを見ると頬を赤らめてややうつむき加減で僕と同じように箸で肉をつまんでしきりにひっくり返している。もっとも最前からチューハイを飲んでいるので酔いで赤くなっているのかもしれない。
「よかった・・・服脱いでって言われたらどないしよかと思うたわ。」
アミは恥ずかしそうにぽつりと答えた。その姿がアミの幼さをさらに強調して何とも愛くるしい雰囲気を漂わせていた。
僕は高鳴る胸の鼓動を感じながらも、アミとの距離をもう少しあともう少し縮めてみたくなったので、アミのつぶらな瞳をじっと見据えて切り出した。
「アミちゃんの絵を描きたいから今度うちにおいでよ。」
アミは恥ずかしそうに頷いた。
「はい。私で良かったら描いてね。」
僕もアミも食べるのを忘れてしばらく無言でお互いを見つめ合っていた。


fin








この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?